第35話 春の日射しと友人との触れ合いと
帰宅を果たしてから妙な気だるさを覚えていて、自分で作った夕飯を食べながら睡魔に襲われ、お風呂の時には危うく湯船に沈みそうになりました。
「予感がしていた」という結ちゃんの手助けがなければ、エッチなコスプレをして帰宅したら風呂場で死んでいた女の誕生です。
事故物件にしたってもっとまともなシチュエーションがあるでしょう。
日曜日になっても体調は回復には至らず、かと言って風邪の諸症状に襲われているわけでもないので惰眠を貪っているのに忌避感を覚え……そう考えどもけったいな疲労感は抜けず。
ご飯を食べては横になると10年後の自分(ご飯を食べていない可能性はある)を見るかのような休日の寝溜めっぷり――その最中に優しく頭を撫でられる感触がありました。
「大丈夫よ、あなたは常日頃から頑張りすぎているくらいだもの。たまに休んだところで誰が文句を言うわけでもないわ」
声色と口調からして初ちゃんがやって来て、私が寝転がっているモノだから言葉を投げかけてそのまま帰ったのだと。
私が青くなったのはすっかり休日が終わってしまった月曜日、今までの疲労感が嘘だったかのように身体は万全になりました。
良かった良かったと喜ぶ結ちゃんに、姉としましては恐縮しきりです。
「そういえば初ちゃんがお見舞いに来てくれたんですよね、何のお構いもできず」
スマホですら丸一日スルーかましていたのですから、応対できたかと言えば無理だったかと思いますが、それでも「仕方なかった」ですませるほど認知は歪んでおりません。
相手方が配慮して「そういうこともある」と言う文句を自分で言ってはどうしようもない。
「ううん。初ちゃんは来てないよ……てか、誰も家に入れてないし、そもそも来てないよ」
先日までの私は明らかに重病っぽい感じをたたえていましたし、結ちゃんを含む家族と相対した回数も片手で数えられる範囲、それが他人様に同じ症状をうつすともなれば気も引けます。
今日も大事を取って休むとの選択肢が脳裏によぎりましたが、朝食を作っている間にも、食事をしている最中にも気だるさはまるで覚えていません。
「……夢、だったのでしょうか? でも、たしかにあのとき、初ちゃんを見た記憶があるような」
「まあ、初ちゃんならシャットアウトしても窓から入ってきそうだけど」
「イタズラ子猫じゃないんですよ!?」
そもそも体調不良は結ちゃんから初ちゃんへ、初ちゃんから私の友人たちへ連絡がなされたので、断られるのを承知で玄関から入るならともかく、私だけが気づくように部屋に潜入するとかありえません。
朝に顔を合わせた初ちゃんに部屋に来たかどうかを訊ねてみましたが、
「今日も休んだ方が良いと言いたくなるほど重病だったそうじゃない?」
苦笑しながらも私の身体を配慮しつつ、結ちゃんがどんな文面を送ったのか匂わせる発言です。
もちろん、今日明日が峠だレベルの文体なら嫌だって言われても来てくれると信じていますし、自分ではなく友人たちがその状態なら私は突撃します。
「顔は真っ青だし食事もほとんど取れなかったんだから」
結ちゃんがそのように返答すると、初ちゃんが「あなたの言ったことを否定するわけじゃないのよ」と年上らしくいさめます。
妹ちゃんは気が収まらないと言った感じで唇を尖らせますが、元はと言えば休日にぶっ倒れた私に責任があるのです。
「どうお姉ちゃん? 体調変じゃない?」
「ふふ、ありがとうございます。なんともないです」
中学と高校の分かれ道になったところで、名残惜しい目をした結ちゃんに明るく言葉をかけます。
どれほど信用されるかは分かりません、自分でも不思議なくらいですから。
「まあ、こう言ってはなんだけど。体調不良が増したら私を含めできることはないわよ」
正論だと思います――先ほどもしも友人たちが危篤ともなればとの話をしましたが、私にできることは手を握って天に祈ることくらいしかありません。
結ちゃんもそれが分かっているのか、初ちゃんにイジワルと弱々しく言って、何度もこちらを振り返りながら登校します。
「初ちゃんを悪者にしてしまいました」
「でも、夢の中でも私を見るなんて、よっぽど好かれてしまったのね」
「手の感触も言われた言葉も夢とは思えないので、きっと……初ちゃんにそのように言われたかったんでしょう」
私のことが好きなのね、と茶化す調子で言われたので、ついつい真面目に返答をしてしまいました。
自分でも不思議なくらいムッとして、何でそんなこと言うのと言わんばかりの台詞を吐くなんて、かまってちゃんコレに極まれりですよ。
「そ、そう、あ、暑いわね……まだ4月だって言うのに」
「え、あ、はい、そうですね……なんだかすごく」
今の台詞、どう考えても「何で見舞いに来てくれなかったんだ」とふてくされて言う類いのものですよね? 相手は配慮して来なかったというのに。
「すみません……」
「いいのよ。あなただって本調子ではないんだから、いつも通りとは行かないでしょう?」
先日までの病状に甘ったれるつもりはなかったのですが、失言をなかったことにできるなら本調子ではないとの台詞を肯定したくなります。
二人してだんまりのままで歩を進め、悠ちゃんや愛ちゃん……それに蓮ちゃんも心配してくれていたのか、大丈夫等の台詞を何度も聞かれ。
「蓮、柊さんにもしものことがあればすぐさまドクターヘリを」
「分かっています。あらゆる手段を使って症状に最適な病院へ移動する手段はもう既に確保をしてあります」
「大事にしすぎないでくださいね!?」
愛ちゃんはお体があまり強くないですから、それを心配する蓮ちゃんがあらゆる搬送手段をわきまえているのは納得ですが、それを私に使うというのは控えて頂ければ幸いです。
もしもの場合はともかく、医療費だって無料ではないのですから……ああ、絶対に倒れるわけには行かないですね、気合いですよ月島柊。
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