第5話 危険


 村を歩きながらシホはそのやや猫目気味の鋭い目を村人に向けて、観察していた。そしてやがて「ハレ様」と呼び掛ける。


「この村は何かおかしいです。やはり一度城に戻りましょう」


 丁度その時、楽しそうにボールらしき玩具を持つ子供達とすれ違う。

 すれ違い様、ハレがボールを奪うと、子供達は「返せ!」「あべっく!」「この、あべっく!」と謎の罵倒を口にしながらハレに蹴りを入れる。ハレは、ははは、と笑いながら遠くにボールを放った。「あ! ふざけんな! ばか!」「あべっく!」と言いながら子供達はボールを追いかけて行った。どこで覚えたのだろう、アベック。

 楽しそうに笑い合っている子供を眺める。平和で長閑のどかな村、としかハレには思えなかった。


「何がそんなにおかしいんだよ? こんなに平和なのに」


 ピーヒョロロー、とトンビの鳴く声がする。

 耳をすませば、ザックザックと畑を耕す音やまきを割る音も聞こえてくる。村の日常的な生活音は耳に心地良い。

な? とハレがシホに目で訴えるが、シホの警戒は緩まなかった。

 

「この村は平和過ぎます。塀もなく、私兵もいないのに、モンスターに怯えている様子がまるでない」

「来たら怯えるんじゃん?」とハレがテキトーなことを言う。

「来たらそれまでです。兵がいなければ食われるのみ、なんですよ? なのに皆笑顔で普通に過ごしてる。こんなのおかしいです」


 ふいにハレが閃いた顔をした。「あ、分かった! 多分モンスターが弱すぎるからじゃないか? さっきのトカゲもディストピアのモンスターと比べるとめちゃくそ雑魚かったし」

 しかしシホはやっぱりかぶりを振る。「だとしても、です。ここの村人より弱いなんてことはないはずです。現に先ほどの商人に雇われた冒険者4人の内、3人はあのトカゲにやられてます。村人が冒険者より強いと思います?」


 先程、トカゲに襲われた場所はたかだか1キロくらいしか離れていない。あのトカゲがこの村を襲ったとしても、何ら不思議はない。にも関わらず、確かに村人は少し能天気が過ぎるようにハレにも思えた。

 よほど村人たちがバカなのか、あるいは何か別の事情があるのか。

 シホが警戒しているのはその『別の事情』のようだ。


「謎が謎を呼ぶ……的な? テンション上がるな!」

「上がりません。少しは警戒してください」


 ハレのたかぶりはシホには理解されなかった。


「ところで村長の家ってどれだ?」

「こういう村では大抵中心地にあるはずですが、流石にどの建物かまでは……。申し訳ありません」シホがしゅん、と項垂れた。


「よし。じゃあ次会った女に聞こう」

「……なんで女限定なんですか?」シホが目を細めてハレを睨む。暗に抗議を含む眼差しである。

 ハレはその眼差しに気付いてか気付かずか、「まぁ見てろって」と自信満々に答えた。


 ちょうどその時、正面から若い女が歩いてくる。結婚指輪の文化はないので、既婚か未婚かは分からない。だが、ハレにはそんなことは関係なかった。

 試しにハレは何も工夫せず、突撃してみる。


「お姉さん、お姉さん、ちょっと教えてほしいんだけど?」と声をかけるハレを見てシホは物陰から「まるでナンパです」と頬をふくらませた。


 女はハレをよそ者と見ると、顔をしかめて、無視して通り過ぎようとした。村の人は大抵よそ者に冷たい。ゲームのように「ようこそ、ほにゃらら村へ」などとほざく村人は皆無である。


 ハレは女の背中に手を向けて「情欲の波動」を発動した。

 女はピクっと止まると、急にもじもじしだし、湿っぽい息を吐く。潤んだ瞳でハレに振り返った。


「お姉さん、教えてくれるの? ありがとう」とハレが笑い掛けると女は胸を押さえて、何かに耐えるように苦しそうな顔を見せた。キュン死、とはこの事だ。いや、まだ死んではいない。かろうじて。


 ハレがそっと女の頬に手を添えると女の息遣いは一層激しくなった。

「この村で一番えらい人の家……どれ?」とハレが訊ねる。女は一つの建物を指差してから、「ま、領主様の館マナーハウスなら、あ、あ、あれでしゅ」と言い、鼻血をツーっと垂らした。目はポーッとして頬は真っ赤だ。ハレを見つめながら、袖で鼻血を拭いていた。


「この村はなんて言う村なの?」とハレが訊ねると、女はうつろな目で答える。

「ジャンドゥ村です」もはや完全にチャーム状態となった彼女は口だけ少し微笑みを浮かべている。

「この近くに別の街や村はあるのかな?」

「北に王都アドハイトスがあります。他はあるのかもしれませんが、私は知りません」


 なるほど、とハレが呟くと、シホが「ハレ様、いつまでその阿婆擦あばずれとイチャついているんです?」と寄って来た。


「セッ◯スすればもっと深層心理とか記憶まで読み取れるけど」

「しないで結構です」とシホがぴしゃりと言う。


 ハレが「ありがとねー」と女に手を振って別れ、教えてもらった領主の館マナーハウスの方へ足を向けた。

 




 しばらくするとハレは小さな違和感に気付く。

 それは家の鍵を閉め忘れて出掛けてしまったかのような小さな違和感だったのだが、領主の館マナーハウスに近づくにつれて徐々に気持ちの悪いぞわぞわとした感覚が強まる。


「ハレ様」とシホも居心地の悪そうな、あるいは胃液でも逆流しそうなしかめ顔でハレを呼び止めた。


「嫌な感じするね」とハレが先に言う。

「だ、ダメです。これ以上は……近づけません」シホはマナーハウスまであと50メートルくらいのところまで来て、しゃがみ込んでしまった。

「僕もこの辺りが限界だよ。これ……なんだと思う?」とハレが訊ねると、シホはしゃがみ込んだまま、ハレを見上げて「結界術……でしょうか?」と答えた。

「どうだろう。結界術なら、こんなじわじわくるダメージじゃなくて、見えない壁のように跳ね返されるけどね」

「確かにそうです。なら、これは一体……」


 シホの問いに、ハレは答えず、代わりにきびすを返してから右手をかざし、「空間移動ゲート toデモン城」と唱える。


 ハレのかざした手の平を中心として、まるでガラスが割れるように一瞬にして空間に黒いヒビが入った。そして世界の欠片がポロポロと落ち、黒い空間が広がっていく。


「帰るよ」


 来たときのテンションは今は姿を隠し、神妙な、あるいは少し白けた顔をしてハレが言う。


「この村は危険だ」


 

 

————————————————

【あとがき】

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