第40話 ファミチキになれはマジで言われたことがあります

 春眠暁を覚えずとはよく言ったものですが、はかったように居眠り厳禁な先生の時に睡魔に襲われるのはなにゆえでしょう?

 授業の始まりに緊張を伴って聞こうと意識しても、半分の時間が過ぎれば集中は薄まり、疲労感が逆転してくるということでしょうか?


(まるで引いては寄せる波のようです)


 ザザンザーザザン……ああ、これは波の音ではないですね、ザザンと海水が砂場を黒く染めていき、人の足を、地面にいる生物を濡らしていく。

 夏場には溢れる人々、繁盛する海の家、騒がしくも楽しそうなご家族、恋人、チャラ男――


 私が縮こまって身を隠すようにしているのに、結ちゃんと来たら露出を惜しまずにいて、その傍らには黒焦げで目線の隠れた薄い色彩の髪色のチャラ男――


 集まる皆々の視線に何ら恥ずかしげも無く、もちろん結ちゃんの肢体は姉と違って見事なプロポーション、当然の帰結。

 それでも女性特有の恥じらいもまた持って欲しいと姉がドギマギしていると、馴れ馴れしく肩を組んだ片割れの彼ピッピが「結ちゃんマジリスペクト」とお決まりの文句を私に漏らします。


 結ちゃんはあなたの所有物じゃないんですよ、買いたてのおもちゃを見せびらかすようにするんじゃありません。


 でも苦情はあくまで内心、腕力ではかなうはずもありません。強引に上着代わりのパーカーを剥がされてしまったらとんでもないことになってしまいます――じゃあ何で海に来ているのかと言われれば涙目になりますが。


「じゃあ姉ピッピ、俺らは波打ち際リスペクトしに行くんで」

「ばっはろ~」


 ああ、結ちゃんが行ってしまう――愛する恋人同士は波打ち際でランデブー、お似合いだと称賛する人々、何がお似合いですか美女と野獣くらいヤジを飛ばしてください(人頼み)語彙がリスペクトしかない野獣ではないですか(小声)しつけられたチンパンジーだってもっと賢いですよ(涙目)


 そこに突然やって来るのは初ちゃん、海なのでもちろん水着姿。ペンギンの方がまだ良いスタイルしているよねって私と違って、さざめく黒髪、惜しげもなく披露される身体、女性らしいくびれに、ほどよく盛り上がった胸元、言うことありません――100点100点100点……。


「あら、つば九郎かと思ったら柊じゃない。ケンタッキーにFA宣言したら?」

「カーネルサンダースのおじさんは実質阪神タイガースのマスコットじゃないですか!」


 優勝したときに道頓堀へ放り込まれて、それから十数年優勝から遠ざかり、カーネルサンダースの呪いとも言われた過去。

 見事すぎる責任転嫁です。カーネルのおじさまはあくまで被害者、陸上が主な生息地の彼を水中に落としたのは過激なファンです――


 まあ、本場アメリカでは100年近く呪いが発動している球団とかもあったので、10数年で終わったのは幸運とも言え……私はいったい何を言っているのか。


「100%本音の冗談よ」

「ただの本音じゃないですか!」


 初ちゃんは澄ました顔で言ってのけますが、私に向かって手を伸ばします――え、何をと思ったのもつかの間、超常的な力が用いられ剥ぎ取られる上着、披露される私の水着姿、集まる耳目、なんだなんだと騒ぎになった心持ち。


「ひやぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」

「ふふ……やっぱり良い体しているじゃない? 隠すなんて勿体ない、全部さらけ出していきなさいよ」

「だ、ダメです! 水着まで取られては見せてはいけない部分が」

「つば九郎だって全裸じゃない」

「あれはぬいぐるみだから良いんですよ!」


 厳密に言えばマスコットなので衣服の一つや二つパージされても良いですし、帽子を目深に被って寝ていることすらあります――仕事してください。


「ほら! 脱ぎなさい!」


 迫り来る手、必死に耐え忍ぶ私、興味深げに眺めているみんな、ああなんてややこしい、こんななら海に来なければ良かった。


「チャラ男! 許しませんよチャラ男! 結ちゃんとの交際も! 初ちゃんをここに連れて来たことも! ついでに昨日私が食べ過ぎたこともまた全部あなたの責任なんですからね!」


(げに素晴らしきは他責思考、ああなんと恥ずかしい恥ずかしい――)


 ……と、ここで何かがひたいに当たって、その痛みと共に覚醒。


(なんということでしょう)


 匠の手によって好き勝手に魔改造をされた住宅を眺め見るよう、周囲の生徒から、何より先生から注意深く眺められております。


「申し訳ありません」


 先生は何も仰いませんでしたが、確実に評価は転落したことでしょう。授業は真面目に受けなければならないと言うに、春の暖かさにまどろんで悪夢を見て目を覚ますなんて――なんて良いことのない、日頃の行いが悪いせいでしょうか。


「……」


 ただ一人、隣の席である蓮ちゃんはこちらを見る余裕があり、その視線が本当に心配そうなので、先生の目を盗んでぺこりと頭を下げました。


 今度意識を失いそうなくらいに睡魔に襲われたら、書き物をするペンで自分の手のひらでも刺すことにしましょう――ええ、頭を机にぶつけるよりは数倍マシです。

 そして、なにより友人に心配をかけることよりも。

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