第28話 「はみ出してないですよね!?」(ぶるんぼいんぶるん)「「「お、おう……」」」

 結ちゃんはお皿についたカレー汚れみたいな感じで姉の左腕に巻き付いていますが、彼女のハートが平穏なリズムになるのならば、恥ずかしさと重さなどは苦労になりません。


「……相変わらず姉妹仲が良好なのね」


 その様子を陽向初ちゃんが揚げ物の色味を見やるみたいな調子で一睨み、いつもクールですが本日は冷蔵庫で数時間冷やされたご様子。


「初ちゃんも夢見が悪かったりしますか?」

「も? まぁ、そう言われてみればそうね」


 結ちゃんの状況を話していないので”も”には違和感を覚えた様子ですが、とんでもない夢を見たというのは事実らしく。


「あなたが世界を滅ぼす夢を見たわ」

「夢の中でろくなコトしていませんね私!?」


 方や結ちゃんの夢の中で死んでしまったり、もう一方の初ちゃんの夢の中では世界を滅亡させたり、平安時代の貴族様だって「夢の中で会いたくないわ~」とか読みそうなレベル。


「いや、初ちゃん。お姉ちゃんはどっちかというと世界を救う方だよ」

「それはそうなのだけど」

「それはそうじゃないですよ!?」


 や、どちらかと言えばもちろん世界を救う方に加担したくは思うのですが、救う滅ぶの対象が大きすぎて私などは役立たずになるしかなく。

 私にできることとすれば、なんとなく寂しげにしていた初ちゃんに右腕を差し出すことくらいです。

 彼女は子どもじゃないんだけど、と言いつつガス台の焦げ目のようにびっちりと腕に吸着しました。


 お二方とも、私の腕に御利益があるんじゃないかってくらい身体を押しつけてくれますが、ご神体として皆々様から敬われているありがたい逸品とは違って、私は単なる高校二年生です……。


 中学高校と別れる二手の道で妹ちゃんを見送ってからしばらく、悠ちゃんが腕を組んで、愛ちゃんが直立不動で構えていました。

 

「おはようございます」

「おはよう愛、それにわだす子」

「だれがわだす子じゃボケぇ、なんで朝から腕に巻きつい取るんがいはなぜや」

「おはようございますお二人方」


 ぺこりと頭を下げる私に、キレッキレで煽り散らかす初ちゃんに、それに応対する悠ちゃんに、マイペースな愛ちゃん。

 会話だけを聞いているととても仲良しとは言いがたいですが、私抜きの三人で買い物に行くケースもあるそうです――どんな会話をしているのかちょっと気になります。


「だってしょうがないじゃない。怖い夢を見てしまったんだもの」


 一般的には怖い夢を見たところで幼なじみの腕に抱きつくのはレアケースかと思いますが、元は妹ちゃんに左腕を絡め取られていましたから、その流れに乗っていたとも説明できます。


 「怖い夢ェ?」とじぃっと初ちゃんを睨むようにしてから悠ちゃんは


「じゃからしか、ほんどに怖がったなだ仕方なかべ」


 どうやら初ちゃんは本当に心の底から恐怖を感じていたらしく、常人離れした洞察力を持っている悠ちゃんから「仕方ない」と許されていました。


 お二人、険悪レベルにまで喧嘩が発展するケースはなくって、最終的にどちらかが「しょうがないね」と矛を収めるケースが多々、大人だなぁと感心するところと、大人なら最初から喧嘩しないのでは? と思うところが半々です。


「初ちゃん……怖かったんですか?」

「ええ、あなたが世界を滅ぼす……それは恐怖だったわ。口から光線を出しつつ、次々に人間を消し去っていくのよ」

「考証:逆流性食道炎が心配されます」


 口から何かを吐き出すと言うことは、作用反作用のあれこれで顔(もしくは内蔵)に多大な負担がかかっているであろうことが推測されます。

 それも人を消し去るほどの高威力であるならばなおさら、強靱な肉体を持っているのならばともかく、ヘナヘナになること請け合いです。


「柊は出せないべか、口から光線。わだすはそんな宴会芸があったら観てみたいべ」

「私のことをサイヤ人か何かだと勘違いしてませんか!?」


 悠ちゃんは冗談交じりに……さりげなく妹ちゃんがいたポジションに身体を交わらせつつ、クリスマスにカップルが「あー、あの指輪欲しい~」と誘いをかけるみたいな距離感で「口から光線出せないの?」と言っています――出せるわけないじゃないですか、出せたらびっくり人間として配信者になって学校やめてますよ……。


「疑問:口から光線は配信者として稼げる一芸となりますでしょうか?」

「ならんべ」


 悠ちゃんがバッサリ斬り、初ちゃんもならないでしょうねと首を振ります。

 私もあり得ない想定だから配信者になると言っていますが、なったらなったで再生数二桁が上限の弱小として現実を観るでしょう。


「私としましては、柊さんが露出度の高い格好をして口から光線を出せば登録者100万人も夢ではないように思えます」

「口から光線の方に価値があるんですよね!? そうなんですよね!?」


 身体を覆い隠すように構えたかったんですが、両腕は友人たちに人質に取られて動けません――そしてその人たちは胸元あたりをガン見しています……で、デリケートな部分なのであんまり観ないで欲しいんですが。


「まあ、柊ならノーブラで犬の散歩してたら登録者が増えるでしょうね、あ、私に首輪を付けて散歩させてくれても良いのよ」

「倫理観的にアウトなので良いところないんですけど!」


 初ちゃんは冗談を告げるように自分の首を軽くまげ「私の首に~」とか言い出しますが、人間に首輪を付けて散歩させることも、ノーブラで世間様を徘徊することも一般的ではありません――それで有名になったとしても「高名あらたか」ではなく「後ろ指」を指されているまでです……。


 有名になりたいからと言って世間体を気にせず迷惑行為を繰り返せば、一時的には名が売れたとしても後年、名が売れたことにより苦労をする羽目になるでしょう。因果応報とはよく言ったものです。


「はぁー、おめーらなんもわかってなかんべ。あきれかえっちゃうべな」


 先ほどまで胸元に意識を全集中させていた悠ちゃんは、そんなことはしてませんが何かと言うようにおすまし顔をしてから。


「柊は、はみ出した部分が良いの! 普通の格好して、はみ出すから良いの! なーんもわかってなかんべ!」

「はみ出してないですぅ!」


 うぅ、と嘘泣きをするとさすがに心が痛んだのか、しきりにみんなフォローをしてくれたけど、今はどこもはみ出してませんよね? と聞いても誰一人目を合わせてくれませんでした。


 もしかして春休みの最中に太りましたか……それで痩せることを促すようにこんなことを……や、闇堕ちしてしまいそうです……食生活で太ったなら自業自得も良いところなんですが。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る