第二章 王都アドハイトス

第8話 カツアゲ


「なんで入れないんですかぁ!」


 モモが抗議の声を上げて、王都城門の門番に詰め寄るが、「うるさい、あっち行け」とテキトーにあしらわれていた。

 早朝、城門の跳ね橋が下りてすぐにハレ達は城門に進んだので他にほとんど入都希望者はおらず、比較的スムーズに入都手続きを受けられた。

 問題はハレ達が、この世界の通貨を持っていない、ということだけだった。王都に入るには入都料がかかる。無料で入るにはアドハイトス国王の許可証が必要らしい。


「国王がなんですか! うちのハレ様はいずれ世界を——んむんぅ」


 ハレがモモの口を塞いで黙らせる。「余計なことを言うな」


 女なら最悪記憶を改竄かいざんすることも可能だが、相手が男なら殺すしかない。ハレはモモのポンコツ具合に辟易してため息を漏らす。

 それから周りに誰もいないことを確認してから門番2人に手を向け、「幻睡の誘いナルコレプシー」と唱えると、門番2人が唐突に膝を付いて倒れた。うち1人は、んがぁ〜、といびきをかき始める。


 ハレがやれやれと一息ついた頃に、ペロッとモモの口を塞ぐ手に生暖かい湿った感触が走った。その後もレロレロとモモの舌がハレの手を舐め上げる。

 ハレは鼻息を荒くするモモの鼻に指を引っ掛けて持ち上げた。


「ごめんらはい、ごめんらはい、調子乗りましたちょうひのりまひた!」


 アンドロイドのくせに一丁前に盛りやがって、とハレがモモをポイっと投げ捨てた。

 熟睡している門番を椅子に座らせて、ハレとモモは城門を後にした。

 

 王都は巨大な城塞都市である。高さ20メートルはあろうかという堅牢な城壁が都市を囲む。壁内にも2重の内郭壁が聳え立ち、中央の高台に塔が連なるアドハイトス城が築かれている。

 アドハイトス城から城門までを貫く大きな通り——中央通りは、まだ日も登り始めてまもない早朝だと言うのに、既にパラパラと人通りがあり、時々馬車も見える。

 石畳をガタガタと音を立てながらすれ違う馬車を横目にハレ達は大通りを歩いた。


「どこ行くんです?」とモモがハレの後ろを歩きながら訊ねる。

「うーん……宿取るにしても金ないからなぁ。まずは人間から金でも掻っ払うか」

「任せてください! 得意です」


 モモが勇んで止まっている馬車に近づいて行く。カツアゲが得意なメイドとか嫌すぎる、というハレの呟きは聞こえていないようだった。


 モモが馬車に無断で入ろうとして、中から1人の少女が飛び出してきた。肌着シュミューズ姿で、頬のこけた汚らしいメスガキ、という印象をハレは抱いた。

 少女はモモに肩がぶつかるが、なりふり構わずといった様子で馬車から離れるように走った。


「こらぁメスガキ——」とモモが言いかけて、今度は少女を追いかけるように出てきた男に肩をぶつけられ、モモは顔面から石畳にダイブした。レベル100のモモが一般人にタックルされてもダメージはないはずだが、吹き飛びノックバック率は不意打ちボーナスで増加する。だから、ノーダメージなのに地面にキスするという哀れな構図が出来上がったのだ。


 少女は10メートルもいかないうちに止まり、膝を付いて呻き出した。


「ぁ……ぁあ゛ぁあああああ」


 胸を押さえて苦しみ出す。モモはムクっと起き上がってハレを見た。ハレは「僕は何もしてないよ」と肩をすくめる。

 モモを吹き飛ばした男が少女に追いつき、少女の栗色の髪を掴み上げ、苦しんでいる少女の腹をさらに苦しめるべく力一杯殴った。少女の唾液が飛んで、目に涙を溜めながら少女はえずく。

 髪の毛を掴んだまま男が少女を馬車まで引きずるように連行し始めた。


「おい、ちょ待てよー」とモモが中学生のヤンキーみたいな口調で男を呼び止めた。男は面倒臭そうに振り向く。

「おまえ、わたしあーしにぶつかったよなぁ? いてーんだけどー? おれたんですけどー?」


 ハレは、どうでもいいがその口調腹立つな、とぼんやりモモを見ていた。


「あんだお前?」と男が凄む。

「おー? やんのかー? わたしあーしとやんのかー? おー?」モモは拳に、はぁ〜と息を吹きかける。今どきそんなムーブをする不良はいない。


 男が無謀にも暴力で解決しようと、腕を振り上げたとき、馬車の中から「やめなさい」と声が聞こえた。

 男が「失礼しました。デズモンド様」と頭を下げる。

 それからデズモンドと呼ばれた馬車内の人物は、謎の偉人——おそらくこの世界の偉人——がかたどられた金貨を一枚馬車からモモに放り投げた。


「これで文句あるまい。急いでいるんだ。これ以上、手を煩わせるなら……分かるな?」

 モモが一瞬考えてから、「きょうはこれでゆるしてやんぜ」と言うと、男と少女が馬車に乗り込み、馬車は発車した。


 モモがハレに褒めてもらおうと、目を輝かせて振り向く。「ハレ様! やりました! 上手にカツアゲできました!」


 あれ、とモモが固まる。

 そこには朝日が眩しい綺麗な街並みがあるだけで、ハレの姿はどこにもなかった。


「ハレ様ァァアア?!」


 

 

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