第33話 蓮「そう……これでいい……一つ一つだ」

 夕飯作りに赴いている際に、キョロキョロと辺りを窺う結ちゃんと遭遇しましたので「探し物ですか?」と声をかけると「そうなの」と困り顔をしながら返答をされました。


「見つけにくいものですか?」

「うん。机の中も鞄の中も探したけど」


 と、小粋にそんなことよりダンスですわ、と誘おうと思うトークをしそうになりましたが、相手が困っていて手伝わない道理はありません。

 もう既に仕込みは完了しておりますれば、姉をファンネルに使って頂いても構わないってばよ。


「ううん。たぶん、お姉ちゃんには見えないから」

「……それは心霊的な意味合いでしょうか?」

「ふっ、この封印されし邪眼が力を発揮されたとき、人間に付いていくペンギンの如き愛らしさが周囲に伝わることだろう……」

「ほほえま~」


 ペンギンはヤクルトスワローズの公式マスコットとしても採用されているらしいですが、彼らは二足歩行する人間を自分たちの仲間だと勘違いしてついていく傾向があるらしいんですよね。


 北極ではなおのこと人間が列を作って歩きますから、群れに交ざろうとヨタヨタと……え? スワローズだからツバメではないか? あれって自分をツバメだと思ってるペンギンじゃないんですか?


 姉の力は借りずとも、というお話でしたので探し物についてはあまり掘り下げることはせず、夕飯の時にもさほど気にした風でもありませんでした。

 

「……流行っているんですか?」


 部活動での交流の折に連絡先も交換しましたので、メッセージが届くことは何ら不自然ではないのですが、蓮ちゃんから「あなたの周囲に変な生き物はいないか」と問われました。


 奇しくも自分には見えない生物を妹ちゃんが探しているというエピソードがあったので、ついつい重ねて捉えがち……うん、頭の中で一緒くたに考えてしまっているだけだと結論づけ、


「ええと、当家で一番の変な生物は私ですっと」


 自虐はあんまり面白いギャグとは言えませんが、あなたの背後には人ならざるモノがいるとか、部屋の中に面白い生態をした昆虫がいるとか言われても、単純に背筋が寒くなってしまいます。


 もう夜の帳が下りて数時間経ちますから「私は蓮さん。今あなたの後ろにいるの」と言われても困りますしね。お帰りくださいとか口が裂けても言えません。


【あなたの近くにいると愛がとても元気そうなの】


 蓮ちゃんから送られたメッセージに喜ばしいようなむずがゆいような……褒められて悪い気はしませんが、褒められた理由もよく分からない。


 愛ちゃんのお身体があまり強くないというのは私も存じ上げていますし、蓮ちゃんが部室に顔を見せたのも心配が過半数を占めていたのでしょう。


 アレコレ世話を焼くというのを潔しとしませんから、あくまで困ったときだけ手を貸すのが我々の流儀ではあれど、親しい間柄だというふたりはまた違った距離感があり……その人から見て、あなたが近くにいると元気そうと言うのは絶対に褒め言葉なんですが、何をしたってわけでもないんです。


【そうね。ワケの分からないことを言っていると思う……でも、これからもあなたさえ良ければ愛の近くにいてあげて欲しい】


 疑念を投げかけてみると、不可思議な生物は居なかったかよりもそちらが本題だったのか、愛ちゃんの近くにいてくれるように頼まれます。


 自己紹介の時には突拍子もないことを言われて戸惑いましたが、蓮ちゃんの中で何かの目的があってかのような話題提供をなさった、と考えるのが自然でしょう。


 その辺りのことを掘り下げてしまうと、明日から関係がまた一からやり直しになってしまいそうなので、許容するメッセージを一つ。


【愛が喜ぶと思うから上半身裸の写真を送って欲しい】

「要求がエスカレートしてやいませんか!?」


 メッセージを口に出してツッコミを入れてしまいましたが、通話じゃないので単なるデカい独り言です――結ちゃんが血相を変えて姉の部屋に飛び込んできたら大変、何かの意味があるとも思いませんが、大きく咳払いをしてから。


【性的な画像を送ることは将来的にリベンジポルノの懸念がありますので控えさせて頂く所存です】


 理由付けはどうでもいいのですが、経験上強い表現を使えば相手は引いてくれるものと知っています。

 第一、蓮ちゃんが私の画像をばらまいたりであるとか、それを片手に脅迫する必要性はまったくありません、悪名が周囲に広まるばかりです。


【失礼したわ。さすがに上半身裸の写真は度が過ぎるというものね、谷間で妥協するわ】

【……本当に愛ちゃんが喜んでくれるんですか?】


 一蹴しても良い内容かとは考えるんですが、万一愛ちゃんが元気を無くしていて、私の身体の一部分を見て活力が生まれるというのなら……ありえないとは思っても、自分が少し恥ずかしい思いをするだけならばいいかとも考えてしまう。


 ひとしきり考えたあとで姿見の前に立ち、パジャマのボタンを一つ外して屈んだ姿勢を取った後、顔や部屋などの余計な情報を入れないようにカメラで撮影。


 ……送ろうか送るまいかまたも考えた後「やっぱり無理でしたごめんなさい」とメッセージを送り、返ってきた答えは。


【それがいいわ。誰かのためで何でもやってしまうと取り返しの付かないことになる。例えば人類が滅亡してしまったり】

「取り返しが付かなすぎじゃないですかね!?」


 またしても大きな声を上げて反応をしてしまい、姉は全身から冷や汗をかく勢いでしたが、結ちゃんは特に反応をすることはありませんでした。

 勉強の邪魔になっていたら腹を切って詫びなければいけませんでしたね……蓮ちゃんからのメッセージには重々注意をすることにしましょう。

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