「夏休みにだけ会えるあの子」夏休み短篇小説大賞2024
名門のお嬢様学校である清心女子高でスクールアイドル同好会を立ち上げようなんて夢みたいな噂を聞いたとき、
しかも発起人は新入生代表を務めたイケメン女子で知られた、けっこうきつめの吊り目の黒髪ロング、
アニメと違って、ラブライブなんてイベントは現実には無い。それでもスクールアイドル活動をするというのなら、地道な努力と才能と、野球小僧なら甲子園を目指すくらいの熱量と時間が必要になる。しかし硬式野球と違って甲子園という夢の舞台がないのに、その熱量と士気を維持できるのだろうか――そう、最初に疑問に覚えた悠里だった。
それは清心女子高に入学して2週間しか経っていない春のことだった。そしてそのときはまさか澄香から自分に白羽の矢が立つなんて、悠里は夢にも思っていなかったのだ。
「なあ、浜元……スクールアイドルやる気にならないか?」
噂を聞いた2日後の昼休み、悠里がいつも昼食をとる屋上まで澄香がわざわざやって来て、悠里は3度驚いた。思わず食べていたお弁当の卵焼きを吹き出すところだった。
「なんで私?!」
「ネットの公募サイトに詞を書いていると聞いた。コンテストでいいところまでいったらしいじゃないか」
「どこからそんな情報を!」
「情報の出所は秘匿するのが、情報提供者への配慮だよ」
「で、で、でもスクールアイドルでしょ? アニメのラブライブの」
「うん。そうだよ。あたしはね、『かわいい』で負けたくない相手がいるのだよ。しかし私は見ての通りかわいくない」
「西園寺さん、目力美人だけどね。イケメンだし……」
「なので結論としてスクールアイドルとして活動し、『かわいい』で勝つことにしたのだ」
悠里にはよく分からない論理だが、澄香の中では理路整然としているらしい。一体誰に『かわいい』で勝つというのか興味はあるが、今はまだ聞くようなことではないと思う。
「なるほど。西園寺さんの話は分かった。でも、私がスクールアイドルをやるメリットはある?」
悠里は座ったまま、澄香を訝しげに見上げた。
「『夏休みにだけ会えるあの子』に、浜元の勇姿を、君の歌を届けたくはないか?」
「そ、そんなことまで掴んでるなんて!」
悠里はこれで4度も驚かされたことになる。
「どうだい? やる気になったか?」
「くう。外堀は埋められていたな」
悠里は観念し、澄香が差し出した手を取ったのだった。
スクールアイドル同好会の活動はハードだった。週を通して、月から土まであった。それくらいしなければ、いや、それをしてもスクールアイドルとして形を成すことは困難だった。
悠里が書いた詞に澄香が曲をつけ、悠里はその曲に合うようにまたフィットさせる。その詞に合わせて、この学校の理事長の孫、
歌詞のイメージから今度は衣装を作る。衣装のデザインはゴスロリ担当である
SNSでフォロワー4.5万人のマイクロインフルエンサーである金髪ギャル、
合間合間の休憩に、いわゆるロリ担当の
「暇になったのは私だけかー」
作詞担当の悠里は歌とダンスのレッスン以外は、他の子の手伝いをするだけになっていた。しかし、それだけでも手一杯なのが本当のところだ。アニメみたいにポコポコと作詞できればいいのだが、そんな余裕は無い。文学少女の悠里にダンスする筋肉なんてついているはずがないから、ストレッチから筋トレ、そして実際のダンスレッスンと、全くもって体育会系の同好会と化していた。
「最初からワタシは暇だー」
そう言うのはボーイッシュ担当の
「何言ってるの? 澄香ちゃんに入れ知恵したの、翠だって聞いてるよ」
「すまない。まさかこんなことになろうとは……」
翠は中学時代に文化祭のステージでアイドルのまねごとをして成功させたらしいのだ。それを考えると唯一のスクールアイドルの先輩ということになる(瑞紀はコス止まり)。言うならばアイドル指南がその役割だ。かなりのアイドルオタクと聞いている。しかもスクールアイドル同好会に集まった9人を眺めたあと、自分はキャラが立たないという理由で翌日にはバッサリと長かった髪を切ってきたくらいの気合いの入れようだ。スクールアイドル活動に対する熱量は澄香に勝るとも劣らないだろう。
「いやいや。自分で選んだことだしね。それは責任の所在がはっきりしているよ」
「それにしても頑張れる、ね……?」
「退路断たれてるからなあ。まさかこんなんになるとは考えてなかった。これじゃあ絶対に夏休みも潰さないと完成しないよね」
「本当に済まない」
「だからいいんだって。これじゃ本末転倒というか、見通しの甘さが際立ったというか、やるしかないというか……」
悠里はハアと大きなため息をついた。疲労がたまっている。これはどうにかしないとならない。このままでは踊れるようになる前に潰れてしまうだろう。
「あれ? それってもしかして、『夏休みにだけ会えるあの子』のことだったりして?」
「どんだけ情報漏洩してるんだ……」
「聞きたいなあ。その子の話」
翠は悠里の顔をのぞき込んだ。悠里はやや自分の頬が紅くなったのが分かる。ショートカットにした翠はものすごい美少年顔だ。
「まあ……話して減るものでもないし、お話ししましょう」
「いいね。とってもいい。なんか友だちになれた気がする」
「ええー! ひど! 翠のこと、友だちだと思ってたよ」
「じゃあ親友」
「親友の基準甘っ! まあそれでもいいけど」
「で、あの子の話を聞かせてよ」
「大した話じゃないよ。中学校のときさ、近所の予備校に通ってたんだ。私の素だと去年の今頃だと清心女子高なんてC判定だったからさ。凄く頑張ったんだよ」
「えらいえらい。それで、予備校にあの子がいた?」
「……そう。予備校にギターを担いでくるバカがいた」
「それは……何してんだろうね」
「そいつもあんまり成績よくないのに、休憩時間になるとどっかに消えて、ギリギリに帰ってくるのよ」
「で、気になって追いかけた?」
「そしたら予備校の屋上でギターの練習してた。弾き語り」
「どれどれ。面白そうな話をしてるじゃない? さては……」
天然の金髪でギャル枠、
「ご想像の通り。その頃もう、詞を書き始めてたからさ、気になって……いつの間にか休み時間も、予備校が終わったあとも、話したり、歌うようになってた」
「悠里ちゃんが歌がうまいのはそういうバックボーンがあったんだ?」
真凜がふふふふ~~んと面白そうに鼻で笑った。
「名前は、名前は?」
「
「かわいい名前だ~~」
翠のテンションが上がり、真凜はほよ、といった顔をした。
「いやあ、もう、予備校終わってから会う機会もなくなってさ、また夏になったら会えるかなと思っていたんだけど、この学校って夏期講習すさまじい上に、この同好会活動でしょ? 絶対に予備校に通うのなんて無理だなって……見通しの甘さに悠里さん、激落ち込みなわけさ。この学校に呼んで、かわいいところを見せたいとは思っていたんだけどさ、本末転倒!」
「悠里ちゃんは、超ぉ~~その子のこと好きなんだ?」
翠が真面目な顔をして言った。
「えええ? 私、そんなこと言ったっけ?」
「いや、それ以外、無いっしょ?」
真凜がむふふと笑った。
「だからさ、せめてスクールアイドルとしてネットに動画を上げて、私はこんなに高校生活を頑張ってるんだぞって、教えたいんだ。そのためには動画を完成させないと……」
「回りくどいな。メッセ入れちゃえばいいじゃん」
真凜は呆れたように言ったが、直後、顔色を変えた。
「まさか連絡先を交換していないってオチ? 3年間もあったんでしょ?!」
悠里も顔色を変えた。顔面すだれ状態のまる子も、ここまでではないだろうという落ち込み具合だ。
「……陽キャの真凜ちゃんには想像もつかないだろうけど、知らない男子に連絡先を自分から聞くのは陰キャの私にはハードルが高いんだよ……」
「わかる、わかるぞ、悠里ちゃん」
翠が共感してくれたが、翠が呼びたい彼は中学の時のクラスメイトだと聞いている。そんなん、連絡先を知らないはずがないじゃんと悠里は翠を見る。
「……大丈夫。動画を上げたら、きっと向こうからコンタクトがあるから」
真凜はニヤリと笑った。真凜はフォロワー数が5万近いマイクロインフルエンサーだ。その中にはこの近辺の人間も大勢いると聞いている。
「真凜ちゃん! 力を貸してください!」
「有無。苦しゅうない。期待して待ってろ!」
真凜はどんと胸を叩いた。彼女の胸は大きいのでぽにゃんとしてしまったが。
真子が悠里の方に目を向けた。また地獄の指導が始まる。しかしこれも彼と繋がるパスポートになるのだと思えば頑張れる。いや、悠里にはそれしか無い。名前しか知らない日色と繋がるため、今日もスクールアイドル活動を頑張るのだ。
そして数日後、まあ、このくらいが今の限界かと真子が判断したのだろう。女子大の講堂を借りて、カタチになった記念すべき第1曲目の動画収録が行われた。放送部と動画同好会に頭を下げ、土曜の午前中をまるまるかけて曲だけなら4分23秒の動画を撮影した。
初めてスクールアイドル同好会でカタチになったそれを9人は家庭科準備室に戻って未編集のまま、大きなタブレットを使って確認した。角度を変えて撮影しているから、計5本は撮っている。なので、いいところ取りでどうにかなるんじゃないかとみんな期待していたのだが、悠里の目から見てもダメだった。動画がダメなのでは無い。自分たちがダメなのだ。それではどの角度から撮ってもそれなりのものにしかならない。
「――毎回、他の子に手伝いを頼むのも苦しいしな……」
動画を見終えてから澄香がみんなに言い、即、真凜がレスした。
「うーん。でもさ、餌には使えると思うよ?」
「餌?!」
思わぬ単語が真凜の口から飛び出して、一同は声を上げた。
「まあ要するにだ。この動画を編集してあげて、ウチがSNSで紹介するとしよう。するとだ、この辺の高校生は結構な確率でこの動画を見てくれるわけだ。そうでなくてもお堅いお嬢様学校で知られる聖心女子でスクールアイドルなんてネタ、ローカルニュースになるだろ?」
真凜が言うとそうなると思えてくる。説得力がある。
「助っ人を頼むにしてもさ、ウチら自身が頑張っているんだって見せないと、手伝ってくれる人間も手伝ってくれないよ。だからその意味ではこの動画に十分な意味がある」
「おおお!」
今回センターを務め、おそらくそのままセンターであり続けるであろう
「賛成、賛成!」
翠は拳を固めて天にかざす。
「そっか……見て貰うの恥ずかしいけど……うん」
巨乳担当の悠里と同じ陰キャである
「飛丸くんにこのレベルの動画を見て貰うの辛いけど……泣きつく理由にはなるか」
振り付け担当のこの学校法人の理事長の孫娘、
「あたしは、見て貰いたいから大賛成です!!」
ロリ担当のゆるふわ女子、
「まあ、事前に見て貰って判断して貰うのも必要かも」
地雷系女子でゴスロリ担当の
悠里にして見れば、これをアップする以外の選択肢は無い。
「悠里……君はどう考える?」
澄香が自信なさげに聞いてきた。彼女にしては珍しい感じだ。
「退路は断った。あとは前に進むだけ!」
「それはあたしも同じだ。この9人は一蓮托生! クオリティーに自信はないが、それでも清心女子高スクールアイドル同好会初めての創作物だ。全力で世界に『かわいい』発信しよう!」
澄香は熱く語り、拳を前に差し出した。1人、また1人と拳を合わせ、ぐっと握って力を込める。
「清心女子高等学校スクールアイドル同好会! 頑張るぞ!」
「おおーっ!」
9人が心を一つにして、前に進む決意を示す。
そう。スクールアイドル同好会の本当の始動はこれからなのだ。
もちろんそんなにも勉強漬けの夏にしたいのではない。夏休みにだけ会えるあの子との再会を楽しみにしていたからだ。日色の家はさほど裕福ではないただの一般家庭だ。日常的に予備校に通うとすると、バカにならない金額になる。なので長い夏だけ夏期講習に通っていたのだが、そこで出会った少女と友だちになり、日色は予備校に通うのを楽しみにしていたのだ。
彼女がどこの学校に進学したのかは知っている。この近辺では有名なお嬢様学校、清心女子高だ。指折りの進学校であり、風紀が厳しいことでも知られている。なのに胸を強調した制服なのはどういうことだと突っ込みたくなる。
あの制服を着た
地味目な、文学少女っぽい彼女だが、日色の目からはとてもかわいく見えた。予備校で他に友だちを作るでもなく、休み時間になると屋上に上がって、日色が弾くギターに合わせて一緒に歌ったりもした。一緒に過ごした3回の夏。そのどれもが懐かしい。
「どーして僕は連絡先を聞かなかったんだろう」
スマホを眺めつつ、日色は本日何度目かの独り言を呟く。
陰キャの日色にしてみれば、他校の女子の連絡先を聞くなんてことは恥ずかしくてできなかった。その難易度は筆舌しがたかった。しかしその勇気を絞り出せなかったことを、今は激しく後悔している。清心女子高の前をうろついてみようかとまで考えたこともある。しかしそれではストーカーだ。不審者として通報されても不思議ではない。
なのでサーチに勤しむ日色であった。キーワードは清心女子高。何かイベントの法国でもあって、その中に悠里がいないか、探すのだ。
我ながらヘタレだと思う。
清心女子高の有名人、
どうやら今回、初めての動画が完成したらしい。日色は興味を持ってそのリンクをクリックし、動画を見て、唖然とした。
右端で懸命に踊っているメンバーの1人を認めたからだ。
――悠里だ!
文学少女の悠里がスクールアイドル活動を始めるなんて日色には想像もできなかった。しかしこれは朗報だ。やっと掴んだ彼女の消息だ。しかし、しかしだ。どうやって彼女とコンタクトをとればいいんだ……
日色は30分近く悩んだ挙げ句、結局、連絡先の一つをタップした。
『そろそろ連絡をくれる頃だと思っていたよ、下僕4号』
くっ……と日色はここは堪える。3年間、真凜にパシられた暗い記憶が彼女の声とともに蘇ってくる。辛い。
「な、なんでそう考えた?」
『もったいつけるつもりはない。悠里ちゃんと知り合いなんだって? 下僕4号の分際であんなにかわいい子と知り合いだなんて、これはおしおきが必要だね!』
中学時代の日色の女王様、湯島真凜は実に面白そうな声で答えた。
「知り合いで悪いか?」
『いやいや。感心したところだよ。隠れてやることはやっていたんだねえ。見直したよ。悠里ちゃんは夏期講習に行けないって教えてあげようと思って』
そうか。彼女も夏期講習には行けないのか。それを知って少し安心した日色だった。少なくとも彼女が自分がいなくて残念に思うことはないわけだ。少々自意識過剰だと思わなくもないが、そんな風に思って貰えたら嬉しいと考えていたことも事実だ。
「スクールアイドル活動のためか?」
『そうそう。ウチもやってるんだけどさ。動画、見た?』
「ああ。頑張ってるな」
『だけどあれが今の限界点なんだ。もっともっと限界を上に上げないとならない。それにはウチらだけの力では無理だと思うんだ』
「またパシる気満々だな!」
中3の夏休み、彼女のショートムービーを撮るのに散々こき使われたのだ。しかも猫を被ってお嬢様風にして、タチが悪い。
『下僕1号は喜んで来てくれるそうだぞ』
下僕1号とは日色の中学時代のクラスメイトでもある、
「……え? 来て、くれる?」
『そう。スクールアイドル同好会の映像担当として下僕1号を招集した。有能な下僕4号は来てくれるかな? 今なら鼻先にニンジンがぶら下がっている気分だろ? 「夏休みにだけ会えるあの子」に夏休みじゃないのに会えるんだからさ』
「僕が清心女子高に入れる?」
『そうそう。下僕4号は有能だからね。作詞作曲、ギターが弾けて、料理ができて、大道具も作れる。単なる雑用にするにはもったいない』
清心女子高に入れると言うことは悠里に会えるということでもある。
『招集に応じるかい』
完全に真凜には日色の弱みを握られていた。
「……応じる」
『最初から答えは決まっていただろうに』
全て見透かされている。それが真凜の怖いところだ。
『じゃあさ、悠里ちゃんを驚かせたいから、週末、清心女子まで来てくれないかな。せっかくだからウチらの練習光景も見て欲しいし』
「ああ」
『詳細は連絡入れる』
そして真凜との音声通話が終わった。
跳び上がりたいほど嬉しい気持ちと真凜にパシられること間違いなしの閉塞的な感情とが複雑に入り交じったが、数秒後には嬉しい気持ちが圧倒的に勝った。
今年も悠里に会える。
半ば諦めていただけにこのことは陰々滅々としていた日色にとって、このことは特効薬になったのだった。
あの男の子が早月ちゃんの思い人かあ。
そんな風に悠里はステージの上から観客席に入ってきた男子を眺める。キャップを被り、黒基調の服を身にまとい、ギターのソフトケースを背負っているところは日色に似ている。顔は、結構違う。早月ちゃんの思い人は、いい男だ。一方、日色はどちらかというとかわいいと言った方が適切だ。
悠里はステージ衣装なのでスカートに気を付けて、中身が見えないよう気を付けてしゃがみ込み、ため息をつく。
「日色くん、動画、見てくれたかな……」
真凜に意見を聞こうかと思って、ステージの上に彼女の姿を探したが、いつの間にか消えていた。彼女が呼んだ助っ人は先週来てくれて、今週は最初から動画を撮ってくれている。
早月がステージ脇の階段を駆け上り、ステージ脇で制服から
全員着替え終わったら通しでリハだ。新しい動画の撮影を兼ねている。日色からリアクションがあるまで、動画を撮り続けて欲しい。もしリアクションするなら、動画投稿サイトでもできるのだから。
早月が舞台袖からコスチュームに身をまとって出てきて、真凜がステージ前の階段を駆け上ってきて、全員が揃った。
リーダーの澄香が8Kビデオカメラをセットしている真凜が呼んだ助っ人、下僕1号こと、
音楽が始まり、全員がセットする。
そして4分23秒のスクールアイドル同好会の最初の1曲が始まった。
どうにかこうにか悠里は
「OK!」
羽山からOKが出てようやく、スクールアイドル同好会9名は脱力する。今日はもう何度も踊って歌っているので、もう力が入らない。完全にスタミナ切れだ。
悠里はその場にまたしゃがみ込み、嘆息してしまう。
「見ててくれたら、きっとがんばれるのにな……」
他の子たちの助っ人がそれぞれ仕事をしているのを目の当たりにすると悠里はどうにも寂しくなる。彼女がスクールアイドルを始めたのは日色とコンタクトをとりたいからなのだ。
「悠里ちゃん! すごくよかったよ」
「へ!?」
悠里は日色の声が聞こえた気がして面を上げた。
ステージ下のすぐそこに、やっぱり黒基調の服を着て、ギターのソフトケースを背負った日色がいた。早月の助っ人とそっくりな格好で、思わず2度目してしまった。
「ひ、日色くん! どうしてここに?!」
「下僕4号が僕のあだ名なんだ……」
日色は恥ずかしそうに頭を掻いた。
真凜は自分の助っ人のことを下僕1号と呼んでいた。さてはショートムービーを撮ったときのスタッフの1人が日色で、真凜は当然、悠里の「夏休みにしか会えないあの子」が彼だと言うことを分かった上で、秘密裏に話を進めたのだ。
「真凜ちゃん!?」
真凜と悠里のステージ上での並びは近い。真凜はすぐ側でこの面白すぎる邂逅を眺めて楽しんでいた。悠里は立ち上がって、真凜をぽかぽかと軽く叩く。
「ごめんごめん。でもさ、サプライズの方が嬉しいだろ」
「嬉しいけど、嬉しいけど~~!!」
「積もる話もあるだろ。しばらく休憩だから、一緒に休んだらどうかな?」
真凜はイタズラっぽく笑った。
舞台袖に休憩スペースを作ってあるので、着替えさえしていなければ、男子でも入ることができる。最後に着替えていた早月の名誉のために、先に制服を畳んであげてから、悠里は日色を案内する。
舞台袖には学校机を向かい合わせに置いて、椅子を4脚用意してある。机の上にはアイスティーが入っている保冷ポットとロリ枠のメンバー、
「日色くんが突然来てくれてびっくりしたよ。来るの知らなくてよかった。知っていたら踊れなかったかも」
「そうなの? びっくりしたのは僕も同じさ。まさか悠里ちゃんがスクールアイドルを始めるとはね」
「なりゆきかな」
悠里も椅子に腰掛け、焼き菓子を口にする。未梨亜の焼き菓子はプロ顔負けだ。しっとり、それでいて重くてバターがしっかり効いている。美味しい。
「僕は夏期講習には行けないことになっていたから、こんなカタチで君と会えて本当に嬉しいよ」
かわいい笑顔で日色に言われて、悠里は自分の頬が赤くなったのが分かった。
「私もそう。学校の夏期講習だけでも手一杯の上、何も考えないでスクールアイドル始めちゃったでしょ? だからスクールアイドル同好会に入ったのを少し後悔していたんだ。でも、その後悔もなくなった」
「え!?」
日色の反応で、思わず心の内を言葉にしていたことに気付き悠里は動揺していた。これでは日色に会いたかったと口にしたも同然ではないか。
「――そう。私も日色くんに会いたかったんだ」
「僕も……でも、清心女子高に入るためには、スクールアイドル同好会に参加しないと許可が出ないって聞いた。だから僕もスクールアイドル同好会を手伝いたい。この夏も、君に会える夏にしたいんだ」
ふふふ、と悠里は笑ってしまった。それは悠里が思っていたことでもあるからだ。
「君に会える夏にしたい――それは私もだよ」
「僕は割と器用なんだ.知っての通り、作詞も作曲もできるし、大工仕事も料理もできるんだ」
「そんな必死にならなくたって、私はいなくならないよ」
悠里は嬉しすぎてにやけが治まる気配がない。
「そうだ! それはそれとして、忘れちゃいけないことがある!」
日色はスマホを取り出して、QRコードを悠里に見せた。
「はい!」
「……うん」
悠里はスマホのカメラでそれを読み込み、日色がスマホがメッセージの着信を知らせた。これで2人は繋がった。
そして「夏休みにだけ会えるあの子」はいなくなった。
秋の文化祭に向けて、スクールアイドル同好会のステージを成功させるべく、熱く燃える夏が始まる。
その中には悠里と日色の2人もいるのだ。
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