「聴こえないメロディー」 第59回「2000文字以内でお題に挑戦!」企画 主催者:クロノヒョウ様

 音楽をやっている奴は練習場所に困ることが多い。

 俺達のバンドメンバーは文武両道を合い言葉にロックをやりつつ、進学校に進んだ。しかし学校の理解は得られず、扉が閉ざされている屋上手前の踊り場で、輪になってアンプを使わずに練習するのが関の山だった。ギターやベースはまだいい。俺、ドラムに至っては、安っぽい電子ドラムでペコペコ叩くだけだ。リズム感の育成はともかく、これではドラムの練習にはならない。

 救いは市の児童館の無料スタジオで、抽選で週に2回ほど練習できたことだ。防音室で思いっきりドラムを叩けるのはそれだけで嬉しい。

 踊り場での練習の成果を反映させること小1時間。休憩時間に俺がトイレに出ようとして重い防音扉を開けると、驚いたように口を大きく開けて、ぴょんと後退した女の子と俺の目が合った。俺も口を大きく開けた。

 女の子はめっちゃ、可愛かったからだ。

「相原、どうした?」

 ギターの東堂が俺に聞いた。

「もしかしてオレらのファンかもよ」

 同い年くらいだろう。俺は女の子に聞いたが、女の子は首を大きく横に振って、肩掛け鞄からメモを取り出すと鉛筆でさらりと文字をしたためた。

〔ごめんなさい。じゃましちゃった〕

 数秒、考えた。話せないのか、聞こえないのか、その両方か。俺はスマホのメモで応えた。

〔そんなことないよ。どうしたの?〕

〔ロックのメロディを知りたかったの〕

〔ロックのメロディだね? 少ししたら練習再開するから中で聞く?〕

〔耳、聞こえないけど、中なら分かるかな?〕

 それは約束できないが、と前置きしつつ、俺達は彼女の見学を歓迎した。ここしばらくライブをしていない俺達としては、それだけで士気が上がったのだ。

 練習が終わると彼女は聞いてきた。

〔いつ練習してるんですか?〕

〔抽選だから決まったら教えるよ〕

 そして俺はQRコードを彼女に見せ、彼女はスマホを取り出し、連絡先をゲットした。連絡先画面には「榮美波えみは」とあった。

 その後、俺はユーザー調査と称し、彼女と幾度もやりとりをかわした。そして近くの聾学校に通っていること。生まれつき耳が聞こえないこと。バンドアニメを見て、ロックに興味を覚えたことなどを教えて貰った。

〔話は字幕で分かっても音楽は聞こえないから〕

 そう文字で記されただけでも俺は寂しい気持ちになった。

 果たして耳が聞こえないとロックのメロディを味わえないものなのだろうか?

〔君の耳が聞こえなくても、メロディを知ることはできるかもしれない。だって、俺のドラムは感じられたんだろう?〕

 大きく頷く女の子のイラストのスタンプが返ってきた。

 これは研究する意義がありそうだった。こういう時は理論派の東堂に聞く。

〔音楽の始まりは狩りをする時に動物の鳴き声を真似ることから始まった説と、打楽器でリズムを取って、集団でトランスすることから始まった説がある。その両方だろうな〕

〔アフリカの部族がダンダン脚を踏みならすアレか〕

〔それだな。動物の鳴き声の方は骨で作った笛らしいのが出土してる。ホントか知らんが〕

 なるほど。わかってきた。俺はベースの坂崎と相談し、いっちょロックだけのメロディを作って彼女に『聞かせよう』と決めた。

 試行錯誤すること1週間。俺達3人は知恵を絞ってロックで『聞こえないのに聞こえるメロディ』を作り上げた。成功したかどうかの判定は彼女にお願いすることにした。

 無料スタジオが借りられる時間に榮美波を招き、最初はコーラとスナック菓子で歓待し、少し落ち着いたところで、俺達は榮美波ちゃんに演奏を披露する。

 まずはヴィーオ、ヴィーオ、ヴィーオと3回、ゆっくりしたリズムでギター、ベース、ドラムで合わせる。

〔なにこれ?〕

 当然、榮美波ちゃんは?マークを付ける。

〔鹿の鳴き声。これを早くする〕

 ロックのリズムは分150~180bpm。つまり心臓が早鐘をうつ速度だ。

 この速度で鹿の鳴き声をもう一度やってみる。もちろん幾度となくリピートする。

〔すごい! 感じる。身体全体で感じられる。これが鹿の鳴き声で――〕

〔ロックの原点〕

 そして俺達はゾウで、ライオンで、ウシで、カラスで、同じように繰り返し、それをつなぎ合わせていく。それは原始のリズム、祖先神トーテムのメロディだ。

 それを唯一の観客である榮美波ちゃんは身体全体で感じてくれる。

〔これが音楽の始まりなんだね!〕

〔もっと進化する。君でも聞けるロックを作れる。まだこれは始まりなんだ〕

 スマホでのやりとりだが、目の前に彼女がいる。彼女は生まれて初めて知る『メロディ』に興味津々だ。

 そして俺達3人も音楽の原点を考えることで、見よう見まねではない、ロックとは何か、ということを考えることができた。それは大きなプラスだ。ここからが俺達の新しい出発点になる。

「聞こえないメロディ」を聞いてくれる、俺達の最初のファンである榮美波ちゃんも、まだしばらくは一緒にいてくれるだろう。

 あとはどうやって俺に惚れて貰うか、なんだけど。

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