第13話 お姉ちゃんは疲れているんだよ……

 土曜日のデートの練習は心のうちに何やらモヤモヤとした雰囲気を伴いながら終了しました。


 初ちゃんと過ごした時間はことさら楽しくて、意気消沈をすることなんて何もないのに、彼女の隣に立つ男性を想像するだけで口の中にアルミホイルを入れられた感覚を催します。


「今は幼なじみの関係……そして初ちゃんの告白が成功すれば、練習がなくなるだけで関係に変化はありません……それなのにな」


 夕飯の時もお風呂の時もぼんやりとしていて、家族からの心配もどこか上の空で返事をした記憶があります。

 自分自身の些事など本来はさておき、膝を進めて会話せねばならない妹ちゃん相手にしてまでボケッとしていたのは胸が痛みます……ただこれは、あのときに感じた寂寥感とはまるで異なった、いわば後悔って表現が一番的確で、ただただ凡人の月島柊が日頃味わっているモノでもあります。


「土曜日の深夜は勉強時間の貯め時ですし、謝罪をするのは……あら? どうしました?」


 控えめなノックの音が聞こえて思考や発言を中断し、ドアの外に呼びかけるように言葉を投げかけると、戸が開いて結ちゃんが顔を出しました。


 勉強終わりにお休みになるためでしょう――薄い色のパジャマを羽織って、姉の心に「いつか彼女にも彼ピッピが現れて」といらぬ考えが浮かびます。


 「チョリース、結ちゃんマジリスペクト」とか言いながらチャラ男がふてぶてしく肩を組み、姉はそれを血の涙を流しながら見送るのです……や、リスペクトしてくれるならそれに越したことは無いですし、結ちゃんの審美眼にケチを付けるつもりはないです。


「お姉ちゃん、お顔が真っ青だよ!?」

「す、すみません……結ちゃんが巨漢の男性を恋人に選ぶ妄想でダメージを受けてました……」

「私に巨漢の男性を恋人に選ぶフシとかあったかな!?」


 どこか声色は嬉しそうながら、表情はちょっぴり不機嫌といった感じで姉にツッコミを入れる姿は……そうですね、巨漢のチャラ男さんとは不釣り合いです。

 ええい、私の脳内から去ってください! 薄めのグレーの髪に染めて茶色の肌で目元はなんか隠れている筋肉ムキムキの男性さん……去りなさい!


「それに安心して、今は受験が恋人だから」

「DVされてませんか……?」

「まあその、必要なことだし……」


 時には嫌なことから逃げ出すことも必要ですが、何から何まで逃げ出してしまうと将来の道が固く閉鎖されてしまいますので。

 もしも受験勉強さんが結ちゃんにハラスメントしようものなら、甘い飲み物を作って疲労軽減させちゃいますからね。


「それでお姉ちゃん……初ちゃんと何かあった?」

「何かあったわけではないのです。今日……久々に時間を忘れて遊びました。すごく楽しくて、もしかしたら数年後にはこんな時間を味わえないのかなと、寂しくなってしまったんです。告白は成功してほしいのに」


 家族のために過ごしている時間に不満はないのです――と重ねて説明をし、妹ちゃんはそんな言葉を聞きながら目の前に突然アルマジロが現れて踊り出したみたいな怪訝さを携えた表情を浮かべ。


 ちょっと視線を左右に動かしたあと、何かしら思案することがあったのでしょう「んー」と言葉を選ぶような声を漏らしまして。


「初ちゃんならお姉ちゃんが寂しそうなら一緒に出かけてくれると思うよ?」

「そ、それはとても嬉しいお誘いなんですが、やはり優先すべきは初ちゃん自身です。好きな方が出来たのならば、そちらとのお付き合いを優先するのが必定……あいて」


 痛くはなかったのですが、妹ちゃんの軽いデコピンにリアクションをしてしまいました。

 痛かったとの台詞を心配されてしまい、重ね重ね「羽のような軽さでした!」と力説をすると、やがて結ちゃんの表情も弛緩をしていきます。


「話は変わるんだけどこの部屋には撮影器具があってね」

「え? それは私の所持するスマホのカメラとかそういうお話ですか?」


 唐突に変化したお話は、まるでお相撲さんが立ち合いから変化するように私をはたき込んで……すっとんきょうな返事をしてしまったように思います――ただ、誰かから撮影をされていた、怖いと言うより、撮影されてました……どうして? って感じです。


 ここで唐突にまたチャラ男さんが登場して「結ちゃんマジリスペクト、24時間リスペクト」とか言いながら棚の片隅から小型カメラを取り出し、嬉しそうにはにかむ結ちゃん……リスペクトしたら何でも許されると思わないでください。一方通行な愛情なんて押し付けるのと何ら変わりは無いんですよ!


「覇王様がケンシロウを持ち帰ったでしょ?」

「え、あ、タケシのことですか?」

「タケシだったんだ……」


 次に顔を合わせるときにはどんな名前になっているかは分かりませんが、唐突に腹を切り裂かれたお人形さんのことです。


「すごく精度が悪くて、内部を写せるような感じじゃなかったそうだけど。カメラが仕込まれてたって」

「……あれは初ちゃんの贈り物なんですが」

「撮影しようって目的のものじゃないし、出来ていたとしても回収しないといけない。つまりは初ちゃんが仕込んだとは限らない……これは、伝えるべきだと思う」

「そうですね……初ちゃんが被害に遭っていたら大変です!」

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