第4話 貸し一つ
乾き切ってひび割れた大地に、馬車の車輪が
目的の村が見えてきた時、「ずいぶん貧相な村ですね」と隣を歩くシホが呟くのが聞こえた。
「こらシホ!」とハレがシホを
ハレは得意げな顔をシホに向けたが、馬車の上の商人が「今言ったがな」とこめかみをヒクつかせながら睨んできた。
ハレはそれを無視して、今度は隣の男に絡み出した。
「ねぇねぇお兄さん、今どんな気持ち? 馬車馬になって、今どんな気持ち?」
護衛の男は殺された馬の代わりに馬車を引かされていた。もはや馬車ではない。人車である。しかし京都のそれとは大きさがまるで違う。男は上半身は衣類を脱ぎ、ふー、ん! ふー、ん! と一押し毎に顔が赤くなるほど気張っていた。ハレの
「遅いぞ冒険者! 馬はもっと速かったぞ!」と課長改めて小太り商人がヤジを飛ばした。それから「貴様らも手伝わんか!」とハレとシホにまで命令し始めた。
「やだよ、馬車馬なんて。全ての尊厳をかなぐり捨てて、奴隷になったとしても、やりたくない」とハレが言うと隣の馬車馬男はぐっ、と苦しそうに顔を歪める。
「ハレ様を護衛に使うだけでなく、馬扱いするだと?」とシホが殺気を放ち出すと、課長は怯えた表情で黙り込んだ。それでも絶対に謝らないのがまさに課長だ、とハレは変なところに関心する。
村に着くと、男は大の字に横になった。ゼェハァ息を整えている。
ハレが落ちていた枝で乳首をつつくとビクッと跳ねるが、呼吸が整わないうちは文句も言えない。男は呼吸困難になりながら小刻みに首を左右に振ってハレを制止する。
ハレはそれを見てケラケラ笑い、またつついて遊んだ。
ワシは商談に行くから貴様らはテキトーに時間を潰してろ、と課長は1人で商館へ入って行った。
「
「……命の恩人であるあなたになら、なんと呼ばれようと構わない、と思っていましたが、どうか『
「ハレ様に下品な言葉を教えるのはやめてもらえるかしら?」と何故か馬乳首の方がシホに怒られた。
「私は馬車の番がありますので、ここにおります」と男が言う。
そこでシホがハレに耳打ちをした。「そろそろ城に帰りましょうハレ様。まだ偵察もしていない地に身を置くのは危険です」
シホが顔を寄せた事で、甘く優しいフローラルのような香りがした。
ハレは、うーん、と考え込んでから、護衛の男に顔を向ける。「馬ち——
「ハレ殿、出来れば『乳首』じゃなくて『馬』の方を採用していただければ、私も許容できるのですが……」と馬乳首が抗議するがハレが聞く耳持たずなのを察してか、諦めた。
「商人のドイル殿次第ですが、おそらく今日、明日は商談で忙しいと思われます。出立は3日後くらいかと」
「えぇー、そんなにかかるの? てか、どこに行くの?」
「北です。王都アドハイトスですよ。この村の薬草や香草を王都で加工して、売り捌くそうです」
王都かー、とハレは反応しかけて、ギリギリで思い留まる。ハレには計画があった。今瞬時に立てた計画である。その計画のためには王都に興味を示したことをシホにバレてはならなかった。間違っても「僕も王都行きたい」なんて口にしてはならない。
「分かった。なら、乳首殿とはここでお別れだ」とハレが告げる。
「そうですか。名残惜しいですが、仕方ありません」馬乳首はそう言って深々と頭を下げた。「命を、ありがとうございました。このご恩は決して忘れません」
「言ったな?」とハレの目が赤く光る。「いずれ貸しを取り立てにくるぜ?」
「はい。私にできる事ならなんなりと」
ハレは時空間魔法「
そしてそれを指で弾いて馬乳首に放る。馬乳首はパシッと小気味良い音を立ててそれをキャッチした。
馬乳首が手を開くと、そこには衣類に縫い付ける金属のボタンが1つ。
「それ持ってろ」とハレが言う。
「何ですか、これは?」
「昔イベントでもらった凡アイテム『約束の第二ボタン』だ」
「イベント……?」
馬乳首は意味は分からないようだったが、ハレに促され、それを懐にしまった。
「ハレ殿、お達者で」
「ああ。馬乳首もな」
そうして馬乳首とは、そこで別れた。
最後まで名前を名乗り損ね続けた彼の名は「ハンス」といったが、今後もハレには『馬乳首』と呼ばれ続ける。哀れな男である。
ハンスと別れたハレは唐突に「イベントといえばさ」とシホに顔を向ける。「イベントはだいたい村の代表に声をかけることで発生するよな」
「代表って言うと、村長か……あるいは領主ですか?」とシホが訊ねると、そそっ、とハレが頷く。
「よし、とりあえず村長に会いに行こーぜ」
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