第43話 新しい世界と巻き込まれる人々と
なんでお姉ちゃんは朝早くから起きるの? と言われて私、月島柊は答えに詰まったのを思い出しました。
我が家で姉妹分のお弁当作りに邁進している最中に、ふと粉末が喉元に詰まったかのような感覚を覚えるのは、不始末が気になりがちだからでしょうか?
人間、失敗をしない存在などあり得ず。かくいう私も成功よりも失敗の方が数多く、たまに思い出しては後悔で身をよじりそうにもなります。
ただ、最近の失敗はと言えば――やはり二人からの告白を先延ばしにしてしまったことでしょうか。
卵焼きをひっくり返しつつ厚焼きの形にしながら過去を思い出すのは、目の前にある現実に集中ができてない証拠でもあります。
例えるならば翌日になにがしかの用事があって早寝をせねばならないのに、水道の蛇口をきちんと閉めたか否かレベルの事柄が気になって眠りにつけない……。
万一お弁当のおかずに焦げ目でも付いていれば自分で食べるだけならともかく、一つ年下の妹ちゃんまで美味しくないものを口に含んでしまいます。
できたてが美味しいのは重々承知ではありますが、予算の都合上お弁当が最善の策なのです――私は誰に許しを乞うているのでしょうか?
頭の中にいる人材に許しを得るにしても天使と悪魔双方が私に由来する人物(?)であるのは間違いないでしょうし、よしんばどちらもがゴーサインを出したとしても自己完結の極みです。
「お姉ちゃんおはよう……ってどうしたの!?」
「不出来な姉をお許しください……」
「上出来なお弁当の前でまさかの悔恨の表情!?」
しょげた気分になりましたが本日もまた麗しく、過去もまた同様に、そして未来永劫美しくあらたかである結ちゃんを見れば元気百倍アンパンマンです――や、それだとお友達が少なくなりそうですね?
ともあれ、ひとりぽっちで凹んでいるならともかく人前でネガネガとしていても自分しか得しません。
ふぅ、とため息にならないように小さく息を漏らしながら、愛嬌のある笑みを意識して微笑みかける。
「おはようございます。今日もお早いですね、もう少しお休みになっても良いんですよ?」
「いやー、なんというか……気になったと言いますか」
そう言うと中空に目をやりながら、いささか視線をさまよわせたのち。
「昨日、二人から告白をされたんだって?」
「げほっ!?」
目下の懸念はお弁当を美味しく作り上げることですが、私の目の前に立ち塞がる課題は結ちゃんの仰った先日のイベント――
とってもプリティで男女問わずモテモテな結ちゃんなら話は……あ、妹ちゃんは今は置いておきましょう。
ついつい結ちゃんのことに関しては、水、空気、結ちゃんの自慢くらいになってしまいますね?
私には幸運にもどこにお出ししても大歓迎されそうな幼なじみがいます――まず美人、モデルさんのようにシュッとした体躯、運動神経は抜群で多数の部活からスカウト経験あり。
それだけでなく道を歩けば芸能プロダクションからもスカウトをされそうなお顔……あ、もちろん内面も素晴らしいんですよ? 心優しく、成績も優秀、非の打ち所がない人格――強いて言うなら幼なじみが私ってくらいですかね? あんまり自虐すると怒られるので心の中に留めますが。
アイドルデビューをするならばサイリウムとお手製の団扇を持って追っかけをせねばなりませんが……ともあれ、超絶素敵仕様であられる幼なじみの初ちゃんに好きな人ができたと言われたのです。
事前準備もせずに目の前で好きですと言えば良いのでは? と私は提案しました。
告白される相手からすれば鴨が葱を背負ってくるどころの騒ぎではありません。
おなかが空いた瞬間鴨鍋が目の前で完成してたくらいの都合の良さです――ただ、初ちゃんが成功するか不安と仰り、協力してほしいと言うので不肖月島柊……全身全霊で協力を致しました。
ただ、誰かに告白されるよりも告発されるのが先かなって人間が告白されるために必要なことを模索したところで焼け石に水。
こっそり恋愛アドバイザーに相談をしたのです――その方のお名前は星崎悠ちゃん。
中学からの付き合いなので過ごした日数は初ちゃんに劣りますが、仲良し具合は同等。
彼女もまた私なんぞを慕ってくいまして……あれこれこういうことでと説明すると「私に任せろ」と言ってくれたのです。
悠ちゃんは自らを恋愛の達人とのたまったとおり、提案する事柄は目からうろこ……や、まあその手の知識が高校生になっても疎い自分にも問題はありましょうがいずれの内容もまた初ちゃんから好評価――
悠ちゃんに「予行の予行」と遠足の準備のための準備みたいなことを言われても「初ちゃんのためですし」とデートの練習を重ね。
私としても「この時間が続いたら楽しいなあ」と本末転倒なことを考えるくらい和やかな日々が続いて。
「結ちゃん……私はいったいどこで間違えてしまったのでしょう? ただ一生懸命に突き進んだばかりに二人から告白されて、答えも出せずに帰ってしまい……できれば学校をお休みしたいです!」
「だいじょうぶだいじょうぶ」
結ちゃんはそのように言いますが、あ、いえ、妹ちゃんの仰ることにケチを付けるつもりなど毛頭ありません。そんなことをするくらいなら火口に飛び込んだ方がマシです。
二人が関係の変化を望んだのならば、せめて現状維持かどちらかを選ぶのが礼儀というもの……私が選んだのは逃避です。
ただただ時間は通り過ぎ、風邪のフリとか誰かに責任転嫁もできずにやらなければいけないことをし、いざ二人と対面するとなれば慌て始める――人として恥ずかしくないのですか月島柊! 腹をくくることもできずに、心臓は声高に叫びだし、かと言って暴れられるかと言えばそんなこともなく!
「お姉ちゃんがどんな答えを出すにしても、二人は待ってくれると思うし。個人的にオススメなのは両者とのお付き合いかな」
「倫理観はいずこへ飛んで行きました!?」
答えを出さなかっただけでも不誠実なのに「んー、どっちも選べないから二人」とか言い出したらナイフで内臓を引き摺り出されちゃいますよ!?
結ちゃんが姉の臓物で大物を釣り上げたいと虎視眈々と狙っていたならば肝臓の一つや二つ売りに出したいですが……そんな状態になれば桜田門の方々が黙ってはいないでしょう。
殺された相手がどうしようもない人間だったとしても人を手にかけることは立派な犯罪。見捨てては国が成り行きません。
「でも、二人はお姉ちゃんが好き。お姉ちゃんは二人を同じくらい好き――じゃあ、二人と付き合うって言うのが一番じゃない?」
結ちゃんが人差し指を立てつつ、私が用意した朝食をとりながら提案すると、お茶を一口飲んだ私は気が重くなりました。
優劣なんて今は付けようがありません。二人は大切な友人……デートはとても楽しく、この時間がいつまでも続けばいいのにとも考えました。
相手の気持ちを利用するような、自分だけが得をするような答えには心も惹かれます――大切にできないわけがありません。でも、身体は一つです。
どうしたってどちらかを優先しなければならない瞬間が来る。
「お姉ちゃんなら大丈夫だよ、絶対二人とも大切にできるって。私が保証するし……私の保証じゃ不安かな?」
「ふ、不安など……これは私の気持ちですし」
「大丈夫! やってみてダメなら私も謝るから!」
「……うう」
ここまで大丈夫だと連呼されると、姉として不安がってもいられない。
ご飯を食べて朝の準備を整えた私は、先日の非礼を詫びつつメッセージアプリにて「お二方ともにお付き合いするのではダメでしょうか?」と初ちゃんと悠ちゃんに送った。
どんな罵詈雑言でも受ける覚悟でしたが、彼女たちからはほぼ同時に「オーケー」の返事が届きました――なんかもう、一日が終わったような疲労感を覚えましたが、私は今から学校です。
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