第27話 今日から高校二年生になるんですね……

 春先――寒暖差が大きいそんな時期、私は進級を迎えることと相成りました。

 同じクラスになれるのかとの趣旨のメッセージを友人である、初ちゃん、愛ちゃん、悠ちゃんから続々と羅列されましたが……その、私にクラスを決める権限はないので、みんなと同じように心の中で願うばかりなんですがそれは。


 思えば高校一年生はあっという間に過ぎ去っていて、ピッカピカという言葉もすでに遠く、私に至っては少々くすんでいる可能性すらあります。

 皆々様から所帯染みていると評判の生活は、自分にとって何ら不満を漏らす要素ではありませんが、何か代わり映えしない日常をこれから未来永劫送るのではないか……そんな予感もするのです。


(それはそれで幸せかと存じますが、私だけが独り身で皆が結婚生活を送るというのが容易に)


 結ちゃんは今年受験生ですが、お年頃もお年頃、もしかすれば困難に立ち向かうお相手としてグレーの髪を持つ褐色のチャラ男さんを連れてくる可能性があります。


 姉の私に向かって「チョリース! 結ちゃんマジリスペクト」とか言いながら馴れ馴れしく肩を組み、彼女もまんざらではない笑みを浮かべながら「お姉ちゃんゴム買ってきて」と札束を一枚。


 私は乾いた笑みを浮かべて心の中で号泣しながらコンビニに駆け込み、袋は結構ですと断りながら全力ダッシュで家に戻り、いちゃラブしている二人に見つからないようにそっと購入したそれを置くのです。


(嫌な未来ですね……いっそ訪れなければ良いくらいですが、時間の進みを止められる超常染みた力は私にはありません……)


 初ちゃんにも悠ちゃんにも愛ちゃんにも素敵な恋人を紹介されて「次は柊だね(*^_^*)」とありもしない未来を言われるように告げられ、結婚式のご祝儀で食費を削られ……いやいや、そのときにはそれなりにお金を稼いでいるでしょう、なんかブラック企業に就職されて昼夜問わずに働いてそうな感じがしますが……。


「おはようございます……あら、どうしました?」


 部屋から出て朝食の準備を始めるかと意気込んでいますと、ラブリーチャーミー(古語)な妹ちゃんがどことなく元気がありません。

 朝から某栄養ドリンクを飲んだかのように「ファイト一発」は難しいかもしれませんが……。


「なんか……変な夢を見たぁ……」


 とても夢見が悪かったご様子。そうですね、私もどこかから突き落とされる夢や……


(あら?)


 知らず知らずのうちに胸元を手で擦っていました、まるでそこに何かが突き刺さったような違和感があって、そんなことがあれば無事では済まないので夢の中の光景ではあるんでしょうが。


「お姉ちゃん、朝からバストマッサージするなら私のお部屋でやって」

「どうして結ちゃんのお部屋でするんですか!?」

「眼福だから?」

「や、まあ……喜んでくださるなら考慮はしますが、受験勉強に差し障りがあるのはちょっと」


 愛嬌のある笑みを浮かべながら小粋なジョークを飛ばすように語る姿は、夢見の悪さを吹っ切るような空元気さを覚えました。

 ここは姉として毅然と妹ちゃんを元気づけるような行動をせねばなりません。

 あ、もちろんバストマッサージ以外でですよ? 私はそれをした覚えはありませんし、結ちゃんにしていると言ったこともないんですけど。


「なんかすっごいリアルだったよ」

「まあまあ」


 朝食を頂きながら自身に起こったことの説明を受ける私、夢如何で気だるい調子になるのはあるあるですよね、私も高いところから落ちる夢を見た後に床に転がっていたことがあります――


「でね、最後にはこんな結末は認められない! って叫んで時間が巻き戻るんだよ」

「結末ですか……」


 なんでも私が唐突に死んでしまうそうでして、人間にとって死は身近でもあり、遠くも感じるそんなものですが……少なくとも「あー、死ぬわー」と考えて生きてはいません(個人の感想です)


 結ちゃんの夢の中に出演できたことは姉の望外の喜びではあれども、おっちんで気分を暗くさせてしまっては何の意味もありません――せめて気分を明るくさせるような要素が一個でもあれば良かったのに。


「そうですね……いつしか、遠い未来。私が死んでしまうことはきっとあるでしょう。でもそれは、結末などではありません。世界はそれでも進んでいくでしょう……少なくとも、進んでいって欲しいです」


 30秒後に死にますと事前通知されているとさすがにどうにかなってしまいそうですが、そんなゲームのバッドステータスみたいなことは現実世界では起こりようがありません。

 第一死の宣告ってどういう状態なんですかね? 頭の上に数字があるのはちょっとお笑い要素ですが、一般的に死はギャグにはなりませんし……。


「えー、お姉ちゃんが死んじゃったら、私はすごく悲しいな」

「そうですね、私も……できれば誰も死んで欲しくなんかないですよ」


 お父さんやお母さん、お爺ちゃんやお婆ちゃん……もう亡くなってしまっているけどひいお爺ちゃんひいお婆ちゃんに至るまで、誰一人死にたいと思って死んでしまった人はいないと思います。


 生まれるのもある日突然ならば、死んでしまうのもある日突然です――少なくとも現代日本では、国に死を強制されるような文化は忌避されています……他国ではそのような現状はありますが。


「悲しみに暮れるな、なんて言いませんよ。私は結ちゃんが死んでしまったら、3日は泣き続ける自信があります」


 「そ、それは」と口をもにもに動かしながら照れたように頬を染めるけども、実際にそんなことはあって欲しくありません。

 欲しくないと願ったところで、起こってしまう可能性は誰にせよあります……悲しい思いなんてさせたくないのに、笑顔でいて欲しいのに。


「私が主人公の物語は、きっと取るに足らない日常ばかりで小説だったら一文で終わってしまうほど儚く、短い……でも、生まれたのなら確かに私はそこにいました。世界が何もかも変わってしまったら、私が生まれてきた意味さえなくなってしまう気がしますね」

「お姉ちゃん……朝からダーティーだね」

「やや、すみません……熱い自分語りをしてしまいましたね」 


 ごまかすように自分の入れた緑茶を飲むと、結ちゃんも「しょうがないなぁ」といわんばかりに苦笑いをしながらそれに続きます。


 時間が巻き戻ってしまうなんてことは物語でもない限りはあり得ませんし、夢の中の話にここまで真剣になる必要はおそらくないんですけど。


「姉の心臓は確かに動いています。止まる気配は全然ないです」

「触って確かめても?」

「脈で勘弁願いませんか!?」


 なぜかやけに私の胸にこだわっておられますが、一般的な女性よりやや大きいと言うだけの普通サイズだと思うんです!

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