第41話 バレー部コスプレ回 さて、誰が倒れたでしょう?

「見事な睡眠でしたね」


 昼食の折、皆々様が揃うところで蓮ちゃんがそう切り出したので、耳に届いた面々は一斉に気まずそうな顔をして発言者を視線で咎めました。

 私は自分の悪口絶対に許さないガールではないので、お酢の入った水を口に含んだみたいな気だるさを口内に覚えながら


「はい。春の陽気に浮かされて……みんなも気をつけてくだされば幸いです」


 モニョモニョとした感じは未だに残っていますが、背中の疲労感は少々改善いたしました。

 ただ、難しい表情を浮かべたままの悠ちゃんが端でお惣菜を取ろうとしたのをいったん取りやめて、


「本当に疲れか? 一回、お医者さんに罹ったほうが良いんじゃないべか?」


 将棋の棋士の方が鋭い一手を決めるように、出来れば言われたくない部分を指し示します。

取りなすようにしながら投了の意思を示せば、悠ちゃんはこれ以上踏み込んでこないはずです。


  自分としましても不慣れな場所を歩き回ったり、海で一日中遊んだり、プールの授業のあとみたいな倦怠感を覚えることは久しからず。

 やりたくないことを先延ばしにして、いざやらなければとの心持ちを抱えるのは……当然その状況に陥ってから。

 現状、一歩踏み出すのを恐れているかのような些細ややる気のなさに襲われているのは……ちょっと早い5月病と呼ばれるものであるのか、身体の不調に由来するものであるのか。


 不調は私の中でうごめいているので、大げさだと笑い飛ばすこともできません。

 気持ちの面でシャキッと背筋を伸ばせば治るものなのか、どうにも答えが出ない。


「私の記憶にある限り、何の原因もなく授業中に寝落ちしたことはないわね」


 サラッと初ちゃんが発言を投下しますが、置きバズーカのようにどっちを選んでも死って反応をしないよう配慮をします。

 ありますと大見得を切るのは論外、不真面目アピールをしたところで誰も利益はありません。


 とはいえ、私の記憶の中に授業中に思い切り寝てしまったものがない――嘘呼ばわりをするのも筋違い、自身よりも周囲の印象に残る事柄など枚挙にいとまないですし、基本的に私は私のこと興味ないので覚えていることはそんなないです。


(自分でしたことより誰かにされたことの方が覚えている一般的な価値観と考えていいですよね……?)


「なるほど、たまにゃオメーの変態的な記憶力も役に立つじゃないべか。べんきょでも役に立つといいんだがすな」


 初ちゃんも劣等生の烙印を押されるレベルではなく、私と比べたら普通に上位です――あ、お前と比べるなと言う話ですか……?


「うるさいわね、役に立ったのだから素直に受け入れなさいな」

「かーだらすじー」


 何を言ったのかまったく分からないくらい早口でしたが、それもそうだな、みたいなことを言ったと思われます。

 顔の前にヤブ蚊が横切ったみたいな顔をする初ちゃんは空気を戻すように


「一度目は熱があるというのに無理をして体育のあとの授業で机に突っ伏したわ」


 この中で高校以前からの付き合いがあるのは初ちゃんだけですが、さすがの私もそこまでのイベントがあれば言われて思い返しそうなものです。


(記憶にないですね……中学時代の記憶は結構あるんですが)


 それも一度目ということは複数回突っ伏しているというコトです。


「中学時代に」

「え?」


 言葉を言い切る前に反応をしてしまいました。誰かが喋っているときに口を開くのはマナー違反、教科書に載っていても良いレベルの常識です。


「……私は中学が一年900日あるんじゃないかって言うくらい、明確に思い返せることがたくさんありますよ? 初ちゃんが中学一年生の時に100メートル走で出したタイムまで覚えてます」


 あまりドヤ顔して言うもんでもないですし、なんなら一年に4回くらいやったんじゃないかって食らう運動会の記憶がありますが印象に残っているのだから、あたかもそう見えるのはありがちでしょう――や、私も数が多すぎではと思います。


「異議あり、あなたは水泳の授業で胸元が苦しくてプールの中でもだえているのを体調不良と勘違いされて保健室に行ったことがあるわ」

「それ睡眠の話じゃないですよ!?」


 お見せするのもはばかるべきもの、と思春期特有の気恥ずかしさを伴って、何とかして小さく見せようと頑張った結果、あまりの苦しさに途中退場をしたものではありますが、それはただの黒歴史であって、授業中にうたた寝したとのカウントに入れるべきではないと考えます。


「質問:一年は365日あるいは366日であるかと思いますが、柊さんは900日を体感したと申しています――ざっと計算しますに2700日中学生活を送っていた……留年と考えるのが自然と」


 愛ちゃんが挙手して言ったことは間違いでもなんでもない順当な指摘です。


「いや……自然よ、柊さんはおそらく長い中学時代を過ごしていたと思われるわ。高校時代を含めて10年くらいは軽く」

「蓮ちゃんは何を言っていますかね!?」


 口を挟むのは良くないこととは言え、中学留年はよほどのことです。義務教育なのでなおさらです。


「ま、柊も嘘をついているとは思わんし、初も然りだべな」

「あらありがと」

「柊に関する情報だけは信用してやるけん、胸がパッド入りなのは恥ずかしいからやめるべ」

「本物だけど!?」


 クラス中の視線が集まった気がします――教室の人気を一身に背負う美少女の胸元に何か入れられているかどうか……を掘り下げるワケにはいきません。


「だ、大丈夫です。私は元気ですので、お弁当だってモグモグ食べられますよ?」

「同意:皆様も食事の加速を、昼休みの時間は限られています」


 元々は私が健康であるかどうかの話なので、帰結するべき場所は午後の授業も部活動も健全に執り行われるかどうかです。


「そ、それに初ちゃんも寝不足で青い顔をしていたではないですか」

「げ、元気になったから良いのよ」


 寝不足でも自然と体力が回復するのは羨ましいです……なんでしょう、若々しさの違いなんでしょうか?


「蓮、何か気になることでも?」

「いえ、やはり柊さんとご一緒だとあなたも健やかなので」

「私は元より心配されるような状況ではありません。訂正:ですよ?」

「愛……」


 気になる会話をされていたかと思いますが、私も食事は早い方ではないのでそちらを優先します。

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