第55回「2000文字以内でお題に挑戦!」企画
「夕方五時のリズム」
宗樹は教室の時計をちらちらと見ていた。
もうすぐ5時になる。宗樹は今日も落ち着かず、開け放たれた扉から廊下の様子を窺う。目で見なくても、隣の音楽室を使っている合唱部がまだ練習していることは耳で分かる。だから時計を見るまでもないのだが、それでも宗樹は時計を見てしまう。
合唱部の練習が終わったあとのその一瞬が、宗樹の心のオアシスだからだ。
宗樹が所属しているギター部はだらだらと6時くらいまで残って各自練習しているが、強豪の合唱部はメリハリが効いたハードな練習をしている。顧問の方針もあって5時ぴったりに終わる。
宗樹の心臓は長針が12を指したときに、一段と高鳴る。
ギターの弦をおさえる左の指も、ピックを持つ右の手も思うように動かなくなる。タブ譜を見ているのに、全く頭に入らない。
ふう、と息を吐き、心拍を落ち着けようとする。それでも心臓はドクドクと高鳴り、頭がぼーっとしてくるのが分かる。
隣の音楽室で解散の挨拶が終わったのが聞こえてきた。
宗樹は目を閉じたあと、ギターストラップを肩からおろして帰り支度をする。
「じゃあ、お先」
「お前、帰るの早いなあ」
ギター部の友人が呆れる。
「やることいっぱいあるからな」
そしてギターをソフトケースに入れて背負い、帰り支度を終えるとちょうど、彼女が友達たちと廊下を歩いて行くのが見えた。
心臓が止まる思いがした。
学年1つ下の新入生の女の子が、宗樹のドストライクだったことに気づいたのは、新入生のテスト入部の時期すぐだった。
彼女とすれ違ったそのとき、稲妻が脳天に直撃したのが分かった。
まさに一目惚れだった。
1年生の教室は別棟にあるので、宗樹が普段、彼女を見かける機会はない。遭遇できるのはこの音楽室に彼女が来るときとこの帰りのタイミングだけなのだ。
宗樹は犯罪だよなあと思いつつ、ドキドキしながら、友達たちと一緒に昇降口に向かう彼女の後を歩く。
ただ、目を向けることすらできない。緊張しているだけでなく、バレたくないからだ。
そして昇降口まで来ると、下駄箱が置いてある場所が違うので、彼女と離れてしまう。今日は宗樹の方が先に玄関を出た。彼女は友達たちと話をしているのだろう。いつもより出るのがゆっくりだ。
今日はもう彼女を見られないのか――と残念に思いながら宗樹は校門まで歩く。
しかし彼は気がついていない。
彼の歩調に合わせるように、距離を保ち、重なる足音に。
それが彼と彼女の夕方5時のリズム。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます