第17話 好感度はかなり下がりました

 普段ならば来てはならないと散々警告されている場所に近づいたりはしませんが、今回はのっぴきならない事情があります……例え自らが嫌われようとも、誰かのために進まなければいけない瞬間はあるのです。


「初ちゃん……起きていますよね? 寝ていらっしゃるならばさやかさんが止めるはずですから」

「ええ。前々からあなたの来訪を予期して、部屋の整理を何度も繰り返していたわ」


 開いたドアから顔を出した初ちゃんがそんなことをいいながらこちらを招き入れます。

 小学校時代とは違って何かを隠すような敷居にもなっている黒いカーテンがすごく気になるのですが……部屋の半分くらいカーテンで包まれてしまっているんですが?


「……お掃除が苦手なら力になれますが」

「ああ、これ? 今は姉の部屋も使っているから平気よ、何一つ問題は無いわ」


 ベッドと勉強机(も半分隠れてますが……)があってさらに部屋の半分がカーテンで隠れているとなると、なかなか手狭な印象がありますが。


「初ちゃんにどうしても聞きたいことがありまして」

「……覚悟はしているわ」


 まるで秘密基地にいるような距離感で正対しておりますが、それは黒いカーテンが暗がりにいるような雰囲気を醸し出しているせいでしょう。

 初ちゃんのオーラが処分を待つ悪の幹部っぽい感じもあるんですけど、そこまで恐縮しなくても良い話だと思うんです。


「盗撮をされたり脅迫をされたりはしていませんか?」

「え?」


 初ちゃんからの贈り物の一部に頂けないものが含まれていたのは事実、彼女がどのような手段で手に入れたかは分かりかねますが……。


 もしも、手に入れたものの中に悪意を持った誰かからの――初ちゃんが困った贈り物を私にという選択肢しか取れなかった可能性が。


「私に被害を伝えるためにあえてカメラ……? の入ったお人形を贈り、悠ちゃんか結ちゃんが気づくまで待ち続けた……その間に、嫌な目に遭っていたか私はすごく不安です」

「え、あ」


 自分が一瞬で問題に気がついていたのならば、幼なじみの不安をすぐさま解消に向かわせてみせたのでしょう……出来の良い、もしくは勘の良い自分自身であったのならば。


「あー」


 でも、初ちゃんは目をしばたかせて「そんなことを言われるとは予想外だ」と言わんばかりにあたふたし始めました。

 まず、喃語のような言葉しか繰り返されません。要領の得ない言葉とモジモジとした態度は大変可愛らしいのですが……。


「違うわ」


 何時間にも感じるような長いためらいの後に、初ちゃんが出した言葉は明確な否定でした。

 いつものように自信ありげで胸を張る力強さはとんと無く、ぞうきんを絞って水を一滴出すようなためらいと困難さが伺えました。


「被害が、というお話ですか?」

「ええ……だって、カメラを仕込んだのは私だから」


 首を捻り言葉の意味を咀嚼していると、つまりは私を盗撮するためにお人形さんを贈ったとなります。


「はっはっは、ご冗談を」

「いいえ、これは……その……好きな人とも関わってくるのよ」


 とても撮影できるとは思えない不出来なもの、との説明を受けましたが、一般的に撮影できるカメラを仕込んだ人形を相手に贈るのは、盗撮目的であると揶揄されても致し方なく。 


 私はやや大げさに冗談であることを願いましたが、初ちゃんから出てきたのはまたしても否定……それも好きな人と関わってくるというのはどういうことでしょうか?


「あなた……似ているのよ、その人と」

「え、でも、その先輩を好きになったのってつい最近じゃないですか?」

「ごめん」


 贈り物をするときにどうしてものっぴきならない事情があってカメラを仕込んだ……これならば説明は付きますし、後々ネタばらしさえしてくれれば(写真を廃棄してくれれば)問題にするつもりはないです。


 初ちゃんは何かをごまかすように好きな先輩に対しての関連付けをしようとしましたが、違いますよね? との意味合いの言葉を出したらすぐさま翻意。


「言いづらいのは分かります。でも、事情があったならば、それを言ってくだされば許します」

「……羨ましかったの」

「わ、私が!? 初ちゃんに何を羨ましがる要素があるんですか!?」

「胸の発育が良いのが羨ましかったのよ! どうしてもその秘密が知りたかったの!」


 初ちゃんは悔しげに心からベッドを叩きましたが、そんな理由でカメラを仕込まれて腹からナイフで切られたタケシが不憫でなりません……。


「あ、だから好きな人と……」

「そうよ! 男はね! おっぱいが大きい女の子の方が好きなのよ! そうじゃない子はホモだわ!」

「偏見にも程があるだろお前!」


 言ったのは私ではなく、滅多に家に来ない私がやってきたことへの異変を感じて初ちゃんの部屋の近くで待機していたと思しきさやかさん。


「お、お母さん!?」

「外から聞いていれば盗撮だのなんだの……ほんと、ごめんなさい柊ちゃん! 姉妹は私が再教育しておくから! 肉体言語で!」

「い、いいんですよ……その、贈られたもの全部ゴミに出しておくので……」

「酷い! でも当たり前だわ!」


 初ちゃんは悲鳴のような声で酷いと言いましたが、必要であれば「もしもしポリスメン?」となるコースですし、結ちゃんに何らかの不利益があるならば私はもっと怒ってました。


 あ、そこの言質はちゃんと取っておかなければいけませんね。


「陽向初さん……私は一つだけ怒るカードがあります。妹ちゃんの部屋には仕込んでませんよね?」

「ひぃ!? て、て、天地神明に誓って!」


 怒るのは苦手ですが、出来うる限り目を見開いて首を捻って尋ねたら、心の底から怯えを表現した初ちゃんが否定をしてくれました。


「本当ですね? 本当じゃなかったら、私……すごく怒りますからね?」

「本当よ! もしも嘘だったら内臓を目の前で出してみせるから!」

「……嘘だったらやってくださいね?」

「柊ちゃん。ほんと、分からせておくから……」


 さやかさんにまで深々と頭を下げられてしまうと、胸が痛んで仕方ありません。


 この場はここでお開きとし、犯人はヤスとケチャップで書く余裕のあったのぞみさんに毛布を掛け……


「しゅーちゃん。ごめんね」

「え、あ、お部屋でのお話を聞いてたんですか?」

「え、だって初の部屋に入ったんでしょ?」

「黒いカーテンで半分くらい覆われてましたが」

「……しゅーちゃんごめん。今のは聞かなかったことにして」

「……は、はあ……」


 さやかさんよりは年下ですが、やはり自分よりも年上の相手に頭を(ちゃんと起き上がってくれました)下げられると本当に恐縮してしまいます……。


 申し訳なさを感じながらおうちに帰り、念のために結ちゃんへ贈られたものはないかと確認――ちょっと後ろ髪を引かれましたが、お人形さんの類いは全部透明なビニールの袋に入れ、一般ゴミの日に出してしまおうかと思います。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る