「Under the Storm」

 大型で強い台風が直撃コースをとると分かった夕方のことである。


 光輝の隣の家に住む幼なじみ、水希が荷物を抱えて光輝の家に避難してきた。というのも水希の両親は揃って市役所の職員で、避難所開設に出勤することになり、家に水希1人になってしまうため、心配した彼女の両親が我が家に愛娘を託したのだった。


「おう。久しぶりだな」


「うん。光輝ちゃんも相変わらず」


 水希と光輝は中学まではずっとクラスも一緒だったが、水希が私立高に行ってしまったので、腐れ縁も解消されたばかりだった。


 キッチンのテーブルに水希は慣れた様子で椅子に座り、光輝の母は相好を崩す。


「久しぶりねえ。水希ちゃんがその椅子に座るの」


 光輝は思い出す。そういえばこの春まで、けっこうこの空いた席に水希が座っていたことを。水希の家も光輝の家も1人っ子なので、4人掛けのテーブルに1席空きができる。その両家の空きの席はそれぞれお隣の子が収まっていた。それも過去の話になっていた。


「まあ、昔みたいにさ。くつろいでけよ」


「台風の夜にくつろげって言われてもな」


「言葉の綾だよ!」


 光輝は水希のツッコミにイラッとする。こんなやりとりも久しぶりだ。


「おばさん、夕ご飯の準備がまだだったら、私が何か作りますよ」


「え、本当? 頼むわ!」


「母さん、隣のお子さんを預かった側としては、即答しないでちょっとはためらったらどうよ」


「何言ってるんだか。水希ちゃんの手料理を食べたいのは光輝でしょ?」


 光輝は黙りこくり、水希は勝ち誇った笑みを浮かべる。


「さーて、何作るかな~~」


 そして水希は勝手知ったる他人の家とばかりに冷蔵庫の中を漁り始める。ふんふんと鼻歌を歌い始めるくらいテンションが上がっている。


「お前、ずいぶん上機嫌だな」


「そんなことないよ。美味しいもの作って、光輝ちゃんをぎゃふんと言わせたいだけ」


「ぎゃふんとか死語だし」


「それでも言わせる」


 そして水希は冷蔵庫から鶏モモ肉を取り出し、下ごしらえを始めた。


 1時間ほどでできたのは鶏モモ肉のトマト煮で、早めに帰宅した光輝の父も加わった夕食の席で、光輝は水希の料理にぎゃふんと言わされた。


「お前、簡単な料理とは言え、ずいぶん上手になったじゃ無いか」


 洗い物までしている中、水希は光輝に応える。


「料理、楽しいしね。どう? 濃くできてたでしょ?」


「うん。どうやったんだか」


「手をね、抜かないのがコツよ」


 水希の自信が日々の修練から来ることは間違いなさそうだ。


「水希ちゃん、光輝のお嫁さんにいつ来てくれるのかしら?」


 光輝は食後のお茶を文字通り吹き出しそうになった。


「そんな、小学校低学年の時の話!」


「あらん。小学校低学年の時の約束だって、当人の気持ちが1番大切なのよ」


 光輝の母はまたまたにやけて息子をからかった。


「光輝ちゃん、そんなん覚えててくれたんだ」


 お皿を拭き終えて水希が振り返って、可笑しそうに光輝の顔をのぞき込んだ。


「た、たまたまだ、たまたま」


「素直じゃ無いなあ。私は1日だって忘れたこと無いのに」


「その割にはこの半年、ご無沙汰だったじゃ無いか」


「それは光輝ちゃんもでしょ?!」


 水希の言葉には怒気が混ざっていた。


「どうせ共学校なんだから、別の中学から来た女の子に鼻の下を伸ばしていたに違いないんだから!」


「光輝、正座」


「どうしてそう決めつける!? 俺がモテる訳ないじゃん!」


「光輝はね、水希ちゃんにだけモテていればいいのよ」


「母さん!」


 光輝は立ち上がろうとしたが、水希の眼光に射すくめられて躊躇した。


「正座」


「はい」


 光輝はリビングに正座し、水希も正面に正座した。


「心当たりはありませんね」


「ありません」


「本当ですね」


「本当だよ」


「女の子と一緒に帰ったりしていませんね」


「してません」


「じゃあよろしい。足崩して良し」


 光輝はブツブツ言いながらあぐらになって、TVのリモコンを操作する。


 TVの番組は日本各地の大型台風の被害を知らせていた。西日本では堤防が決壊して、洪水になっている地域もあるようだった。また、大型トラックが横転している映像も流されていた。


「本気ですごい台風みたいだな」


「風も強くなってきたね」


 外から聞こえてくる風の音も間違いなく大きなものになりつつあった。


「早く寝ちゃった方がいいね。お風呂、先に貰うね」


「あ、ああ」 


 水希は荷物を手に洗面所に向かった。光輝の母が言った。


「覗いちゃダメよ」


「覗くか! 犯罪だ!」


「幾ら昔、一緒にお風呂に入ったとは言ってもね」


「だから!」


 洗面所から小さく水希の声が聞こえてきた。


「光輝ちゃん~~ 久しぶりに一緒に入る~~?」


「だー!!」


 光輝は水希の笑えない冗談に、階段を駆け上がって2階の自分の部屋に閉じこもった。


 水希が出てから光輝も風呂に入る。光輝が出てもまだ水希は頭にバスタオルを巻いていた。


「光輝ちゃん、髪、乾かしてくれる?」


「自分で乾かせよ」


「久しぶりに光輝ちゃんに乾かして貰いたいの」


 無精不精、光輝はドライヤーを手に、水希の長い髪にドライヤーをかける。ドライヤーを掛けていると女の子のとてもいい匂いがして、光輝は緊張する。


「ほれ、終わったぞ」


「うん。ありがとう」


 水希は上機嫌になっていた。


 さて、いよいよ寝るだけとなった。


 水希はリビングに布団を敷き、眠って貰うことになった。なのでみんな早く眠りについた。外の風は強さを増し、轟音となり、時折、家全体を揺らすほどだった。


 光輝は布団に入っても眠れず、時折、スマホをみて台風の進路を確認した。もうこの地域は暴風域に入っていた。風速25メートル以上だから相当なものだ。被害も大きいだろう。風の音が恐ろしいほどだ。


 何度目かの進路確認をした頃、光輝の部屋の引き戸が開いた。


「光輝ちゃん、起きてる?」


「ああ。眠れないのか?」


 光輝は半身を起こし、入り口に水希の姿を認めた。水希はまくらを手に、パタンと引き戸を閉めた。


「怖くて、眠れないの」


「そうか。慣れないところだしな。少し話でもするか」


「ううん」


 水希は首を横に振り、光輝の布団の中に潜り込んできた。


「一緒に寝よ」


 ぐぐぐぐぐぐ。


 光輝の血圧はおそらく200を超えただろう。もちろん心拍数も同じくらい高まったはずだ。


 水希は平気な顔で枕を置いて、瞼を閉じた。



「昔はよく寝たじゃない」


「昔はな!」


「じゃ、いいじゃない。お休み」


 諦めて光輝も布団の中に戻るが、すると水希が寝返りを打ち、おっぱいを押しつけてきた。明らかにノーブラだった。あり得ない柔らかさに光輝は死にそうになる。


 こんなんで、手を出さずにいるなんて、眠るどころか死んでしまうわ!


 光輝は決して眠れない嵐の夜を嵐のような水希と同衾して過ごすのだった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る