第3話 ちなみにお母さんはパートです

 物音を立てないように部屋から抜け出します。

 もちろんどこかに潜入してあわよくば狼藉を働こうとしているのではありません。

 抜き足差し足を繰り返しているのは、私の行動している時間に答えがあります。


 台所に入ってお鍋を軽く洗ってからキッチンペーパーで水気を取り、半分程度まで水を入れてから火にかけます。

 出汁粉や各種調味料、具材を刻んで鍋に入れて沸騰したら火を弱めてしばらく、冷蔵庫から味噌を取り出して適量を入れたら火を止める。


 使われていない五徳の上に鍋を乗せ、フライパンは今まで鍋を火にかけていた方に、冷蔵庫に二パック298円(税込み)のウインナーがあったので「茹でる……」も選択肢に入れようかと思いましたが。


 棚からプラスチック製のボウルを取り出して、卵を三つ割って入れてからお砂糖と出汁の粉に水を少し……泡立て器でかき混ぜてラップを敷いた耐熱容器に入れます。


「後は任せましたよ……文明の利器さん」


 と、出来上がったときに甲高い音を立てる電子レンジさんに話しかけている様子を結ちゃんに目撃されてしまいました。


 にわかに背筋をこわばらせて、えーと、あのー、と痛いところを突かれたミステリの犯人のように冷や汗をかいていると、妹ちゃんは柔和な笑みを浮かべてこちらに挨拶をしました。


「おはようお姉ちゃん」

「おはようございます」


 そんなことはいいから自分のできることをと言わんばかりにお手伝いをしようとする結ちゃんを制止するか否か……。

 時計をチラリと見やると二度寝をするには遅い時間、ただ惰眠を貪ってともお願いしづらく、なにより「今電子レンジに話しかけてたよね?」と温和な口調で言われてしまえば「ハイ」と。


 姉妹は朝食の準備に邁進をすることとし、姉は受験勉強の気晴らしになるのならと気持ちを納得させ、しばし無言の時間が流れた後に朝食が完成。


 勤務先へと向かう前の父に提供されたそれを片付けるのは姉である私で、妹ちゃんは朝の準備に取り組むように進言しました。


 洗い物をしてから少しばかりの時間が経ち、テーブルに姉妹の朝食が並んだころに、あとは制服を羽織るだけの結ちゃんが着席。

 両手を合わせて命への感謝をしながらしずしずと食べていると、妹ちゃんが何かを思い出したかのように口を開きました。


「そういえば昨日、初ちゃんとバタバタしていたみたいだけど……何かあったの?」

「あまり口外しないでほしいんですが、好きな人ができたという話で」


 「ふぅん」と小さく反応をし、さて私も食事に戻ろうとした瞬間に


「え!? あのっ……!?」


 交わらない場所が工事によって繋がって水がドバッと流れ込んだみたいな調子で、はたまた泡を吹くように結ちゃんが何かを言いかけて静止しました。


 その言葉は私の耳に入れてはいけないなにがしであったのか、もしくは一般的に憚られる表現であったのかどちらかですが……賢くて可愛らしい結ちゃんが世間体を知らぬ存ぜぬ訳がないので前者ですね。

「あの……クールで人を近づけさせない部分がある。格好良いイメージの初ちゃんが、人を好きになるなんて」


 あの、から続く言葉を促した覚えはないんですが、妹ちゃんからすればそのように気取ったらしく、とっかかりを覚えるみたいに言いよどんだ部分もありつつ述べました。

 主観ではありますが、クールでとっつきづらいというのはそう見られても仕方ない部分はあります。


 その他の情報は不肖の姉も同意しかありません――結婚するわと言って石油王を連れてこれそうなレベルの美少女ですから。

 

「ああ、そうだ……結ちゃんは友達がたくさんなので知ってますよね? 男の子はお付き合いをするときに恋愛経験のない女の子は苦手にするって」

「んー、人によるんじゃない?」


 結ちゃんのお友達がたくさんいることは姉も承知している部分です。姉と違って男女問わずと言うのが素晴らしいです――あ、私は初ちゃん以外とは事務的な会話しかしないから比較対象が間違っているでしょうか。


「そこでですね、お付き合いの練習と称して私と初ちゃんで頑張ることになりました」

「ごほっ!?」


 飲みかけていたものがこぼれなかったのが唯一の救いですが、むせかえるほどの驚きを与えてしまったのは不徳の致すところ。


「練習です練習……まあ、私に与えられた情報は他校の先輩以外にないんですけど」

「お姉ちゃんが二年生だから三年生? え、あと半年で卒業だよ!?」


 口元などをふきながら落ち着かせると、結ちゃんは私と同様の問いかけをしました。

 高校受験ももちろん大変な部分はありますが、どちらかと言えば大学受験の難易度の方が高めではありましょう。

 二年生の私でも多方面から塾に通い出したとか、進級したら勉強をとか、憂鬱な話題を語るようにしている同学年の生徒が垣間見られます。


「……まあ、お姉ちゃんがその気なら、私としては何も言うことは無いよ」

「初ちゃんと言い、口に牛乳でも含んだ物言いが気になるんですが……」


 お話ばかりしていても朝の準備に差し障りが出ますし、なにより結ちゃんが深い部分まで追及したく無さそうだったので、姉は妹ちゃんにお片付けを任せて高校に通学しても問題ない程度に身だしなみを整えるのでした。

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