第8話 ゲスト20432

日本で三つしかない冒険者ギルドの一つ『天下布武』。そこでは極端なまでの実力主義が用いられている。適材適所という言葉は意味がなく、より危険度の高いダンジョンの踏破者から順に組織の上層部を埋めた。その一つの象徴でもあるのが、若干18歳にして天下布武のトップに立つ岬焔みさきほむらの存在だ。


濡れた鴉のような艶やか黒髪を腰まで伸ばし、彼女の異名の元となった日本刀を腰に吊り下げる姿は企業の広告等で見たことのある人も多いだろう。


「あぶっ……!やば……!!」


『炎の化身イフリート』の異名で畏怖される焔は、今は配信者に夢中になる年相応の少女に戻っていた。起きたままの白とピンクのボーダーのパジャマ姿のままさっきから興奮で部屋を歩き回っている。最初の面倒臭そうな態度は消え、今はdoorsから送られる映像に一喜一憂して飛び跳ねていた。


「うそっ……!すごいすごい!!やばっ!!」


だいぶ語彙が少なくなっている。焔がその配信者の存在を知ったのは同じギルドの友人からだった。昨夜遅くまでダンジョンに潜っていた焔は電話で起こされたのだ。機嫌の悪い焔を遮り、普段はほほんとした調子を崩さない友人がすぐに見てほしい、と焔を急かした。それからスマホ片手に友人と通話をしながらずっと配信を見ていたのである。


「あっ、終わっちゃった……」


doorsの映像が切り替わった。いつまでも読み続けたい小説が終わってしまったような、そんな気分だった。焔は最後の方しか見れなかったがそれはとんでもないものだった。なんといっても白の試練のボス部屋を踏破した者は世界で初めてなのだから。


“いやぁ〜、すごかったねぇ”


スマホから声が聞こえる。今の時代、スマホを使わなければ通話出来ないはずもないのだが、機能を混ざることを嫌う焔は通話だけはスマホで済ますことが多い。


「これどこの誰!?所属は!?経歴は!?」


“焔ちゃん、落ち着いてー”


「落ち着けるわけないでしょ!?これは世界的な偉業よ!?しかもソロ!!あー私も戦ってみたい!!」


“それはどっち?あのタコさんと?それとも配信者くんと?”


「どっちもよ!!」


焔はスマホに向かって怒鳴る。焔は実力派ギルド天下布武のトップだ。最近は休みがちだ女子高生でもある。その豊かな胸の内を若者らしい功名心と若者らしいミーハーな気持ちがせめぎ合っていた。


焔は間違いなく日本でトップクラスの冒険者だ。それは間違いない。『血と炎の海』を踏破したことは日本だけでなく世界中の冒険者が知るところだろう。


──しかし、そんな焔が挑むことすら躊躇していたダンジョンを初ダンジョンを公言するビギナーが先を越したのだ。


「こいつはどこのどいつなのよ!?」


“それが、わからないの“


「もう……!なんなのよって……!!」


“初心者さんあるあるだよね〜”


そう、襷の配信画面に燦然と輝く「ゲスト20432」の文字……!襷は初期設定を弄り忘れていたのだ。彼が寝る間も惜しんで考えた挨拶にも自分の名前やチャンネル名も入っていない……。


「コメント欄で陰謀論も囁かれてるし……!あ、私も打っとこう……く・れ・い・じー、と」


“焔ちゃんって結構ミーハーだよね”


「う、う、うるさい!」


苦笑する友人の顔が容易に想像できた焔は思わず顔が赤くなった。スマホの向こうからしばらく笑い声が聞こえたとき、焔へdoorsから通知がきた。


「えっ、うそ、まって。配信再開した……!」


doorsの映像が切り替わると、前人未到のDチューバーが宝箱を前に笑顔を見せていた。

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