第2話 そして私たちは恋人同士(仮)になるのです

「ちょ、ちょっと待って欲しい」


 長い間付き合いを重ねてきて、初ちゃんにはたくさんの事柄で補助をしてくれました――そんな私に出来ることは素敵な恋を応援して、陰ながら幸せを祈るのみです。


 ただ、私のそんな未来予測を「待って」とストップさせるのは、思いがけないタイミングで恋慕する相手の告白をした我が幼なじみ。


「どうしました? 私の助力に不安があるのは当然ですが、初ちゃんなら顔合わせから流し目で一発です」

「友人に聞いた話なんだけど」


 訝しげに眺めないように心がけたつもりですが、初ちゃんに本心が伝わったらと思うと後頭部の辺りに熱を持ってしまいそう。


 だって私たち幼なじみはクラスも学校も高校二年生に至るまでずっとずっと一緒で、教室でもほぼほぼふたりで過ごしています。

 運動系の部活の皆様から乞われて助っ人として遠出する様子はありますが、基本的に帰宅部だと言っても差し支えない。


 つまりは年がら年中一緒に過ごしているので、私などは友人に該当する人材が初ちゃんくらいしかいません。

 家族まで友人として紹介しても良いなら人数はもう少し増えるんですけど……。


 自分語りはともかく、初ちゃんから「友人」扱いされる人がいたとは大きな驚きが……や、むしろ幼なじみの私以外に関係の深度がマシマシの相手がいるのを快く思わない節がありましたし。


 初ちゃんの気持ちを尊重して交友範囲を狭めていたくらい。や、クラスメートと事務的な会話を交わすだけで唇を尖らせるんですよ?


 「今の相手は誰?」「クラスメートですよ!?」と漫才のようなやり取りを何度重ねたことか。

 でもでも、部活の助っ人として活躍するくらいなら、仲良しの友人がいても何ら不思議でない……ううむ、腹を割ってそんな話をする友人ですか。


「友人から聞いた話よ」

「あ、すみません。ちょっと考え事を」


 月島柊の身体をガクガクと揺さぶり、心なしか目が泳いでいる幼なじみの顔から視線を逸らし……互いに一間呼吸を重ねて。


「恋愛経験のない人間は面倒らしいのよ」

「それなら大丈夫ですよ。初ちゃんは今恋をしています。これは立派な恋愛経験です。違いますか?」

「違うわ」

「違うんですか!?」


 身体を起こすように背中を傾けて驚きを表すと、初ちゃんはとても悲しげに目を伏した。


「これは、誰かとお付き合いをしたという意味よ。私もあなたも未知との遭遇でしょう……そうよね?」


 両肩に乗せられた手が「そうでなければいけない」と言うのを強制するようだけれど、そこまでされる必要も無くお付き合いなどは遠い話。


 それより友人にそこまで深い話をしている初ちゃんが想像できなくて、ずっと一緒にいた幼なじみとしては物寂しい気持ちの方が大きかった。


「え!? あ、そ、そうね……それはその通りだわ」


 今度そのお友達を紹介してくださいと重ねつつ、自分以外の相談相手にいらぬ嫉妬を覚えつつ……痛いところを突いたと思うんだけど、初ちゃんは心なしか機嫌よさげに。


「しかし、その……初ちゃんなら他の皆様が抱くネガティブな部分も反故にできる可愛さがありますよ」

「甘いわね」


 人差し指を二度三度私の眼前で振り、額と額を当てて熱でも測るように近づけた後、顔を話して大きくため息をつく。


「あなたが褒めてくれるのは何も否定はしないわ。ただ、恋い焦がれる以上は優先すべきは相手の気持ちである……違うかしら?」

「初ちゃんの気持ちを蔑ろにするお相手に対して背中を押しづらいですが……」


 ただ、自分の感情で幼なじみの気持ちを否定したとして誰かが幸せになる道はなく。

 そうしたいというならお気持ちは伏しておき、助けを求められたら力になる……とは言っても、自分に何が出来るかと言えば話を聞くくらいですが。


「そこで私は考えたの。もし仮に、その人とお付き合いをするために他の誰かと恋愛をする……のはさすがに本末転倒でしょう?」


 ボーリングで使う筋肉を鍛えるためにバッティングセンターに行くくらいよく分からない行動だった――無論、何が良い方向に向かい、悪い方向へ陥るのかは神様がサイコロを振るようにランダム。


「でもそれが幼なじみならノーカンだと思わない?」


 初ちゃんの冷ややかな左手が右頬に当てられて、彼女は思いのほか緊張をしていたのだな、と思った。

 ただ、その言葉の内容を理解しようと心がけ、文意文脈を読解するうちに、つまりは私と恋人の練習をするということだと気づき、さすがに慌てた。


「無論、あなたが嫌というのならば他に相手を探すわ。結に頼むというのも一つの手ね」

「私で良ければ!!! 今年は受験なので世話をかけたくないんです!」

「……あの子に入れない高校があるとすれば、素行を勘違いされるくらいしかないんじゃないかしら?」


 それはそうなんですけど……とっても優秀で姉の自慢でもある結ちゃんにいらぬ心配はかけたくないですし、見知らぬ人とお付き合いの練習っていうのも初ちゃんの負担が大きいですから。


「そ、そうね……心配してくれて嬉しいわ」

「でも、その方の顔写真とかお名前くらい走りたいですね……こう、近くを一瞬移動をしてサブリミナル効果を狙って」

「そんな相手と付き合いたい?」

「初ちゃんならあらゆるマイナス面でもプラスに転じると思うんですけどねぇ……?」


 目を天井に這わしながら考え事をするかの如くおどおどしい物言いをすると、初ちゃんの頬には微かに朱が差して。


「ま、よろしく。相手は先輩だからできるだけ早くしたいのでグイグイ行くわよ」

「もろに受験生じゃないですか!? むしろ応援される立場だったんじゃないですか!?」

「……ちょっと抜けている部分も素敵よね」

「ま、まあ、初ちゃんがそう言うなら……」


 卒業まで半年――部活の応援ができるほど余裕があって、初ちゃんとお付き合いできるならば、それに越したことは無いんですが……。

 逃げるように私の部屋から抜け出す姿は都合の悪いことをごまかすが如く、せせこましさを覚えたんですけど……きっとそれは恋人同士になる(仮)への不安なんでしょう。

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