第10話 ナヴィッツ

2-3

 早朝のデモン城はてんやわんやだった。


「ハレ様!」とシホがハレの自室を無断で開けた。これで今日3度目の在室確認である。もしハレがいて「ノックをしろ」と怒られるなら、それでも良かった。その方が良い。ハレが居てくれるのだから。

 ハレの部屋が無人なのを確認して、シホは扉を閉めてまた駆け出した。


 堕天使ラフィーナが廊下の先から途轍もない速度で飛んでくるのが見えた。

 ラフィーナはシホの前で止まると「自室は?!」と訊ねる。

 シホはかぶりを振って答える。


「応接間も謁見の間もいないわ」とラフィーナがこの世の終わりのような顔を見せる。

 いつの間にか隣に来ていた雷神のデインがラフィーナの絶望ぶりを指差して笑う。「はは、キミ達ちょっと過保護が過ぎやしないかい?」


 デインの遠慮のない物言いに、女子2人の殺気すらこもった視線が向けられるが、デインは全く気にも留めない。


「だってハレハレ、キミ達の数倍強いじゃん」

「だとしても、です! この世界はまだ分かっていないことが多いんです! ジャンドゥ村の事もありますし」とシホが言うとラフィーナも「そうよ」と加勢する。

「そうよ。それにハレ様のことだから、もし外で愛人でもたらふくこさえてきたら——」


 再びラフィーナの顔が恐怖に染まった。それから「まだ私も抱いてもらったことないのに……」と落ち込む。

「なんだ、しもの心配か」とデインがデリカシーのカケラもない言い方をして、ラフィーナに蹴られた。

 

「そういや、モモも朝から姿を見せてないけど」とラフィーナに蹴られながら、デインが指を立てた。

「ハッ」「まさか……」とシホとラフィーナが同時に固まる。

「あ、もしかして男女2人で、愛の逃避行——」

「——アンドロイドですしィ!」「——ロボとのセッ◯スはノーカンよ! 単なる自慰行為よ!」


 シホとラフィーナの切羽詰まった顔が迫って、デインが耳を塞いでのけぞる。キミ達そんなに仲良かったっけ?とデインが首を傾げた。


「とにかく! 多分ハレ様は外よ! 探しに行かないと」とラフィーナが歩き出す。ハレを単独で探しに行く気なのだと察したシホが「待ってください」と制止した。

「何よ! 一刻を争うのよ?!」

「ラフィーナはハレ様からジャンドゥ村の調査を命じられていたはずです」

「そんなこと言ってる場合?!」

「ハレ様の命令は絶対です。背くことは許されません」


 シホが冷たい視線をラフィーナに向けると、ラフィーナは、ぐ、と返答に詰まる。

 

「じゃ、ボクも行かないで良いわけだねー。村の調査で忙しいからさー」とデインが鼻くそをほじりながら寝そべって言う。全然忙しい人の態度ではない。


「ハレ様の捜索は私が行きます」とシホが自分の胸に手を当ててラフィーナにその鋭い眼差しを向ける。デインはいないものとして無視される。

「ずるいじゃない!」ラフィーナは案の定、反対の意を示した。

「私は空間移動ゲートが使えますから適任です。それから、ナヴィッツを連れて行きます」

「あの辛気臭い人間を使うの?」とラフィーナが嫌そうな顔をした丁度その後ろにナヴィッツが転移してきた。配下は城内のログポイント間のテレポーテーションは自由に行えるのだ。だからナヴィッツが突然現れたのも不思議ではない。不思議ではないが、不思議なことにナヴィッツという男はいつも間が悪かった。


 無言で少し悲しそうな顔をしてから、「何かようか?」とナヴィッツを呼び出したシホに問い掛けた。

 シホは励ますべきか一瞬悩んで、そんなことをしている場合ではないと判断し、仲間の心のケアを諦めた。

 

「あ、え、えっと、ハレ様が脱走したので、追いかけます。あなたも一緒に来てください」

 ナヴィッツは陰口を叩かれていたことには一切触れず、無言で一つ頷いた。

 ラフィーナが「あ、その、ごめんね?」と言うと、ナヴィッツは「…………何がだ?」と悲しそうな顔で知らぬ振りをした。


 シホは、今の間は絶対全てを理解している間ですね、と思ったが、そっとしておくのも優しさだと、触れないでおいた。 


 ナヴィッツの種族は人間ヒューマンだった。

 その銀髪と端正な顔つきもさることながら、彼の異常性はその強さだった。

 およそ人間とは思えないステータスを秘め、かつ、まだ成長している。レベルは113。デフォルトでレベル100の限界突破をしていたのは、配下の中でもナヴィッツだけだった。成長速度は遅いが、上限が青天井なのはでかい。


「ナヴィッツは人間だから都市や村に溶け込みやすいし、強いですから、メリットがあります」とシホは大袈裟にナヴィッツ上げ発言をして、遠回しに慰める。


 流石に明からさま過ぎでは、とラフィーナとデインがおそるおそるナヴィッツの様子を窺うと、ナヴィッツは相変わらずの無口ではあったが、その口角がほんのり上向きに上がっていた。あ、喜んでるわ、と誰もが理解した。


「ハレ様を連れ戻すのは、私とナヴィッツに任せてください。ラフィーナとデインで村の調査を、イヴとゴーゾで城の警護をお願いします」

「はぁ、もう、仕方ないわね。いい? 必ずハレ様を連れ戻して来なさい?」と堕天使ラフィーナがシホに釘を刺す。もうジャンドゥ村の時のような失態は許さない、と。


「分かっています」とシホが答えてからシホとナヴィッツは城門に転移した。

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