第9話 逆カツアゲ
「やっぱ冒険と言えば一人旅だよな」
ハレはモモを置き去りに都市を歩く。都市は城壁内という限られたスペースにとてつもない数の人間が密集して暮らしているため、大概が3階建ての建物で、大通り沿いにあるのは、それなりに裕福な者の家だった。
綺麗な街並みを眺めてハレは上機嫌である。
(だいたいモモは余計なトラブルを起こしすぎなんだよな。
「ハレ様ァァアア?!」という叫び声がどこからか聞こえてきて、おっといけね、とハレは大通りから逸れて路地裏に入った。
(あれ? こっちはスラムか?)
一つ路地裏に入れば、表通りの華々しさが嘘のように、濁った景色が広がっていた。
細い坂道は汚らしい家屋の壁に挟まれ、上を見上げればボロ雑巾のような衣類が左の家屋から右の家屋にかけられた紐に干してある。
壁にもたれて座っていた男児がハレを見るや否や歩み寄って来て、手を差し出した。何かくれ、と言いたいようだ。
「僕もすっからぴんだから」と言うが男児は嘘だと判断したらしく、しつこく手を差し出して来る。ハレは面倒になり、男児を蹴飛ばした。
「ナイフでいいならくれてやるよ。ちょっと心臓貸せ」とハレが言うと、男児は奇声を上げながら走り去っていった。
その後ろ姿を見てハレは思いつく。
(次、絡んできたやつから逆に金を巻き上げるか)
再びあえて、スラムを歩く。
ハレは丈の長い黒のチェスターコートの上から、マントも羽織っている。指輪や腕輪などの装飾品も装備していることから、それなりに裕福層に見えるはずだ。
ハレは、もしかしたら絡まれるかもなー、くらいの認識でいたわけだが、ものの2分で本当に絡まれたのだから閉口した。
「よぉ、坊ちゃん、こんな所に何の用だい?」
男が3人、ハレを囲うように近づいて来る。発言だけ見れば親切な人にも思えるが、男の口元はニヤついている。男がハレの装備に目を走らせるのが分かった。
当たりだ、とハレも薄く
「いやぁ、ちょっと探し物しててねぇ〜」とハレが答える。
「そうか。ならおじちゃん達が探してやるからよぉ——」
身包みよこせ、とか言うんだろ、とハレが当たりをつけると、
「——身包みよこしな」とドンピシャなことを男が言った。
ハレは男達に手を向け「
男達が一斉に地に伏した。死んだ訳ではない。身体が麻痺したのだ。
男達の顔に戸惑いと焦りの色が見えた。「おい」「どうなってる?!」と騒ぎだした。横たわったまま、顔だけは威勢よく話す様子にハレは笑った。
「あらら、可哀想に。状態異常には気をつけないと」
そう言いながらアイテムボックスからナイフを取り出してリーダーだと思われる男の首に躊躇いなく差し込んだ。
叫ぶ間も無く喉を裂かれたので、声は出せず、その瞳だけをハレに向けて、男は絶命した。ごぷっ、と死体の喉からまだ血が溢れる。
「ひ」「うわァァアアア」と残った男達が一層やかましく騒ぎ出した。
「僕が本気だって分かってもらうために、仕方なかったんだ。分かってくれ」そう言ってハレは死んだ男に祈る真似をした。「さて、じゃあ出そうか」と残った男達に手を差し出す。
「な、な、何をだよォ」と言う男は半分泣いていた。
「金だよ」
「ねぇよ! あったらカツアゲなんてしねぇよ!」
ハレは騒ぎたてた男の喉元にナイフを突きつけ「早く出せ」とにっこり笑ってから、ゆっくりとナイフを押し付ける力を強めていく。「5、4、3」とハレがカウントする。
「ないんだ! 本当だ! ないんだよ! 分かった! 待て! 服でも靴でも何でもやるから! 待——」
結局ナイフが致命的なところまで刺さると、男は息絶えた。
最後の男はガタガタ震えている。
「さぁ、ラストチャンス。早く金だしなよ」
男は慌ててポケットをまさぐり、巾着袋を取り出すとハレに放り投げた。ハレはそれを拾い上げて中身を確認する。
「殆ど銅貨じゃないか」
「ほ、本当に金はないんだ! それで全部だ!」
「どうやらそのようだね」とハレは肩を落とした。
男は、結局ハレが自分を見逃すはずない、と悟ったのか、「お前」と凄むように口を開く。
「俺らに手を出して、タダで済むと思うなよ」
「タダどころか銅貨貰ったんだけど」
「いまにデズモンドファミリーがお前を殺しにくるぞ」
デズモンドってさっきの、とモモが因縁をつけた金持ちの名を思い出した。
マフィアだったのか。ならあの場で殺して金奪っても良かったな、と少し後悔する。悪党なら突然消えても兵は動かないだろう、という認識だった。
「まぁでも放っておけば金持ちの方から金を奪われにやって来てくれる訳だ」とハレは嬉しそうに手を叩く。
男はハッタリか本気かを判断しかねているようで、頬をぴくぴくさせながら黙っていた。
ハレは「特別に逃がしてやるよ」と笑った。「ちゃんとデズモンドさんに言いつけるんだぞ?」と付け加える。
デズモンドさんによろしく〜、と手をひらひらさせてハレは男を残して路地裏を後にした。
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