第39話 ??「無限機関が完成したねぃ……」
本日はこれまた快晴、天気と同じような心持ちで地に足をつけて歩き出すのはわたくし――と、大した人間でもないのに偉業を成し遂げようとせん文句を垂らしてしまいましたが。
隣を歩いている結ちゃんも、いささか調子を取り戻した様子です。
元より、入院経験などほぼほぼ無い健康優良児。だからこそ突然の体調不良で心配をおかけしましたが、これからは断じてこんなことが無いように注意する次第。
としたところで、明るく元気いっぱいな私の目に入ってきたのは、あからさまに青い顔をした幼なじみ。
普段からトップモデルのように線が細く、他校の生徒含め数多くの人たちから羨望の眼差しを向けられる体型を、さらにぞうきんを絞るが如くに細くした感がある。
……私も結ちゃんもにこやかに挨拶をしようなんて考えは全部吹っ飛び、配慮をする言葉と一緒に駆け寄りました。
「いえ、寝不足と言うだけよ。心配をするほどでもないわ」
言葉は明瞭であり、寝不足と言われればそうも見える……んですけど。
自分自身がテスト前や受験前一ヶ月の一念発起くらいでしか夜更かしをしなかったため、本当は体調が悪いのではないかとの疑念は拭いきれません。
「念のため、寝不足の原因だけは教えて頂いても良いですか?」
何ができるのかと突っぱねられれば涙目になる次第ですが、初ちゃんはそんな言葉で否定をするほど狭量ではありません。
ただ、私の言葉に対してたじろぐような姿勢を見せるのは気になるポイントでもあります。
探偵さんに動かぬ証拠を突きつけられた犯人のように四の五の言えない、という態度にはこちらもつんのめったようにだんまりになるほかありません。
背中がじんわりと緊張しております。
心配をしているとは言え、どんな態度でも許されるかと言えばそうではありません。
世の中には過剰なモノを忌避する傾向があります。配慮や遠慮もまた然りです。
「今の発言がプライバシーに関わるモノでしたら無理に」
「いや……そうね?」
歩き始めてから少し、視線を中空でさまよわせながら……続く言葉を私も結ちゃんも待っております。
普段でしたらやんややんや盛り上がりながら、女子高生らしく――あれ、きょうび女子高生はそんな表現はなさらないでしょうか? もしかして私はそこはかとなくともババ臭いのでは?
本来は初ちゃんの話を聞かなければいけない状況であるはずなのに、自分のことを気にしてしまうのは、自信のなさゆえなんでしょうか?
(私をチラチラと眺めながらが、咎められているような気がして)
ああ、相手の責任にしてはなりませんね。不安に駆られると間違ったものの見方をしてしまいます。
「念のため聞いておくけど……昨日の放課後に何かあったかしら?」
私たち姉妹は顔を合わせて「言いました?」「ううん」と意思のすり合わせをしておきます。
先日の着せ替え人形化は皆に余計な心配をかけたくないので、結ちゃんにしか伝えておりません。
もちろん姉の勝手ですので、妹ちゃんの判断で自由にして良いと添えて――本当に秘密にしておかなければならないことは、むやみに共有するのではなく、本人の胸のうちに閉まっておかなければなりません。
気持ちをやたらに出すのは水道の蛇口を捻るのと同じこと、どこから漏れたものか分かりません。
「服飾部の皆様にお世話になりました」
具体的な内容を告白するのはどうにも気恥ずかしかったですし、さすがの初ちゃんも服飾部の助っ人はしたことないでしょう――内部事情に明るくなければ、部として長い伝統を持つところくらいなものでしょう、私は存在すら知りませんでしたが。
「なるほど……あなたの活動とは関係ないかもしれないけれど、昨晩こんな写真が私に送られてきたわ」
初ちゃんのスマホに映っているのは、胸元とおなかの部分に大きな穴が空いた、白い水着のようなものを纏った月島柊でございます――や、自分は着ていたので客観的に見ておりませんが、控えめに申し上げてもその姿は痴女、二次元の世界へお帰りくださいと言われれば喜んでいたしましょう。
「……腹を切る場所を探します」
「待って、大丈夫、私しか、私にしか送られていないわ!」
過激少女なわたくしめを色々な皆様が品評し、とんでもない汚物を眺める視線が集中する妄想に発展し希死念慮が心の中に生じましたが、初ちゃんは私を押しとどめようとするように揺さぶり、結ちゃんはスマホを奪い取ってガン見しています――
その、血の繋がった妹だからこそ、痴態を眺められるのはダメージが根深くなると申しますか。
「ええい、控えなさい結!」
「はっ、ごめんなさい! 正気を失ってたよ」
なんたらランクの松阪牛を眺めているようなあどけない表情から一転、気を取りなすように言葉を述べる姿は「しょうきにもどった!」と言って裏切る竜騎士のようでもありましたが……私は結ちゃんを心より信じております、スマホから手を離しましょう?
「おほん、これはとある先輩に送られた代物なの。彼女は決して、自分のメリットになること以外はしない人よ」
「他人のデメリットになることを控えてくださるように進言してください」
生きている以上、人に迷惑をかける可能性は多分に存在しますが……私だって大きなことは言えませんが。
「言い方が悪かったわね、私に送ったのはそれが自身のメリットになるからよ。誰彼構わず送ってしまえばその価値は薄れる」
「……ひとまずは信じます」
私に対して悪意を持っての反応ではないと初ちゃんが言うので、信じた相手の言うコトならば素直に受け入れます。
「つまり、私に何かして欲しいからこそ、その対価としてこの写真が送られた」
「……初ちゃんは私の写真を送られたら、意に添わないことでもするんですか?」
この際、自分の恥ずかしい写真は棚に上げるとして、幼なじみが変な……変とは限りませんが、妙なことに巻き込まれては大変です。
「さすがにそれはないわ。あなたの全裸なら考えるけど」
「……」
「ごめんなさい」
あまり感情表現が多彩では無い私ですが、怒った方が良い場面ではおなかに力を入れて怒ります。
仕方がない状況に追い込まれた、ではなく代償があればでは、人は間違えると思います。
「私の頼まれ事はあなたの写真に釣り合うこと、そして、頼み事をした相手は”私だからこそ”その写真を渡して頼んだ」
つまりはお互いにどう考えているのかを知り合う仲だということ、交友範囲は私よりも断然広い初ちゃんですから、自分の知らない仲の良い相手がいても不思議ではありません。
「……お、怒ってる?」
「いいえ、怒ってません」
「いえ、メッチャ怒ってるじゃない。つーんってしているじゃない」
「してません」
「こら結! いい加減にスマホを返しなさい! あと、あなたのお姉ちゃんの機嫌を何とかして!」
なぜか胸に拭い去れない何かを抱いたまま、今度甘いものでも奢るから、という言葉を引き出したのを妥協点として……私もすごく、すごく大人げないとは思うのですが、初ちゃんの一挙手一投足にムカッと来てしまったのです。
「初ちゃん元気になったね」
「え、あ、そうね?」
そうだ、と思い返しても後の話、自分のことばかり考えて拗ねているわけには参りません。
「あら?」
二人に気づかれないくらい、ちょっとした立ちくらみが私に襲いかかり……怒りと元気共々、ふらついた際に落っことしてしまったのか。
(いえ、初ちゃんが元気なのは良いことです)
「柊?」
「いえ、怒ってますよ、つーん」
「あからさまな演技じゃない」
苦笑いをしながら私を眺める姿は、先ほどまでと打って変わって元気そう――その態度を見れば怒るのはすごく難しいです。
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