孤独を知らない歌姫(上)
屋根の上で彼女は座り、鏡馬の方に顔を向けている。鏡馬は彼女の姿を形容する言葉が分からず、理解しようと彼女の姿を見つめた。
最初に目に入ったのは目だった。エメラルド色の綺麗な瞳。どんな光にも負けなそうな強い輝きを持っている。
そんな彼女の肌は全てが透明だった。それは言葉通りの意味でガラス細工のごとく透き通っている。なのにくっきりと目に映る。その理由が光の反射によるものだと気づいた。当たり方によっては青にも赤にも見える。髪は空色に染まり、綺麗なストレートが風に揺られている。そこだけがなぜか透明ではなくて異質な存在感を見せている。目から口にかけての造形は人間を彷彿とさせるが似ても似つかないほど整っていた。人間には完全な美は存在しないと言うのだろうか。
彼女は物悲しい目で遠くを見つめ、人差し指で内側に曲がった毛先をいじっている。
鏡馬は息を呑むことも忘れて彼女の異質な美に目を離せずにいた。彼女の美には男の本能は意味を失うらしいと鏡馬は知った。なんというか言葉に表すのが間違っているような唯一無二な存在に思えた。
彼女は屋根から窓に移動し、なんの
部屋に散らばったボードゲームやトランプ、たまにしか使わない最新のゲーム機を彼女は踏んでいく。気遣いとか遠慮という言葉を知らないのだろうかと鏡馬は肩を落とす。
そして入ってくるなりユリアはまるで鏡馬が長年の友達であるかのように好意的な表情で言ってきた。
「私の世界にようこそ。ごめんね急に連れ出してしまって」
「いや、え。ん? 世界」
「あっ、じこ、じこしょうかい、だっけ。それをした方がいいのか。えっと名前、名前はー。じゃぁユリアかな。そう、ユリア! ユリア。よろしく」
鏡馬は急にぶつぶつ言い出した彼女——ユリアに戸惑いながらも一応笑顔を作り頷く。そして次の発言に言葉を失った。
「実はさ私、君のことが嫌いだと思うんだ」
「は?」
唐突に聞こえた嫌いという言葉に鏡馬は呆然とした。あまりに突然で、しかも初対面の人間かも分からない生物だからか実感を得るのに時間がかかった。別に傷ついてはいないのに胸には違和感が宿った。
俺、なんかひどいこと言われてる?
「あの、俺、お前になにか悪いことした?」
「してないよ。あとユリアだから。ユ・リ・ア」
「それで嫌いって」
「嫌いだと思う」
「なんでだよ」
「嫌いだから」
「答えになってないし」
ユリアは人差し指を顎に当ててまるで大人の女性が子供を
「だって鏡馬くん。友達いるでしょ」
ユリアの緑色の目が爛々と輝いている。鏡馬は急にその瞳がただの美しさではないと思った。
友達。俺には友達がいる。なのにそれが理由で俺はユリアに嫌われいるのか。
ユリアに俺はどう見えているのだろう。
ユリアは鏡馬の目をじっと見たあと、窓の方に向かっていき海を目の前にして目をつむった。
広大な海のどこからか波と波がぶつかる音が響いてくる。
ザブン、ザブンと。それは鏡馬にとって不安になる音だった。しかし、ユリアは静かにその音を聞いている。そして音が止むと目を開いて鏡馬のベットに座りこんだ。
窓から潮の匂いも水の匂いもしない軽い風が入り込んでくる。机に置いてあったノートがパラパラとめくれる。
「さぁ、始めようか。この世界の崩壊と君と私の孤独について」
その言葉の先を想像して鏡馬は拳を握り込んだ。
<続>
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