恋愛、ラブコメ、2000字以内、一話完結、一人一作大募集

『仕事ができる男』


 私が松木が使える奴だと知ったのは、文化祭の準備の時だ。実行委員はコスプレ喫茶をすると決めただけで何もせず2週間を切って、仕方なく委員長の私が準備を仕切り始めた。しかしスタートが遅かったので、どこから手をつければいいのか分からないほどだった。クラスで手伝いを募り、手を挙げたのが彼だった。


 松木はメガネの目立たない男で、今まで私は彼のことを全く気に掛けていなかったのだが、仕事は見事だった。課題をタスク化、細分化し、必要な想定時間まで記す徹底ぶりだった。


「松木くんはできる男だったんだ?」


「人に振るのは委員長が得意でしょ?」


「さもあらん」


 私は文化祭実行委員を捕まえ、1番力が要る仕事に割り振り、他のクラスメイトにはそれなりに分割した仕事を渡した。


 コスプレ喫茶はそここそ成功した。


 文化祭が終わってからも、彼は私が困っているときに手を差し伸べてくれた。たとえば担任にホチキス止めの仕事を押しつけられた時、放課後の教室に自動ホチキス機を手にふらりと現れ、お陰で時間が大幅に短縮した。


 少し話をする間柄になった頃、美術で素描の宿題が出た。私は美術系は壊滅的にダメで、提出できずに美術室に居残りさせられてしまった。恥だが、これも自分だ。そんな時にも松木は私の前にやってきた。


「――笑ってるでしょ」


「苦手なものもあるんだね」


「そうだ、ちょっと下書きしてよ」


 いつものように軽く彼にお願いをしたが、彼は首を横に振った。


「ダメだよ。委員長がやらないと」


「そこを、お願い」


 私がお願いすると松木はなんでもしてくれるとその頃の私は考えていた。


「いいけど、これは委員長が本来やるべきことだから交換条件をつけるよ」


「何?」


「僕のお願いを聞いてくれる?」


「エッチなのはダメだからね」


「エロマンガじゃ無いんだから」


 そういうと私から3Bの鉛筆をとりあげ、あとは主線を自分で描くだけレベルまで描いてしまった。うーむ。すごい。私は主線を加え、彼の顔を見た。


「仕方ない。お願いって何?」


「握手して欲しい」


「それだけ?」


 松木は頷いた。私はおずおずと右手を差し出すと彼は手を握ってきた。


 大きくて温かい手だった。ちょっと、電気が走った気がした。異性の手を握るなんて運動会の練習の時くらいだからだろう。

「ありがとう」


「もういいの?」


 松木は頷いた。


 それ以来、私はある意味松木を信用して、何かとものを頼むようになった。ノートを見せろだの、参考書を貸せだの、その程度だ。だからか、彼のお願いがエスカレートすることもなかった。髪を梳かさせてくれ、とか、肩を揉ませて、とか、たぶん、彼がそのときに気になったことを、お願いというカタチで世話を焼いているのだった。肩をマッサージして貰った時は頭痛がするほど凝っていたから、本当に助かった。彼は自分をよく見ているんだな、と気がついた。


 自分も彼に何をお願いしようかいつも探しているな――と自覚もした。


 そんな頃、修学旅行が近づき、私はクラス内での計画を練るよう担任に言われ、教室に資料を持ち込んで居残りをしていた。淡い期待を抱きながら計画書を書いているとちゃんと彼は来てくれた。そして計画のブラッシュアップに付き合ってくれた。的確に抜けを指摘されるのは癪だったが。


 いつの間にか外は雨になっていた。


 それにもう暗い。


「今日はもう帰ろうか」


 松木は頷き、一緒に昇降口に行き、玄関を出た。私は鞄から折りたたみ傘を取り出したが、彼はウインドブレーカーを着始めた。


「傘ないの?」


「僕はウインドブレーカー派」


「イギリス人かっての。ほれ、一緒に駅まで行くぞ」


 相合い傘になるが、相手に濡れられるよりずっといい。それに松木相手なら、相合い傘も悪くない。


「それ、お願い?」


「そう」


「わかった」


 松木は私の折りたたみ傘を奪い、開き、雨の中に踏み出した。そして私を振り返った。


「来ないの?」


 私は首を横に振って彼が持つ傘の下に行き、寄り添うようにして歩き出した。


 会話は無かった。


 彼の肩が自分に触れるのが、心地よかった。


「お願いされたから、僕もお願いしていいかな」


「うん――いいけど」


 唐突だと思った。こんなこともお願いだとカウントするのかと思いはしたが、それは気にならなかった。


「じゃあ、手、つなぎたい」


 相合い傘をしながら、手をつなぐなんて――恋人同士みたいじゃないか。


 それでもお願いを繰り返されて、物理的距離がゼロでも抵抗がなくなっていたので、私は傘を持たない彼の手の方に自分の手をのばした。


 彼は優しく私の手を取り、指を絡めた。


 恋人つなぎ。


 私はその手を振りほどくことなく、駅までの道を歩く。


 こうなればいいなと、私はきっと思っていたのだ。


 ずいぶんゆっくりと時間を掛けて陥落させられたものだ。


 しかし私は決めていた。


 こんな回りくどい彼の方から、好きだ、と言わせよう、と。

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