第8話 その日見た背中は寂しくて いっそ忘れてしまいたい

 私こと月島柊が現在正座をしていますのは、悠ちゃんにそうせよと命ぜられたからであり、指示を出した当人も視線をさまよわせて、不本意であるのを覆い隠せていません。


 無論、何かの意味があってそうさせているのは鈍感な私も承知していますから……あくまで態度は恐縮、余裕ぶったり物分かりの良い人間を演じたりはしません。


「さて、柊……なぜ私が正座をさせたのは理解しておろうな?」


 ちょっと弱気な部分も垣間見られますが、隠せてませんよ~? と空気を読まずに発言しては関係の破綻に繋がってしまいます。

 

「はい。私が一方的に話をしすぎてしまいました……お客様は覇王様でありますのに、もてなしの心をどこか遠くに置いてきてしまったのです」

「然り……だが良い。誰にも間違いはあろう。余もするからな……ならばお互い様だ。目くじらを立てていては息を吐くのもままならぬ」

「はは、ありがたきお言葉にございます」


 「へへー」と平伏しようとすると「そういうの良いから」と両肩をつかまれて止められました――正座をさせたのは水戸の黄門様のご気分を楽しみたかったかと存じましたが、一般論として頭を下げた人にマウントを取って良い気分のする人はいません。


 もちろん私の価値観が絶対ではありませんし、どんな考えも法の下の平等で保障されていますから、他人に危害を及ぼさない限りは主張をするのは認められるべきでしょう。


「して、このぬいぐるみは貴公が購入したモノか? 余の見立てでは誰かの贈り物と見たが」

「そ、そのようにご覧遊ばされた理由を尋ねてもよろしいですか?」


 現状、悠ちゃんが手に持っている種々の人形は初ちゃんからの贈り物に他ならず、看破をされた理由が覇王様の人並み以上に優れた洞察力ならばこれっぽっちも問題はありません。


 悠ちゃんは戸惑うように視線を左右に揺らした後、んーと、口を真一文字に結んでひとしきり唸ってからこのように言いました。


「貴公には似合わぬ……だが、邪険にも出来ないから置いてある。どうだ? 違うか?」

「私はそこまでお人形さんとか似合わない系女子ですか……?」

「ククク……何か問題が起きたときに人形を抱きしめて現実逃避というのがあまりに似合わぬ故な」


 たしかに初ちゃんからの賜り物はどれもこれもお部屋に鎮座しています。

 中にはお人形に話しかけてみたり……私も今朝方電子レンジさんに話しかけたので大きなことは言えませんが、そのように活用される人もいるのでしょう。


「だが、大切にしたい気持ちも良く分かる……余がこやつらに名前を付けても良いだろうか?」

「愛着がわくというモノですね」


 私が名前を付けて大事にするのも手ではあるのかもですが、この子たちがやって来てから命名する機会があったのにしていない……なら代わりに、とは覇王様はとてもお優しいのです。


「さて、では右からサトシ、タケシ、そしてスネ夫……」

「まさかの国民的アニメ縛りですか!?」


 一つ目でサトシで二人目がタケシ、ならばポケモン縛りで来ると思いきやまさかのスネ夫――発言の途中で思わずツッコミを入れてしまいましたが、悠ちゃんも「良いツッコミだ」と遮られたことに不快さはまるで感じていないご様子。


「そして、ターレス、ボージャック、クウラ、パイクーハン……」

「ジャネンバジャネンバァ……」


 次々と名前を付けて行く覇王様ですが、これ以上有名なアニメをパロっているとどこかから怒られそうな気配が……あ、思い上がりですね?

  

「ふむ……こやつ……怪しげな気配がするぞ」

「タケシですか?」


 悠ちゃんが「え?」みたいな顔をしたのがちょっと気になったけど、私も次々に言われて(パロられて)いたから、若干どれがサトシでどれがターレスだったのか分からなくなりつつはある。


「すまないが腹を切らせて貰おう」

「え?」


 鞄の中から果物ナイフを取りだした悠ちゃんは、驚きのあまりに静止するのを忘れた私にまるで気を使わずに、タケシのお腹の辺りを縦に切り裂いてみせたのです。


「じゃ、ジャイアーン!?」

「……やはりな」


 お人形なのでタケシの目の色に変化は何もなく、むごたらしい悲鳴をあげたわけでもないんですが、傷つけられた人形ってどこかこちらを責めるような目をしている気がするんです……しません?


「あわ、わわ……その」

「いや、余から謝罪の言葉を言っておくからそこまで申し訳なさそうな顔をするな。すべて、余の不始末である」

「そ、そうなんですが……でも、何の意味もなく破壊衝動に目覚めたりはしませんよね?」

「貴公は余の善意に期待をしすぎである――そして、他者に対しても同様にな?」

「……お言葉が難しくて良く」


 適切な言葉が見つからなかったのか、何回か口を開いては閉じを繰り返してから飲み込むようにして立ち上がる。


「余は暗くなる前に帰らねばならぬ……ザンネックは頂いていくぞ」

「母さんで……あ、ジャイアンです……」


 裸で腹部の切り裂かれたお人形を持ち歩くのは憚られましたから、お台所で手提げ代わりになりそうなものを見繕って渡す。 

 その合間には妹ちゃんとの会話がなされていたらしく「また来て下さいね」「無論だ」と和やかな雰囲気が漂っていた。


「貴公は……もっと怒っても良いのだぞ?」

「戸惑いのほうが大きくて」

「ならば良い」


 別れ際にそんな話をしてから、見送るだけで良いという覇王様の背中を目で追う。

 心なしか寂しげで、最初はおうちデートをするつもりで来たのはたしかなはずで……それが何らかの事情で頓挫したから不思議な行動に移って。


「いつか……私が優れた人間になったら教えて頂けますよね?」


 夕焼け空に向かって呟いた言葉に答えてくる風は冷たくて、胸の寂しさを余計に増す気がした。

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