第19話 わだすと関わろうとするなんて本当変わり者だべ
悠ちゃんこと覇王様と本格的に会話をするようになってから……時間はそれこそ半年近いですが、途中に夏休みを挟みますので、累計では1ヶ月程度かもしれませんね。
お休みの間にも「甘い物が恋しい」とメッセージアプリにてコメントを頂き「はいはいはい」と実家の神社の社務所まで顔を出し「ホントに来たのか!?」と夏場にちょっとしたホラーもお届けして。
「……汝は?」
「すみません。お届け物がありまして」
梅雨のころだったか明けたか……セミが鳴くにはまだ早い時期だったのは記憶しています。
クラスメートからも担任の先生からもあらゆる人から頼まれ事をされやすい女――か、どうかはともかく、悠ちゃんに渡すようにと書類一式。
ここにいるからと場所まで指定をされてやって来たのはライトノベル研究部。
鍵も手渡されていたので何も事情を知らない私は、ソファーに寝そべる覇王様が起きるまで待ってました。
「……授業が始まっている。早く戻れ」
「どうせなら一緒に戻りませんか?」
「ん」
何をバカなことをと言いたかったんだと思うし、こちらを嘲るように鼻を鳴らしたのはたしかだ。
でも、私は書類の内容がちょっと見えてしまったので……ただ渡すだけで何ごともなかったかのように教室に戻る選択をしなかった。
あ、もちろんここでの渡すは「鍵開けてテーブルかどっかに書類一式を置いておく」程度――会話するようになってから一週間、なぜそうしなかった? と言われても……「? なんででしょう?」ってつまんない反応しか出来なかったけど。
「ギリギリ進級はできたとは思っていたが、この時期に退学を推奨する書類とはな……余がこの学校を去ったら気分でも悪いか?」
「今はもう、すごくですね」
遠くまで見渡すような視線をこちらに送ってきた悠ちゃんは、私の答えに対して目を細くしました。
眩しいとか羨ましいと言ったポジティブな感情があったとは思いません――単純な言葉にすると「何言ってんだコイツ」みたいな。
そりゃあ、今まで滅多に触れない関わらない出来たクラスメートが退学処分の書類を見て動揺し、何とかそれを防ぐように努力したとか「何それ?」と言われても仕方ありません。
「ここには、今のペースでサボっていたら退学させるぞと書かれている。余はそれをされても別に構わない……なおも気分が悪いか?」
「2年は引き摺ると思います」
大げさでもなんでもなく「自分が書類を渡した相手が退学した」とか言ったら「なんとかできなかったのかなあ」と思い悩む。
その傷は時間が解決してくれると思うけど、私が上手くやれなかったこととして不意に思い出したりして。
「ならば、余の気分が上がるようなことをしてみせよ、条件を満たせば夏休みまでは授業に参加してやる……ま、保証はしないがな」
ちゃんと授業に全部参加をして問題行動を起こさなかった日は残念ながら無かったんですけど、二学期の現在まで少なくとも勧告も処分も下されてはいません。
「苦手なものはありますか?」
「そうだな……お人好しなのかは知らないが距離感をわきまえず、余を教室に戻そうとする女は苦手だ」
「食べ物でお願いします」
「いや……強いて言えば不味いものだな」
悠ちゃんはこの時こう言ったんですが、ピーマンを中心とした青臭い食べ物、サバを中心とした一癖も二癖もある青魚、涙が出てしまうようなスパイスの類い、洋酒を利かせたチョコレート等々……あ、チョコレートはカカオが多いビターなものも苦手でしたね。
いわば、余の味覚に合わないものは不味いなので、この時も私が提示したもの次第では「ふっ、余は寝る」と言って……きっと、退学されていたのかと。
なお、この時に「お前が苦手」と言ったことを悠ちゃんは死ぬほど後悔しているので、夏休みに顔を合わせなくても「あのときは」とアプリにて謝罪されてました。
「これは?」
「私のクラスメートに幼なじみの女の子がいるんですけど、その子に渡す予定だったお菓子です。あ、保冷剤にくるまれているので健康被害とかは大丈夫ですよ」
「予定……?」
「昼休みに渡す予定だったのが……まあ、予定通りにならなかっただけです。予告もしていませんので」
「ふっ、上手い女だ……余がこれを口にすれば、その幼なじみとやらに口撃を仕掛けられるかもしれん」
「そんなことはさせません」
「どうだか」
「させません」
この時に私は悠ちゃんを連れ戻すことに成功するんですが、その流れで会話をしていたら初ちゃんに「誰コイツ」「クラスメートですよ!?」なんて。
ただ、その際に初ちゃんは悠ちゃんに何ごとかを囁かれ口撃どころか距離を取り始めたので……その、いつか仲良くできる機会があれば良いなぁと考えてます。
「これは……なるほど。”貴公”の名は?」
「月島柊です。柊はひいらぎって書きます」
「余は星崎悠……覇王様と呼ぶがいい」
「はい、覇王様!」
「え?(勢いで覇王って言ったら、ノータイムで返事してきたけどなんだきに……ま、まあ、そのうちきっと飽きると思うベな)」
モニョモニョと呟く悠ちゃんの手を取って、私はいささか昂揚感を伴いながら生徒が歩いていない授業中の学校を歩いたのでした。
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