第4話
『4773IMOZON71OYKOT1231』
逆さま読みするだけの単純な暗号だった。
『1321東京17のぞみ3774』
つまり、13時21分の東京発17番線のぞみ377の4号車に乗ると知らせている。
これを残したっていうことは、追いかけてほしいと思っているってことよね? 追いかけてもいいってことよね?
ポケットの中で指輪をぎゅっと握りしめると、結んだままの細いリボンが指に絡まった。
細いリボンに小さな文字。それは、佳祐の自信のなさを物語っているのだろうか。
超特急で移動した美咲は30分前にホームに到着し、4号車辺りのイスに所在なげに座っている佳祐を見つけた。
「こんなところで何してるのよ。何考えてるの。一体どこに行くのよ」
言葉と同時にぽろぽろと涙が零れ落ちる。
佳祐はほにゃりと笑った。
「何笑ってるのよ」
泣きながら睨みつける美咲を隣に座らせると、佳祐はまた柔らかく笑みをもらした。
「来てくれたんだ」
安堵したようなその笑みに、美咲が噛みつく。
「来るに決まってるでしょ! 勝手に一人でどこに行くのよ!?」
「うん。一人で決めてごめん。でも美咲、三月に入ってKACが始まったらもう何も頭に入って来ないだろ? 何度か話そうとしたけど、脳内パンクしてそうだったから」
確かに佳祐が話しかけても、「後にしてー」と取り合わなかったのが何回もあったのは事実だ。
「ごめんなさい」
美咲は素直に謝った。
「父さんの調子が悪いから帰ってきてほしいって連絡があったんだ。一緒に着いてきてくるか、遠距離恋愛にするか、あの状態の美咲とは相談できないだろ?」
「でも一人で決めて出て行っちゃうなんて」
「うん。ごめん。だけどこれくらいしないと美咲はきっと聞いてくれないからね?」
美咲は否定できず、口を噤む。
「明確な意思で、追いかけて来てもらいたかったんだ。こんなに面倒なことをしてでも追いかけたいっていう強い思いで」
新幹線が入ってくるアナウンスが流れて佳祐が立ち上がった。
「待って。それでどこに行くの? 実家ってどこだった?」
関西の方だったと思うけど、詳しく聞いたことはない。
「KACが終わって落ち着いたら、探しに来て」
『100トリあえず、UOAOKTIUD』
渡したメモに書いてある文字を見て、美咲は思わず叫んだ。
「また暗号! しかも『トリあえず』を使ってるし!」
佳祐がくすくす笑う。
「この暗号を解けば会えるの?」
「うん。仕事は同じことしてるから」
余裕の笑みを浮かべる佳祐に、反撃してみる。
「佳祐は、私を置いていって、へっちゃらなの? 私が見つけられなかったら、会えないんだよ?」
「うん。だから頑張って早く見つけて」
新幹線に乗りこんで振り返る。曲が流れホームドアが閉まっていく。
「待ってるよ」
新幹線のドアが閉まる直前に、とびきりの笑顔で佳祐が手を振った。
結局、佳祐がどこへ行ったのか分からない。美咲は暗号に目を落とした。それから、紙を半分に折ってポケットに入れる。暗号を考えるのは後だ。すごく、ものすごく気になるけど、とりあえず、KACを終わらせよう。佳祐に笑われないようなちゃんとした作品たちを仕上げよう。
それが終わったら。
「見つけたら、いっぱい文句を言ってやるんだから。覚悟しなさいよ!」
新幹線の去っていった方へ呟くと、美咲は踵を返した。急いで自宅へ戻って作品を仕上げるために。
残された『トリあえず』 楠秋生 @yunikon
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