お題「はい」主催者:きみどりさま
名門清心女子高に入学してまだ間もない4月。スクールアイドル同好会を作ろう、なんて戯れ言を校内でも有名な才女、
放課後の手芸部の活動場所、家庭科準備室でのことだ。家庭科準備室にはもう1人の新入部員、
作業机に向かい合って2人座っているところに、突然、澄香が現れ、仁王立ちして前触れもなく話し始めたのだから普通はびっくりする。
「あたしには才能があるブレーンと実際にかわいいを体現する人材が必要なんだ。
大仰な言葉遣いだが、それが通常運転であることは、清心女子高の1年生ならば誰でも知っていることだ。
「――いきなりここに来て、その上、面識もないのに……?」
彩愛は戸惑うことしかできない。
「スクールアイドル同好会って知ってる。アニメのあれでしょう――ラブライブ」
瑞紀はうざったい前髪で目を隠した、ちょっと会話には難あり女子だ。澄香の言葉に彼女が反応したのはおそらく彼女がラブライブを知っていたからだろう。澄香は瑞紀に答える。
「そうだ。アニメだ。おとぎ話だ。しかし、才能と努力さえあれば現実にできる。あたしは
誰かにか、それとも単に自分自身に証明したいのか分からないが、澄香には強い気持ちがあるようだ。
「斉藤瑞紀氏。君が中学の時、文化祭でコスプレをしていた情報は掴んでいる。それもなかなかなアイドルぶりだったらしいじゃないか」
瑞紀は顔色を変えた――かに彩愛には見えた。なにしろ前髪が長いのでよく表情を読み取れないのだ。現実にこんな女子がいるモノかと彩愛も呆れたものだ。
「そうだったんだ。へえ。斉藤さんがね……人は見かけによらないね」
「そういう柏崎彩愛氏。君も休日には変身して街に繰り出しているではないか。斉藤氏と大して変わらないぞ」
彩愛は言葉を失った。休日の彩愛はいわゆる地雷系女子だ。しかもその衣装はほとんど自分で作っている。アクセサリー作りにも挑戦しているところだ。
「柏崎氏、そのかわいいの力、私に貸してくれないか?」
「……よく調べてるね」
彩愛は座ったまま澄香を見上げた。この有数の進学校である清心女子高で新入生代表を務めただけのことはある。情報は戦略の基本だとでも澄香は言いたげだ。
「情報収集なしに勝利は掴めないよ」
彩愛の予想はだいたい合っていた。瑞紀が澄香に聞く。
「でも……衣装だけあってもアイドルにはなれませんよ」
「ああ。だからできる人間に声を掛けている。最初に籠絡したのは真子だ」
「真子って、
瑞紀が小さく驚きの声を上げた。本成寺真子はこの学校法人の理事長の孫娘だ。なのに明るくてきさくで人気があり、校内で知らぬ者がない女子である。
「本命から落とすとは、さすがは西園寺嬢」
彩愛は思わずニヤリと笑ってしまう。澄香は分かってるな、という不敵な笑みで答える。
「なるほど。やろうとしていることはだいたい見当が付く。しかしそれを私たちがやって、何のメリットがある?」
「彩愛ちゃん……私、やってみたい」
瑞紀は2つ返事でOKしてしまった。
「ええ~~ もうちょっと話を聞いてからにしようよ~~」
「だって……見て欲しい人がいるから」
今度は澄香がニヤリと笑った。
「恐ろしいほどの努力と時間が必要になるぞ。その覚悟はあるか?」
「覚悟があるかといわれたら、まだそんなのはないけど……頑張れそうな気がする」
瑞紀は大人しい顔をして意思は強いようだ。今まで彩愛が聞いたことのない強い気持ちを漂わせた言葉を口にしている。
「ふむ。でも私にはアイドルになりたいなんていう気持ちはない」
馬鹿げていると彩愛は思う。ただの女子高生がアイドルごっこをして何になるというのだろう。努力・友情・勝利――現代のスポ根ものがそこにあることは知っている。しかしそんなものに彩愛は用はない。
「まあ聞いて欲しい。あたしも自分たちでステージの全てをまかなえるとは思っていない。それなりに才能がある生徒を集めるが、それでもまだ足りないだろう。どうすればいいか真子に相談した」
「至極当然な流れだな」
アニメのラブライブは現実ではあり得ないほどの超絶能力の持ち主たちばかりだ。コスチュームを作って揃えるだけで放課後だけなら数ヶ月かかりそうなのに、次々とそれを替え、ダンスも歌も増えていく。時間に限りがある学生生徒には不可能だ。
「するとだな、真子は外部から助っ人を呼びたいと言い始めた」
「外部から助っ人、ですか?」
瑞紀が食いついた。ホント、チョロいな、この子はと彩愛は呆れる。
「ああ。幼なじみの男の子がダンスの振り付けの天才らしい。それを話半分に聞くとしても、人手が足りないのは事実だ。真子としては家庭の都合で女子高に入ったわけで、その分、部活で補給したいらしい」
「補給って何を?」
「男の子成分の補給」
澄香はそう言いつつ、頬を赤らめた。才女というが、どうやら男女関係についてはうぶらしい。男の子という言葉に瑞紀が食いつく。
「この清心女子に男子を呼ぶって事ですか?」
「そうなるな。斉藤氏にはメリットになるかな?」
瑞紀は澄香にそう言われて、ためらいながらも頷いた。
「柏崎氏にもメリットにならないかな。もちろん期限は文化祭まで。そこでステージを成功させなければ、同好会活動は解散と理事長から言われているらしい。やるからには本気。そしてクォリティも最高まであげなければならないということさ」
彩愛は考えた。考えたが、すぐには答えが出なかった。
「少し、考えたい」
「当然だな。しかしあたしはいい答えを聞きたいな」
澄香はそう言って微笑むと家庭科準備室をあとにした。
「彩愛ちゃん、やってみようよ。コスチューム作りってさ、手芸部の活動でもあるよ、いいじゃない? ね?」
澄香の姿が消えると瑞紀は彩愛の説得を始めた。
「――スクールアイドル活動がどうとか、言うつもりじゃないんだ」
彩愛はためらう理由を瑞紀の前で口にする勇気が無かった。
彩愛が澄香の誘いに乗って、スクールアイドル同好会に入ったのは数日後のことだ。彩愛はよくよく考えたが、澄香ほどの美人が自分をスクールアイドルにと声を変えてくれたこと自体が光栄だったし、自分の中でもアイドルが着るコスチュームをデザインしたいという気持ちがあった。驚くべきことに澄香は作曲を自らこなし、瑞紀がコスチュームを縫うというので、彩愛も張り切ってデザインした。アニメのラブライブを見て、それなりにそれっぽく仕上げたつもりだったが、実際に瑞紀と一緒に衣装を縫うのはとても大変な作業だった。なぜなら歌と踊りの練習もこなしつつ、作業を進めなければならなかったからだ。想像していた以上に、スクールアイドルになるのは大変なことだった。
それでも6月にはどうにか最初の1曲が仕上がり、女子大の講堂にあるステージでデモ映像を撮影することになった。彩愛も瑞紀もそれなりに頑張ったが、ダンスも歌も素人である。その上、彩愛と瑞紀はコスチュームを仕上げるために徹夜したことがあったくらいなので、デモ映像はあまりよい出来にはならなかった。他の子たちはすごく頑張っていたのに、と思うと彩愛はやりきれないものを感じた。
その翌週には、真子が念願の彼氏を呼び、ダンスの指導を始めた。その彼のお陰でかなりダンスはまともになったと自覚があったが、残念ながら、ステージをこなすだけの体力が瑞紀にも彩愛にもなかった。同好会最小の未梨亜などは1曲を終えた時点で、相当へたってしまっていたから、どう考えてもダンス指導だけでは、文化祭のステージで披露する予定の3曲を歌いきれないことは明らかだった。
同好会の他の子たちも、真子に倣って、助っ人の男子を呼び始めていたから、やはり、自分も考えなければならないところに来ているな、と決心した。音楽担当も衣装担当も、自分たちの負担を減らすためには必要だろう。演出屋だって、ステージを成功させるためには必要だし、カメラマンだっていないと始まらないに違いない。
しかしそれよりももっと根本的なところで清心女子高スクールアイドル同好会には足りないものがあることを9人が自覚していた。
「彩愛ちゃんさあ、トレーナーの心当たりがあるって言ってたよね」
いつもダンスを練習する屋上で、休憩タイムの間に
「うん。よく覚えてるね」
「他でもない。みんながどんな助っ人を呼びたいのか興味があるからね」
早月は照れて笑った。おそらく好きな人を思い浮かべているのだろう。
「そういう早月はどんな助っ人を呼ぶつもりなの?」
「私はね……私は……音楽活動を頑張っている人。もう中学の初めの頃からバンド活動をしていて、本気で音楽活動をしている人。ぜんぜん、私になんか興味なくって、でも、力になってくれて、何を考えているんだか全く分からないんだけど、どうしてか放っておけない人」
「それはそれは大好きなんだね」
そう彩愛が正面切って言うと早月は真っ赤になった。それはダンス練習で火照ったからではもちろんなかった。
「あ……いや……その……そうとも言うかな」
「真子ちゃんなんか堂々と彼氏を連れてきているんだから、そんなに気にすることでもないのでは?」
「肉丸くんね……真子はすごいよね。男の子の本質を見てる」
「
「いや、これ、同好会内の定番のボケでしょ」
「そりゃそうだ。そうね……男の子の本質、ね」
そういう意味では自分はあいつに負けていると思う。いつだって負けっぱなしだ。そして何度も頼りにした。だから今回も頼りにするのが、気が引ける。彼のスキルは、挫折故に身につけたものだ。安易に頼ってはいけない気がするし、ここでまたかれを頼りにするのはズルい気がする。
単に自分が彼に会いたいだけなのに。
早月が意を決したように言った。
「彩愛ちゃんさ、素直になろうよ、素直に。スマホ出して!」
「え、何故にスマホ?」
「2人同時にメッセージを送ろう。2人一緒なら、勇気が出ると思わない?」
早月はそう言いながらも思いっきり照れていた。彼女ほどの美少女でも、好きな相手には自信が無いらしい。
「な、な、ど、どんなメッセージを送るの?」
「スクールアイドル活動を始めたんだけど、手が足りないから手伝って欲しいっておいうSOSを送るの」
「わ、わたしもそれ、一緒にやります」
スクールアイドル同好会のマスコットキャラの未梨亜が聞き耳を立てていたのだろう。手を挙げて早月の下まで来た。
「みーちゃんもやるか……そこで私が逃げるのも、確かに何だな」
彩愛は覚悟した。たぶん、あいつはこの同好会存続の要の1つになる。派手ではないし、ステージにその成果が表だって現れることもないが、フィジカルトレーナーなしに、素人9人がアイドル活動ができるとは思えない。
彩愛もスマホを取り出し、メッセージ画面をにらみつけ、3人とも様子を窺う。言い出しっぺの早月が未梨亜と彩愛を見る。
「入力した?」
「うん」
「あ、送っちゃった! あっ! 言葉が足りない! 取り消し取り消し……」
未梨亜はかなりテンパっている様子だ。未梨亜のフライングがあったものの、3人は呼吸を合わせてメッセージを送る。
「せえの!」
そして3人は天を仰いだ。
どんな返事が彼から返ってくるのか、ドキドキする時間はまだまだ続くのだった。
まさか柏崎から今頃になって連絡が来るとはな、と
〔スクールアイドル同好会に入った。困っているんだ。力を貸して欲しい〕
彩愛からのSOSだった。中学時代、本当に困ったときにだって自分にSOSを出さなかった彩愛が助けを請うてきたのだ。これはただ事ではない。涼は大型書店から出て、道ばたの日陰で音声通話のアイコンをタッチする。
「おい、柏崎、一体何が起きたんだ?」
根は熱血スポーツ少年の涼である。思い立ったら止まらない。スマホの向こうの彩愛の声は、どう聞いても動揺したそれだった。
『いきなり音声通話かよ。びっくりするじゃないか』
「それはこっちの台詞だ。どうした? 何が困っているんだ? 俺が力を貸せるようなことなのか?」
矢継ぎ早に聞くが、スマホ越しに他の女の子の嬌声らしき声が聞こえた。なにやらスマホの向こうは盛り上がっているらしい。大したことはないな、と涼はホッとする。
『うん。南風はさ、メディカルトレーナーを目指して頑張ってるじゃん。まだもちろん頑張ってるよね』
「当たり前だ」
『アイドルのダンスが激しい運動だってことも分かってくれるよね』
「見たことはないが、お前が言うならそうなんだろう」
『私たち、ステージをこなすだけの体力がぜんぜん、無いんだ。練習の疲労すらもリカバリーできてない。だから、練習をこなすには涼の知識が必要なんだよ』
「わかった。どうすればいいか教えてくれ」
そう言うと、スマホの向こう側で「おおお!」と感嘆の声が上がったのがわかった。どうやら清心女子高では上手く友だちづきあいができているらしい。よかった。それが分かっただけでも音声通話にした甲斐があったというものだ。
『じゃあ、今度の土曜日、清心女子大の講堂ステージで練習できるから、見に来てよ』
「わかった。待ち合わせ時間はあとで教えろよな」
『同好会の中で調整してからメッセ送っておく』
「ああ。柏崎のアイドル姿、期待しているぞ」
『!』
スマホの向こう側から声にならない声が聞こえた気がした直後、通話は切られた。
柏崎が元気そうでよかった。というのが涼の正直な気持ちだ。
彩愛とは小学校は違ったが、地元のサッカークラブで一緒に練習していた仲だ。割と動けてボールコントロールも上手で、女の子の中ではピカイチだったから、女子サッカーに進むのかと思っていたが、サッカーは小学校で卒業してしまった。しかし中学校で同じクラスになったとき、驚きもしたが、喜ばしくも思った。何度も試合でコンビを組んだ。サッカーでなくても、親友と言っていい間柄だった。だから、女子の制服を身にまとった彩愛とも仲良くやれていた。最初は。
サッカーを辞めてもしばらくは男勝りの彩愛だったが、そのうち、色気づいたのか、おしゃれに注力し始めた。サッカーの才能もあったのに、ノートに鉛筆で描く服のデザインは、未来のファッションデザイナーを思わせるものがあった。才能があるというのは、罪だと思った。
一方、涼は中学に上がってからもサッカーを続けていたが、中学のサッカー部ではなく、地元のJ傘下のクラブチームに所属した。だから、中学のサッカー部の連中ともぶつかることがあり、体育の授業でサッカーをするときはコンタクトの激しさは露骨だった。それでももちろんジュニアユースに所属する涼の敵では無かったが、それもあって学校では浮く存在だった。だが、女の子にはもてていたし、なにより彩愛が味方になってくれたので、孤立せずに済んだ。
だからか、彩愛のことを涼が恋愛対象に思うようになるまで、さほど時間はかからなかった。
そんなある日、駅前で彩愛を見かけたことがあった。学校での彩愛はおかっぱ頭で目立つことのない、それでいてかわいらしい女子だったが(いや、かわいらしい女子になったが)、私服の彩愛はそれとは違って尖っていた。
いわゆる地雷系という奴で、ゴスロリという類いだということを涼はあとで知った。メイクもしっかりしている。別人のように見えた。
「よう、涼。こんなところで会うなんて」
「うわ、やっぱり柏崎か。驚いた。もしかしてそれ、自作?」
「そうだよ。どうして分かったの?」
「ノートに描いていたデザインの面影がある」
「えへへへ。見てくれてるねえ、涼くん! 彩愛ちゃんのこと、愛しちゃってるね!」
尖ったゴスロリに身を包んだ彩愛だが、彩愛は彩愛だった。
「あ、愛してるとかバカなこと言うな……」
「マジレスすんなよ。照れるだろ」
彩愛も涼同様、照れてしまっていた。
「でも、そんな格好をしているなんて全く知らなかったし、誰にも言ってないんだろ? 最初見たとき、全然分からなかったし」
「うん。できれば学校では波風立てたくないから」
そういう彩愛は、学校で異物として扱われたくないという雰囲気を露骨に出していた。現に異物である涼としては、分かるし、彩愛に自分のようになって欲しくもない。
「でも、涼は私がこんな格好をしていたなんて絶対言わないだろ?」
「もちろんだ」
だから声を掛けてきたのだと分かった。信頼されているんだなと思うと、涼は自然と自分が笑顔になるのが分かった。
「この格好、やっぱり変か? 格好じゃなくて私がかわいくないから、似合わないか?」
「デザインの善し悪しは俺には分からん。だけど柏崎がかわいくないなんてことは絶対にないぞ」
そう言っていて、また涼は照れてしまった。
そのときはそれで何事もなく終わったのだが、どうやらこの駅前でのやりとりを学校の誰かに見られていたらしく、学校で噂になってしまい、それが原因でかは分からないが、彩愛は不登校になってしまった。
涼も同じ頃、試合中の事故で大けがをしてしまい、学校に通えなくなってしまっていた。涼は肝心なときに学校にいなかった自分を責めた。
彩愛は好きなものを着ていただけなのに、それだけで彼女を排除する学校が許せなかった。その姿を自分にも重ねられたからというのもあるが、いなくなって初めて、彩愛を単なる恋愛対象の女の子としてではなく、唯一の女の子と思っていたことに気付いたことも大きい。涼は愕然とした。だから、松葉杖をつきながらでも、涼は彩愛の家に通った。
不登校でも別に問題なく卒業できる時代だ。涼はただ、彩愛に会いたいがために、学校の様子を伝えると称して、通った。
平行してリハビリにも通った。元通りにサッカーができるようにはならなかったが、その体験は涼が、自分と同じようにスポーツで怪我をして夢を断念する子が1人でも減るようにと決意するに足りるものだった。
涼は夢を彩愛に話し、彩愛は高校生活は目一杯楽しむんだと涼に話していた。
元々成績がよかった彩愛はこの辺りで有数の進学校でお嬢様学校の清心女子高に進学し、涼は普通の公立校に進学した。涼はメディカルトレーナーのスキルを独学で身につけつつ、かつて所属していたジュニアユースクラブにも顔を出して、後輩たちの面倒を見始めていた――そんな矢先だった。
彩愛が自分にSOSを出しても、今回はそんなに深刻そうでもない。単純にまた彩愛と話せることが嬉しい。そう考えながら涼は、彩愛が指定する週末の土曜日を待ったのだった。
名門、清心女子高等学校の校門前で待ち合わせ、涼は緊張していた。土曜日なので授業はないが、部活終わりなのか、出てくる女の子皆がかわいいのだ。このかわいい女の子たちに囲まれては、彩愛がかわいいと言ってもそれほど目立たないのではないか、なんて考えたのだが、息を切らして現れた彩愛を見て、脳内でその考えを撤回した涼だった。
「またその手のデザインか!」
「私だけね。他の子はそれぞれのイメージで作ったよ」
彩愛はゴスロリ風アイドルコスチュームを身にまとったまま、涼を迎えに来たのだった。
「頑張ってるんだな」
「涼くんも頑張ってるんでしょう? お互い様だよ」
「そうありたいね」
そんなことを話しながら、守衛さんの前を通り、校内に入る。男子禁制で知られる清心女子にこんなイージーに入れるものなのかと涼は感慨を覚える。清心女子高は創立100年以上で、建物は古いが、最近、リフォームが済んで、真新しい印象を与える。そしてこちらは新しい女子大の方の講堂に入り、涼は素直に驚いた。専門の音楽ホールもかくやという作りだ。金があるなあと涼は思う。
ステージの上では何人かのメンバーが振り付けの指導を受けていた。指導をしているのは胴長短足のへちゃむくれ肉まんのような男だ。他にも何人か男の姿が見える。おそらく同じように呼ばれた助っ人に違いない。
彩愛と涼の目の前を清心女子高の制服を身にまとったとびきり愛らしい清楚な子が走って行った。
「彩愛ちゃん! 首尾は?」
「上々!」
そんな彩愛と会話をかわし、清楚な子は舞台に上り、袖に消えていった。
「これからもう1回通すから」
通すというのはアイドルのステージとして1曲踊ると言うことだろう。
「うん。適当なところで見させて貰うよ」
「私、左から2番目だから、近くで見ててね」
彩愛ほどかわいくても9人いてその辺なのかと涼は驚く。ということはスクールアイドル同好会は半端なメンバーを集めていないように思われる。
涼は彩愛に言われたとおり、左寄りの前の方の席に座る。
緞帳が下がると他の男の子たちもそれぞれ座り、再び緞帳が上がるのを待っているようだった。
しばらくしてイントロが流れ始めると同時に緞帳が上がり始める。
ステージの上には9人の美少女が並び、振り付けを始めている。センターはさっき走って行った清楚美少女だ。涼は彩愛の姿を探す。上手側の2番目で、あのゴスロリコスでしっかりと体幹を維持し、手をのばしていた。
「うん……いいじゃないか」
事前に彩愛に教えて貰った動画サイトで見たデモ映像と比べると段違いによくなっているのが、素人目にも分かった。
長い4分23秒が終わり、数少ない観客は拍手を惜しまず、スクールアイドル9人は恭しく頭を下げた。
しかしその瞬間、彩愛は顔を引きつらせて、その場にしゃがみ込んだ。
「どうしたの彩愛ちゃん!」
隣にいた巨乳担当と思われる子がしゃがみ込んだ彩愛の顔をのぞき込んだ。
「脚が吊っちゃって……」
オーバーワークだと涼にはすぐに分かった。こんな短期間にダンスが上手になったのだ。練習を確実に積み重ねた結果だろうが、その疲労を素人の彼女たちが適切に処理できるとはとても思えない。
なるほど、彩愛がSOSを出すわけだと涼は納得し、即座に席を立ち、ステージに飛び乗って彩愛のもとに行く。
「どこが痛い?」
「ふくらはぎ」
「靴、脱がせるぞ」
涼は彩愛の高いヒールの靴を脱がせ、足の指を掴んで、ゆっくりと彩愛の身体の方へ足首ごと押す。
「痛くないか?」
「少し、楽になった」
その言葉にステージ上の8人は安堵の声を漏らした。
しばらくそのままの態勢を維持したあと、涼はふくらはぎの筋肉を黒タイツ越しに下から上へやさしくマッサージする。
「楽になった……」
「よかった。疲れがたまってるんだ。たぶん、これは全員そうなんじゃないか? きちんとアフターケアしてるのか? 運動と同じくらいの時間のストレッチやケアをしないと、毎日練習なんてできないんだよ。練習と同等以上の価値が、アフターケアにはあるんだ」
涼は力説してしまう。今にして思えば、自分が故障したのだって、アフターケアが足りなかったからかもしれないとまで思うのだ。
「――すまない。私たちが無知で」
目力が強い、おそらくリーダーであろうイケメン女の子が彩愛と涼のもとに来た。
「謝ることはないよ。だって、それを改善しようとして柏崎は俺を呼んだんだから」
「涼くん……手伝ってくれるの?」
「俺だって素人だぞ」
「でも私たちなんかより全然詳しいよ。頼りになるよ。今度も頼りにするよ……」
彩愛は泣き出しそうだった。どうしてそうなるのか涼には分からない。しかし彩愛を泣かすことは、涼の本意ではない。
「柏崎……あのな、1回ステージを見ただけでも分かったけど、お前がやろうとしていること、サッカーでインターハイを目指すのと大して変わらないくらい大変だぞ」
「分かってる」
「高校1年生の夏を懸けるのに、十分すぎる、いや、足りないくらいの熱量が必要だと思うぞ」
「分かってる」
彩愛を他の8人が見守る。
「俺も頑張る。精いっぱいサポートする。だから、身体の面は任せろ。その代わり俺の指示はきちんと聞けよな」
「……はい」
「らしくないぞ。もっと元気よく言ってくれよ」
「はい! うん! 了解! 分かった! みんなも、できるよね?」
彩愛は他の8人を見上げ、8人はそれぞれ頷いていく。
清心女子高スクールアイドル同好会の夏は始まったばかりだ。この夏を乗り越え、文化祭のステージまであと4ヶ月。
皆の試練の夏が始まろうとしていた。
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