第11話 タレ肉串


 ハレは内郭壁外の第二通りをぶらぶらと歩いていた。

 内郭壁は王都の中にある二つ目の城壁だ。外郭の城壁程の高さはないが、十分堅牢なその内郭壁の内側は貴族や有力商人などの権力者の領域であり、外側が庶民の区画と分けられていた。

 ハレが今歩く第二通りは屋台や露天商が並ぶ、庶民派に属した通りだった。お昼時、ということもあり、人通りが多く、通りはごった返している。通りは微かに登り坂となっているため、通りのはるか先までギッシリと人間が詰まっているその混み具合がよく見えた。


 ハレは人混みに沿って歩いていたが、途中甘辛いタレの匂いがして、その店に興味を示した。

 人混みをかき分けて少しずつ店に近づいていく。ハレが無理に進むと、男はハレの異様に整った顔に嫉妬して敵意をむき出しにし、女はどけられた怒りにしかめ面で振り向くが、ハレを見た途端「あらっ……❤︎」と頬を緩めるのだから、人間は分かり易い。

 ハレが目的の店に着いた時、ちょうど前の客がタレ肉串を受け取って人混みの一部に返っていくところだった。


「よぅ二枚目のお兄さん、1本どうだい?」と屋台の主人が肉串を掲げる。

「それ何の肉なの?」とハレが訊ねると、「安心しな。うちは魔物肉なんざ使っちゃいねぇよ。猪だよ猪」と男が得意げに笑った。


 別にそんな心配をしていた訳ではなかったが、ハレは猪と言われても前世でカレーに混ざったやつしか食べたことがなかったので一層味が気になった。


「これで買える?」と先程奪った巾着袋を手のひらに逆さまにして銅貨を出した。

「あー……銅貨5枚だから、まぁ買えるな」と男がハレの手から銅貨を5枚摘んで取った。


 横から声が掛かったのは、ハレが肉串を受け取ろうとした時だ。


「ちょっと待ちなさい!」


 ハレが目を向けると、人間の女が屋台の主人を睨みつけていた。女は良い布地の長丈のドレスコタルディを身につけており、明らかに街娘ではない、と分かるものの、貴族程は派手な装いでもなく、身分が判然としない。

 よく絡まれる日だな、と思ったが、女が物申したいのはハレではなく、屋台の主人のようだった。


「私はここの肉串を銅貨3枚でさっき買ったんだけれど? こんな短時間で銅貨2枚も値上げするのかしらねぇ?」

「いや、それは……。あ、あはは、悪いな、にいちゃん。勘違いだ、銅貨3枚だ。3枚で1本。危ない危ない。教えてくれてありがとうよ嬢ちゃん」


 まだ女は店主を睨みつけている。よほど気に食わないようだ。ハレは「どうせ後でデズモンドファミリーとやらから大金を奪い取るから銅貨の数枚構わないが」と思っていたが、女の怒りようになんとなく黙っていた。


 ハレが店主から肉串を受け取ると、女が「キミ、気をつけなきゃダメよ? ママは? はぐれちゃったの?」と失礼な気遣いを見せる。いくらなんでもそんなに幼くは見えないはずだが。


「ご親切にどうも。お姫様」とだけ答えた。どう見てもお忍びで商店街に繰り出したお貴族様にしか見えなかったから、テキトーに言ったのだが、これが女にクリティカルヒットとなる。

 

「んな?! な、な、なんで……バレてる?!」とリアクションし、自らバラした。モモに似たポンコツ魂を感じて、深く関わらないようにしよう、と心に決めてハレは肉を頬張った。


「ドロシー様、ドロシー様ぁ!」と人混みの中で叫ぶ声が聞こえた。

「やば!」と目の前の女がまた致命的なリアクションを取ったので、女の名は「ドロシー」で確定した。アホである。

 

 肉を食べ終えたハレは「庶民ってのは適度に汚れてなきゃダメなんだよ」とテキトーな理由をつけてドロシーの長丈のドレスコタルディのスカートの裾で口についたタレを拭いた。

「きゃァァアア?! 何してんのよ!」とドロシーが叫ぶと、その声に反応して人混みの方から「あっちだ! ドロシー様ァ!」と声が近付いてくる。


 ドロシーはキッとハレを睨んでから、背を向けて人混みの川に飛び込んでいった。


 何なんだ、とハレがそれを眺めていると、「いたぞ!」と今度はハレがむさい男共に取り囲まれた。

 まったく、次から次へと、とハレは辟易する。


「ちょっと歩こうか?」と強面のおじさんがハレの腕を掴んで凄む。

「デズモンドファミリーの人?」

「ハッ、分かってんなら話は早いな。ついてこい」


 ハレとしても自分の力を大勢に見られるのは望むところではなかったので、おとなしく連行された。

 デズモンドファミリーが人混みを歩くと、道ゆく人は皆自然とデズモンドファミリーに道を開けた。


「お〜便利だねぇ。僕も今日からデズモンド名乗っていい?」と軽口を叩くと「舐めてんのか? お前」と男がハレに顔を近づけて凄んだ。キスできそうな程近い。ハレは「ばっちい」と顔をのけぞった。


「ガキが見境なしにイキるからこうなる」とまた別の金髪男が隣で得意げに説教を垂れる。「お前まだなんとか家に帰れると思ってんだろ? お終いだよ。もうお終い。運が良ければ魔物の蔓延る鉱山で一生ツルハシを振る人生を送れるだろうよ」


 ひゃはは、と笑う金髪にハレは「ヒャハハって笑うと小物っぽいからやめた方が良いよ」と的確なアドバイスをした。それなのに金髪は「あ゛?」と顔を近付けてハレを脅そうとする。

 どうでも良いけど、キミたち顔近付けないと睨めないの? 近眼なの?と思ったが、ここで乱闘するのも面倒なので黙ってのけぞった。


 そうしてハレは大通りに面したデカい館に連行されて行った。

 

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