第38話 月島柊流幸せスパイラル
帰宅をしたのは既に陽も落ちようか、という時間。
そこはかとない身体の疲れを覚えながらも、着替えを終えて階下に降り、夕飯の準備に早速取りかかります。
そんな私に対して、心配げな眼差しを向けるのは大切な結ちゃんです。
大丈夫ですよと反射的に言いそうになりましたが、その言葉に説得力がないのは休日を思い返すだけで分かります。
ゆえに姉としては別の話題を提起して、その流れに乗せてしまおうと。
「お手伝いをしてくれるんですか?」
人を騙すような心持ちではありますが、今のところは意識を失うレベルの疲労感はありませんし、気力もまた充実しております。
ならば今後とも心配させずにいられるか、は私にも確信はありませんが……自分が不安がっていれば周囲に与える影響も大きいでしょう。
姉が与えるべきは喜びと安心、大切な人が相手なのですから。
「できるところとかあるかな?」
私の意図をくみ取ってくれたのか、どことなくおちゃらけた調子で言葉を紡ぐ結ちゃん。
こちらもその心意気に感謝しつつ、一つや二つ、自分の身体だけでは難しいことを頼みます。
家事あるあるだと思うんですが、自分が二人か三人いればもっと楽になるのにな、と。
本当にただただワガママでしかないのですが、作業中に自分の思うとおりになれば……ロボットさんとかAIさんが人間を楽にするとしたら、自分の思うとおりに動く存在になることで。
もしかすればそんな人間に嫌気が差して全面戦争に……まるでSFの世界です。
・・・
・・
・
妹ちゃんからお風呂への同行を提案されましたが、残念なことに私の体調は未だ万全……まあ、それでなくとも身体も大きくなった二人ですから、揃って浴場にとは参りません。
「今度、旅行の提案をしましょう」
これから受験勉強も本腰を入れるにつれて、外出の機会も少なくなるでしょうから大型連休にお誘い合わせの上で旅館にでも……もっともそのために乗り越えなければいけないハードルが多数存在しますが、予算とか、予算とか、予算とか。
「もちろん温泉だよね!」
「え、ええ。受験勉強を頑張ってくださると約束してくれればいくらでも」
――土下座をする次第です。
とはいえども、私の両親はすごく真っ当な価値観を持ち合わせていますから、娘が土下座をしたところで不快に思うだけでしょう。
こいねがうのならば、そうさせたくなるような代替手段を用いるべき……結ちゃんの受験頑張るを姉が利用しているようで心苦しい。
ただ、至らない姉が文字通り一肌脱いで受験勉強に身が入るというならば、それはやってみる価値があることでしょう。
結果的に様々な事情で計画が頓挫したとしても、身を焼かれる思いをするのは私だけです。
結ちゃんが私を責め立てる場面は想像しづらいのは確かですが。
「でも、体調が悪くなったらすぐに言ってね!」
重ね重ねの忠告をさせてしまい申し訳ないの一言に尽きますが、今の私は体調に不安は抱いておりません。
倒れるフラグを建てているようでなんとも言えない心持ちではありますが、大丈夫と言いづらいとき、人は何と表現すれば良いのでしょう。
(それでも、心配をしてくれるのはありがたいことです。そのありがたさに報いることが自分にできる最大の努めなのかもしれませんね)
では先にお風呂を頂きますね、と結ちゃんに微笑みながら言ってみると、駆け込む準備だけはしておくからと朗らかに言われました。
・
何ごともなかったかのように時間が過ぎて翌朝。寝起き特有のだるけはありますが、身体を動かしていればそれも吹き飛んでいきます。
(休日のアレは……やはり、疲労が溜まっていたのでしょうね)
過労で倒れると言った生活を元からしていないのです。
その想定すら、おこがましいと表現して差し支えはないでしょう。
朝ご飯を作っている最中に結ちゃんが起きてきて、きちんと眠れましたかと声かけをする余裕すらあります。
「うう、お姉ちゃんが裸にエプロンだったらもっと元気になる」
「両親に見られたら裸でたたき出されると思います」
愛情表現の一種かとは思いますが、類人猿ではないので人間は一般的に服を着て何かをするモノです。
よしんば服を着ないことを主義とするにしても、誰にも迷惑をかけない範囲に留めておくべきでしょう。
裸族は人からまるで理解を得られないというのではなく、身につけるモノもまた個人を表す指標となるのです。文字通り裸一貫では現代社会においては、変態のそしりを逃れられないでしょう――私は朝から大真面目に何を考えているんでしょうか。
「美味しい、生きているって感じがする」
「ありがとうございます」
毎朝のこととは言え、作っているものを美味しいと言われれば何か報われた気分になります。
努力は成し遂げるものであり、報われるものではありませんが、やはり褒められれば嬉しいもの。
褒められれば私もニコニコ、お礼を言われた方もきっとニコニコ、善意の言葉は日々を幸せに過ごすための調味料みたいなものです。
(そうです。平穏無事な毎日をこれからも過ごしていけるように努力しましょう)
たとえそれが水の中では必死にバタ足をしているかりそめのものだったとしても。
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