第36話 「あなたに向けてのハウツーではないと言ったところでしょうか……?」
授業をきちんと終えるだけで幸甚に存ずるとは、平穏が丸いボールに乗った板きれみたいなものだと……絶妙なバランスで保たれているそれは調子に乗っていると簡単にひっくり返ってしまい。
「ご飯は自分で食べられますので」
疑わしい物を見る目が周囲から矢継ぎ早に飛んできますが、今までだってノートをきちんと取ってきましたよ……もっとも、予告も無しに休日を棒に振るほどの疲労感に襲われたのだから、心配される気持ちも大いに理解できます。
「……れ、蓮ちゃんも99%私なら、私の体調が健やかなのも分かりますよね?」
「申し訳ありません。残り1%は私の中でもブラックボックスなので」
「やや、頭を上げてください!」
話題を逸らす材料として始業式の日のネタを取り上げたばかりに、心の底からのお詫びを伴った平身低頭をみせられてしまいました。
「まあ、あんまり構っても柊は気を使ってしまうベ」
悠ちゃんが全員を取りなすように言うと、私としても救われた心持ちになります。
ただ、そうしないように励もうと息巻いたところで、人生経験の浅い我々としましては、どうあがいてもわずかな段差にけつまずいたような違和感を覚えるのです。
午後の授業も周囲から心配されるという、ややもすれば息苦しい状況下で……それに対して文句を言うのもまたお門違いでありまして。
人の好意を無碍にする輩は豆腐の角でなんとやら、そう思えどわずらわしく考える気持ちも否定できず、瞑想でもして気持ちをリセットしたくもある。
放課後に全員が集まって活動をする……そんな真面目な部活でもないライトノベル研究部は、各々がしたい用事を優先するゆるっと系部活動であり、甲斐甲斐しく付き添って帰宅するというのも変であることから、私は廊下を歩いておりました。
初ちゃんの家は私の家の近くでもありますし、悠ちゃんも蓮ちゃんも愛ちゃんも道中一緒になる箇所もありまして……言ってみれば、距離を取る最適解が私が校内で時間を潰すことであったのです。
白々しい調子で「図書室で勉強を」と言ったのを、友人たちは嘘をついていると一発で看破したと思われますが……。
(時間が解決してくれることを願いましょう)
事なかれ主義が役に立つかどうかは若輩者には判断しかねるのですが、同じことを繰り返し考え続けてもドツボにハマるだけです。
間を置いて帰宅の途につけば良いだけの話ではありましたが、ここで馬鹿正直に図書室へと向かってしまうのが自分らしいところだな、と考えてしまいます。
友人たちが「どんな本があった?」等々の私を困らせる質問などするはずもないのに、イジワルなことを言われるのを想定してしまうのは……罪悪感なのでしょうか。
(我が身可愛さの妄想ですね……)
”読書とかはまるで趣味ではありませんが”本を読むことで得られるモノがあるかもしれません。
文字の羅列に勇気ある撤退をする可能性が大いにありますが、少なくともウダウダ考えているよりも、実のある結論を得られそうな気もする。
放課後の図書室は思ったよりも騒がしいというのが感想でした。授業でしか訪れることのない場所だから、でしょうか?
自分なりの生き方みたいな本を手に取り、着席してから中身を読んでみると、まあまあ、自分には当てはまらないことばかり。
よくよく考えれば、世界一可愛い妹ちゃんがいるとか、どなたに差し出しても差し障りない美少女幼なじみがいるとか、友人が漏れなく見目麗しいであるとか、大きな胸であるとか……。
他の人に心配をかけてしまったときにどうすればいいとか、良かれと思ってやったことが上手く行かないんですとか、目の前に唐突に壁が立ち塞がったときにどうすればいいとか――生き方の本には、ごくごく一般的な人材の目の前に立ち塞がる些細なハードルを乗り越える方法なんぞは描かれてなく、漠然とこうあればいいというのが抽象的に書かれている気がする。
この手の人生論で「翌朝大震災に見舞われ断水したあなたに向けて」とか「ある日突然病によって大切な人を失ったあなたに対して」とか「交通事故で重傷を負ったときのために」とかが書かれていないのは、それはもう当然だと思う――震災や災害の備えが万全だったら、雪かきのスコップがホームセンターで品切れになったりはしないと思うし。
「お悩み事ですかな?」
「……はっ、すみません」
何とかして自分に当てはまる状況を見つけ出し、上手く行くようなアドバイスはないかと探っていたら、特に謝る必要もない問いかけに謝罪をしてしまいました。
「いやいや、謝らずとも……見たところ何かにお悩みのご様子」
「ええ、恥ずかしながら」
「いえいえ、誰しも悩みは持っていますよ。人間は自分の背中にさえ手の届かない不完全な生き物だ」
柔軟な身体かもしくはヨーガパワーで手足が伸びるのなら背中のかゆみをひっかくのも容易でしょうが、ひっかきすぎれば今度は肌が傷つくと……火加減を調整するようには参りません。
「わたくし、服飾部の三条と申します」
「私はライトノベル研究部の」
「え? 差し入れ部ではなくてですか?」
「差し入れをしているのは私で、あとの皆様は助っ人です……じゃなくて、正式な部活名はライトノベル研究部と言います……」
初ちゃんは言うまでもなく運動系の部活から引っ張りだこですし、悠ちゃんは面倒見が良くてアドバイス上手、愛ちゃんはあらゆる通販サイトの価格が頭に入っていて教師陣から受けがいいです――そして蓮ちゃんは可愛いですね。
三条さん(こちらも可愛らしい子です)は大人びたと、幼さの両方を兼ね備えた驚きを見せつつ
「悩みがあるなら……私の話に乗ってみませんか? 本を読むのももちろん大事ですが、行動をして忘れるのも一種の手段ですよ」
確かに言われてみれば、気分転換でどこかに出かけるだったり、サウナで整うとか、自分の好きなことをひたすらするとか、一時的な逃避は問題に立ち向かう活力ともなります。
でも、私がここで「服飾部って何をする部活なんですか?」と聞いていたら、ない用事を理由にして逃げていたと思うんですよね(遠い目)
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