第37話 「なんのために空いている穴なんですかこれ!?」

 国境の長いトンネルを抜けると雪国であった。これは多くの人が知っている冒頭の文章だけど、服飾部に入るための戸を開けると、って思わず表現したくなっちゃうくらいに、目の前に広がる光景が信じられなかった。


 まず、広い――ライトノベル研究部は教室の半分くらいしかないし、プレハブの一室だから夏は暑くて冬は寒い。

 おまけに敷居の壁は薄いからマッサージされていると文芸部の皆様からもっとと懇願される……あの、それは良いですが書いてる物は発禁処分になってませんよね?


 校舎の最上階の空き教室を利用しているから、当然、私が普段使いしているそれと同じ広さで、机や椅子も必要最低限しかなく、その代わりと言ってはなんだけどお洋服がハンガーに掛けられている。


「絶対に逃がすな!」


 色彩鮮やかなお洋服たちの列を見やっている最中に、扉は閉められ鍵は掛けられ、まるで自分たちがこれから後ろめたいことをするかのように鬼気迫った態度を取られるけれども。


 私はこの教室に足を踏み入れた時点で、逃げるつもりなんて毛頭ありませんでした――もしも逃げ出したら連れてきたこの方がつるし上げられてしまうかもしれませんから。


「SSSランクの生徒を捕獲するとは……よくやった三条、褒めてつかわす」

「はは、ありがたき幸せに存じます!」

「これが懸賞金の二万だ、好きに使うが良い」


 封筒に入れられた現金と思しきモノを恭しく受け取る三条さんと、羨ましげに見守る他の部員の方々。

 私を捕まえるだけで大げさだとも思いましたが、一人でいることが少ないから声をかけづらかったと思えば納得も行きます。


 あと、すりーえすランクとはなんでしょう? 上に行けば行くほど捕獲したときのお金が跳ね上がるのでしょうか?


「ようこそ、大神千沙による大神過激団へ……キミを常々ご招待したいと思っていたが、陽向初に怒られると体育会系の部活からタコ殴りにされるからね」


 握手を求められましたが、これに応じると初ちゃんには黙っておいてね、を許諾したのと同じです。


 とはいえ、彼女が部活の助っ人をしているのは初ちゃん自身の楽しみにも繋がっていますし、私としても幼なじみの格好いい姿を見られて気分も晴れ晴れ、黙っておけば現状維持になると思われますから、ここは素直に応じるのが吉と言えましょう。


「素直ないい子だ」

「さすがにタコ殴りにされる方を見過ごすのはできません」

「あたしが仮に嘘をついていたとしても、デメリットはまるでない……それでもなお、あたしの言うコトを信じるのかい?」

「私が裏切られたときに怒ってくれる友人がいるので、安心して人を信じることができます」

「なるほど、データ通りだ」


 本当にタコ殴りにされちゃうかどうかはともかく、初ちゃんの欠席が痛手になる部活は数多いでしょうし、過激団(?)の活動に後ろめたさを感じているから施錠するんでしょうし。


「では、あたしのコトを信じさせよう。何が望みだ? できる範囲でやろうか」

「先ほどの二万円、できれば部員全員にお与えになって頂きたいです」

「安いな、本当にそれで良いのか?」

「その代わり捕獲というのはやめてください。ご希望なら、いくらでも好きな格好をしますので」


 試すような真似だと思う――これからは月島柊が恥ずかしい格好をしますので、部として活動休止になるようなことはしないで欲しいと願い出る。

 この部活にいるのが定期的に与えられるお給料(懸賞金?)であるのなら「もう無し」ともなると、モチベーションも恐らくなくなるはず。


 中には本当にお洋服(コスプレ)を作るのが好きであるとか、大神さんに憧れを抱いているとかで、服飾部に参加している人もいるだろうし、そういう人だけが残れば自然と部の健全化は進むと思う。


「それはできない相談だな」


 どうしたって部員を減らしたくない理由があるんだろう……もしくは、一度お金で人を集めてしまった手前引けないとか。

 よもや人にコスプレをさせて撮影をし、そのお金で部を保っているとかだったら、駆け込むのはポリスメンコースだ。


「伝統のある我が部はどんな理由があろうとも残していかなければならない」

「先輩が卒業をしてもですか?」

「もちろんだ。この制度もまた存続させる……まあ、今の二年生みたいに黄金世代が勢揃いするのは稀であろうが……」


 私が特別枠らしきものに入っているのは……まあそのコメントしづらいので、初ちゃんや悠ちゃん愛ちゃんに蓮ちゃん、友人たちだけでも美女が勢揃いだし、見目麗しい方々も数多くいる。

 この部活では今私が対面している先輩がその筆頭候補だとは思うけど……「あたしが最高ランクだから、自分と同列なのを集めろ」がその、いい発言ではないのは私も理解します。


「先輩は……服作り、ごめんなさい、お洋服を作るのってよく分からなくて……服作りは好きですか?」

「ああ。もちろんだ。確かにやっていることを見れば疑われるのも仕方がないな」

「いいえ……じゃあその、三年の先輩の、誰でもいいです……服作りは好きですか?」

「お前……!」


 伝統のある部活を残すために大神先輩が取った手段が、お金を撒き餌にした部員を確保するというものだ。

 高校生にとっては云万円と言ったら大金だし、生徒をどうにかこうにかして連れてくれば得られるとなれば一生懸命にもなる。


「私? 好きだけど……」

「え?」

「千沙が驚くの!?」


 でも、それでつなぎ止められるとしたら短い間だけだ。

 大神先輩は「動機が動機だから」と不純な部分に罪深さを覚えていて、残った方々は「お金で繋がっている」と勘違いをしていた。


「あたしのことを美少女を連れてくればお金を貰える宝箱かなんかだと思ってなかったのか!?」

「や、最初はそう思ってたけど」


 三年生の先輩たちは(ささやき声で副部長と聞こえたので偉い立場の人だった)揃って頷きながら、


「千沙、一生懸命教えてくれるじゃん。家庭科くらいでしか針と糸を使ってこなかった自分らに懇切丁寧。そりゃあ売り物とあんたには負けるけど、数が揃えば一着作れちゃうんだよ?」

「そうそう、生徒拉致して撮影しているの問題になったけど、私たちの技術アピールでなんとなかった的な」


 やっぱり問題になったんだ、という声が同学年や下級生から放たれるあたり、不健全な活動をしていたというのは全員の共通認識だったのだなと。


「じゃあ何で言わなかったんだ!」

「お金欲しいし」

「そりゃそうだな!」


 くそぉ……と声を漏らす大神先輩に対し、ウンウンいい仕事をしたと納得した私は「とりまこの辺で~」と服飾部の部室から抜け出そうとしたけれども。


「上から九十は……」

「なんですかいきなり!?」

「はっはっは、あたしは目視でスリーサイズを判別できるんだよ……いいか! 逃げたら言うぞ!」

「もうほとんど言われたようなものです!」

「ウエストろ」

「やめましょう! なんでも着ますよ! さあバッチコイです!」


 大団円になって大人しい雰囲気で終わるかと思いきや、皆様の着せ替え人形になってしまうと……服飾部がこれからも続いていくかは分かりませんが、この手の活動はほどほどにした方が良いと思います。


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