第6話 審問会


「どういうことよ!」と漆黒の翼を持つ堕天使、ラフィーナが声を荒げた。「シホが付いていながら、どうしてハレ様がお供をたったの1人しか連れずに未知の世界に飛び出すことになってんのよ!」


 デモン城の会議室で7大魔将の内、4人の魔将が集まり、審問会が開かれていた。残りの魔将たちは城の警備に当たっている。

 シホは返す言葉もない、を文字通り体現しているのか、目をつむって奥歯を食いしばり黙って俯く。


「ハレ様に何かあったらどうするのよ!」とラフィーナの猛追は止まらない。

 そもそも制止するシホをハレが振り切って出て行ったのだが、シホは言い訳をすることなく甘んじて批判を受け入れていた。

 ハレはそんなシホを助けてやっても良いだろうに、「おー怖」とバームクーヘンを食べていた。一口齧るごとに微量の生命力が体内に入り込むのを感じる。ご当地回復アイテムをおやつ替わりに、ラフィーナの激怒を観戦する。


「まぁまぁ。正直イヴもシホちゃんの行動はどうなのかなぁ、とは思うけど、もう反省してるみたいだし、その辺で許してあげようよ」とトゥルーヴァンパイアのイヴがハレのバームクーヘンを取り上げながら言う。「食べ過ぎはダメですよ」とバームクーヘンの袋に封をした。

 ライトブラウンの短めの髪が揺れて、バームクーヘンとは別の甘い女の子の匂いがハレに届いた。

 ハレはイヴが持つバームクーヘンを取り返そうと奮闘するが、「めっ、ですよ」と叱られ、舌打ちをして諦めた。


「まぁ、ハレハレも年頃の男子なんだし、もうお守りをつけられるのも嫌なんじゃね?」と雷神のデインがパッとイヴからバームクーヘンを奪って、むしゃむしゃと勝手に食べ始める。亜神とは言え、神々の末端に名を連ねるデインはハレが特別なイベントで苦労して生み出した配下である。凄まじい強さと引き換えに自由奔放で、あまりやる気がない。だが、ハレはそのやる気のない所も気に入っており、よく連れまわして遊んでいた。


「あぁ! 勝手に食べるなよ!」とハレが苦情を投げつけると、「いいじゃーん。ボクとハレハレの仲だろー?」と返ってくる。デインのバームクーヘンを摘まむ手は止まらない。


「お供なしなんて、有り得ないわ!」とその透き通るように輝くブロンドヘアを左右に振って堕天使ラフィーナが強く非難した。「私たち配下の一人や二人が死んだっていくらだって替えがきくけれど、ハレ様だけは何物にも代えられないのよ?! 分かってんの?!」


 場がヒートアップしてきたところで、シホが立ち上がって頭を下げた。


「本当にごめんなさい。私が甘かったです。ハレ様のワガママにはもっと心を鬼にして接するべきでした……」

「そうだよ? お可愛いからって、甘やかしちゃダメ」とイヴが一つ頷く。

「おいこら、本人を目の前にして何言っとるか貴様ら」


 敬られているのだか、なんなのか。ハレの配下達はその全員がハレを絶対的な支配者として尊敬すると同時に、何故か保護者のような立場をも併せ持っていた。ハレが子供のような庇護欲をそそる風貌なのも関係しているかもしれない。


「話変わるけどさ」とデインが砂糖のついた指を咥えて舐めながら、空っぽになったバームクーヘンの袋を机に置く。ハレはショックのあまり机に突っ伏した。「そのジャンドゥ村って、何がそんなにヤバいの?」


 不貞腐れて答えないハレの代わりにシホが答える。「私やハレ様でも突破できないことが問題なのです。私はレベル100ですし、ハレ様に至ってはレベル300以上はあります。ディストピアでは格上を弾く結界は存在しなかった。つまり——」

「——ハレ様よりも高レベルか、あるいは未知の力か、ってことだね」とイヴが説明を引き継いだ。

「ハレ様よりも高レベルだなんて……対峙したのが私たち配下レベルなら瞬殺ね」とラフィーナが深刻な顔で言う。


「でも、あれ結界術じゃないよ」ハレは机から顔をもたげた。「結界術なら弾かれて一歩も進めないから。だけど、あの村の領主の館マナーハウスは、苦しいけど進めることは進めたもん。結界術じゃない。多分この世界特有の何か」

「……そんな危ないところにハレ様を連れ出して——」とまたラフィーナのシホへの怒りが再発しそうになり、見かねたハレが「僕が勝手に出て行ったんだ。シホを責めないでくれ」と庇った。

「はっ。申し訳ありません」ラフィーナが頭を下げる。

「ラフィーナとデインであの村を調べろ。それから、全配下に伝えろ。ラフィーナとデイン以外の全配下はあの村へ近づくことを禁ずる」


「承知しました」「まぁ嫌とは言えない空気だよねー」と堕天使ラフィーナと雷神デインがそれぞれ応じる。


 ここぞ、とばかりにシホが「外のことは我々が全てやりますので、ハレ様はしばらく城でお過ごしください」とひざまずいて言った。

「なんでだよ」とハレが目を細めて抗議すると、

「危険ですので」と即座に返ってきた。


 はぁ、と大きなため息をこれ見よがしに吐いて、ハレが呟く。


「あーあ。自由に外を闊歩できるようにならないかねぇ」



 すると、シホが一つ頷いて、「分かっております」と答えた。

「いずれこの世界の全てを」とラフィーナが続く。

「必ずやハレ様に捧げます」イヴが微笑む。

「ボクも手伝うのはやぶさかではないよ」とデイン。


 

 


「絶対的な支配者として世界に君臨していただくその時のためにも……今しばらくご辛抱願います」

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