第26話 終わらない明日への挑戦

 どこかから放たれた光の束のようなモノがお姉ちゃんの胸元を貫いた。

 ふわりと浮き上がった身体が何秒もしないうちに地面に転がり、目を見開いたまま倒れ込んだ姿勢のまま微動だにせず、人が死んだのだなと思った――私は、思いのほか人が簡単に死ぬのだと体感的に知っていた。


 あ、死んだんだ、と言う感情が「何に変えても守らなければならない大切な人を殺された」にすり替わったとき、怒りのあまりに我を忘れそうになった――


「何をしているのですか蓮! この方は我々にとって重要な……っ!」


 先ほどと同じような光線らしきものが愛先輩の首から上を吹き飛ばした。糸が切られたマリオネットみたいにくずおれる身体を観て、私は血が出ない、と思った……お姉ちゃんの身体からは口元からも、打ち抜かれた胸元からも血が噴き出しているのに。


「陽向初! おまえは盾となって結を連れて行くベさ! わだすはちょっとでも時間を稼ぐ!」

「……それが正解のようね」


 たじろいでいたと思う、不安しかなかったと思う、それでも初ちゃんは真剣なまなざしのまま私を抱き込むように……文字通り盾になりながら走り出す。


「悠ちゃん! 悠ちゃん!」

「しゃべらないの結! 舌を噛むわよ!」


 大丈夫の声が途切れたときに彼女は死んでしまったのだと思った、私の身体を覆うようにして初ちゃんが守ってくれているからその景色は分からなかったけど……。


「なにが……なんなのよ……まったく……」

「……」


 先ほどまでは朗らかなイベントだったと思う――お姉ちゃんが愛さんに料理を教えながら、すれ違ってしまった初ちゃんとの関係を取り持たせるように。


 「柊が心配するから」であんまり仲の良くない初ちゃんと悠ちゃんも結託して……まあ、これに関しては心を読んでくる悠ちゃんと読まれちゃいけないこと考えている初ちゃんが悪いと思うけど。 


 愛さんの配慮も完璧だった考える――だって最初はお姉ちゃんに色気の出し方を教えるとか言う話だったから……ただでさえ暴力的なまでのバストを普段から無防備に揺らしているのに、色香までまとってしまったらそれはもう魔性の女の完成だ、下心ありまくりの我々がそれについて行かない道理はなかった。


「……初ちゃんは驚いてないんだね」

「驚いているわ。泣きたいわ。叫びたいわよ……でもね、死んじゃったみんなはもっと怖かったのよ……」


 異界からの来訪者に対して戦う魔法少女――それが私の正体だ、あ、お姉ちゃんの妹だっていうのは本当、戦う理由を得たかったのもお姉ちゃんに何かがあったら困るからって。


 魔法少女は人間をふくめあらゆる生命体を食い物にする異界の生物と命がけで戦う存在で、ある一定の期間しか活動できない……もちろん、戦いの最中に亡くなってしまう子も何人もいる。


 初ちゃんは母親が魔法少女って言う特殊な立ち位置にいたんだけど、のぞみさんやさやかさんから守られるようにして魔法少女にならずにいた。

 私がその代わりだったなんて言わないけど……戦う技術は二人から習ったものだ。


 魔法少女の特性として同性と身体を重ねると能力が増すってのがあって、のぞみさんがやたら女の子女の子を連呼しているのもそのときの経験からに他ならない……まあ、お姉ちゃんへの執着は彼女自身の特性も大きいんだけど。


 月島柊という女の子――つまり、私の姉は魔法少女に強大な力を持たせる特殊タンクみたいな存在だ……あ、何を言っているのかよく分からないと思うけど、私も原理はよく分からない。


 魔法少女になったは良いけど同性とのエッチなんて勘弁だった私は「お姉ちゃんが寝ている間におっぱい揉んだりチューでなんとかなりませんか」と提案し「なんとかなるわけないけど一度やってみれば良い」との返答を得て、寝ているお姉ちゃんの唇に自身のそれを合わせた。


 寝込みを襲っている、もしも目が覚めたらどうなるのか、様々な考えはキス一つで吹き飛んだ。一回してしまったらたがが外れてしまって、何度も何度もついばむようにキスをした。


 あのときに見た顔と、目を見開いたまま冷たくなっているであろう顔を比べると、叫び散らかしてどうにかなりそうにもなる――。


「結、私はあの場所に戻って確認をしなければいけないことがあるわ」

「ダメだよ!? お姉ちゃんを追いかけて死んじゃうとか! そんなことはみんな望まないよ!」

「死なないわ」

「……え?」


 陽向初ちゃんというのはお姉ちゃん絡みになると途端にダメなところしか出てこないけれど、小学生の時点で人形に仕込んだ盗撮の機械を作った変態……あ、天才だ。

 だから基本的に間違ったことはしないし、死なないと言っているのだから確証を持って死なないと考えているんだろう。


「あの光、私たちを打つ余裕はいくらでもあった。盾になる自信なんかまるでなかったわ……あの馬鹿……」

「悠ちゃんは! 悠ちゃんは……」


 星咲悠ちゃんは前線で戦う魔法少女たちの心のケアを担当する……サポーター一族というか、まあ、有り体に言えばエッチなことをしつつメンタルを回復させるセラピストと言いますか。


 ただ彼女は戦いの当時に読心術に目覚めていたから気持ち悪がられることによって身体を重ねたりはしておらず、そのときの癖で他人と距離をとりがちだったのをお姉ちゃんがぐいぐい行ったんだけど……まあ、それはともかく。


 私は悠ちゃんと大の仲良しになったし、心を読めるっていうのも知る間柄になった。


「分かるわ。あいつ、私の考えていることをズバズバ当ててくるの、気味が悪いわ……でもね、悩んでいることも理解してくれるのよ」

「うん……」


 初ちゃんがズバズバ言い当てられたのは、悠ちゃんの中で悪人扱いされてたからだと思うけど、それでも放っておけないところはケアしてくれるのが彼女らしい。


 その、私も最初期「あんだが姉の胸を揉んで興奮していやつけ?」と喧嘩売られるようなこと言われたし……や、それでも、自分のやってることに自信を持ってとアドバイスしてくれたんだけど。


 ――お姉ちゃんも初期に悠ちゃんに酷いこと言われたらしいから、コミュニケーションの手段の一つなのかもしれない。


「……ごめん、死なないとは言ったけど死ぬかもしれないわ」

「え?」


 初ちゃんはお姉ちゃんに見せるみたいな笑顔を浮かべながら、どうでも良いことを告げるように死ぬかもしれないと言った。


「あの光、私を打ってこなかった……つまりは私が死んでしまうと困ったことになると思うの、ということは、私が死ぬ状況になったらあの光は永遠に表に出てくることはない」

「予想だよね?」

「確信よ」


 嘘をついているのは一目で分かった。自信ありげにしているけど両足は震えているし、顔色も死ぬほど悪い……いやまあ、私も真っ青なのは想像つくんだけど。


「あなたは、生きなさい。生きて、私たちのことなんかすべて忘れて幸せになりなさい」

「……無理だよ」

「でも、姉や母は自分たちの仲間と思われる存在が行方不明になっても変わらないで生きているわ」


 驚かないでいるのが精一杯だった――魔法少女のことは二次元の世界というか空想上の存在みたいな扱いだから、一般的には戦死した魔法少女は「行方不明」扱いになる。


「おそらく、私たちは「行方不明」扱いになるのでしょう」


 ……初ちゃん、きっと私たちが戦った存在が復讐をしにきたと思ってるんだ。

 しかもそれを生み出した原因が異世界云々ではなく自分自身だと思っている。


「でもね、あなたが生きていて、それを忘れなければ……私たちにも生まれた意味がある。ま、私は良いけど、柊のことは末代まで語ってちょうだい」


 「じゃあね」とこちらに背を向ける初ちゃんにかける言葉は見つからなかったけど……彼女が死んでしまう前に私にもできることがある。


「マイ! マイマイマイマイ! 出てきなさい! マイ! 私の願い事が決まった!」

「はぁー、ようやくかい? 君が奴らを滅ぼしてから長かったねぇ……」


 マイ……と名乗る親睦の使者、思春期の女の子を魔法少女にして異世界からやってくる来訪者を討ち滅ぼす力を与えるマスコットみたいな存在。


「願い事の前借りで認識阻害や記憶改変はやってきたけど、今回はそれ以上のモノで良いんだね?」

「ええ! 私をふくめた周囲の人たちがすべて幸せになるまで世界改変を繰り返す! これでいく!」

「ふむ……まあそれならそれでかまわないが、世界改変を起こすキーワードみたいなモノが必要になるね、ボクらがマジ無理って言って改変しても困るだろう?」


 そう言われてみればそうだ、彼らの力ならば未来を見通すことだって可能だし、万一「未来人類の滅亡につながる選択だった」とか言って勝手に世界改変されてしまったら困るほかない。


「じゃあ、私がこんな結末は認められない! って言ったら時を巻き戻して」

「言っておくけど、君がお姉ちゃんの顔面で騎乗位かましてイった瞬間にこんな結末は認められない! とか言っても巻き戻さないからね?」

「そんなことしないし」

「君が姉のおっぱいを揉み続けて総スカン食らっても認めないからね?」

「しないから! 初ちゃんが死んじゃう前に!」

「はいはい、じゃあまあ、テキトーに今回は巻き戻しておくから、せいぜい幸せになるという目標を目指して頑張ってね」


 ちょ、テキトーって! とツッコミを入れようとしている間に私の眼前は光り輝いて――

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