鶏和え酢

喰寝丸太

第1話

 腹減った。

 冷蔵庫に食材は?

 鶏肉とキュウリとワカメだけか。


 キュウリとワカメだと酢の物がまず浮かぶ。


 鶏肉を入れたところでそんなに邪魔しないだろう。


 キュウリを薄くスライス。

 塩蔵ワカメを水で戻す。


 鶏肉は蒸した。

 そして細切りに。


 後は和えるだけ。

 みりんをちょろっと、塩をパラパラ、醤油をお好みでと。


 電話が掛かってきた。


「もしもし」

「俺、合格したよ」


 友人が国家資格に合格したって電話だった。

 その国家資格は俺も3回ばかり挑戦した。

 だが、6点足らずに不合格になり心折れた。


「良かったな。今度飲もう」


 そう言って電話を切る。

 心の中は嫉妬、不甲斐なさ、色々な感情が吹き荒れる。


 鶏和え酢を食おう。

 酢が鼻の奥に入って、ツーンとして、むせて涙が出る。


 なぜか涙が止まらない。

 鶏和え酢のせいではない。

 不甲斐なさが身に染みて悔しさでないているのだ。


 思えば俺は何も長続きしなかった。


 中学、高校と部活は1ヶ月で転々と変わった。


 大学のサークルもそうだ。

 長続きしたものがない。


 飽きっぽいのだろうけど。

 鶏和え酢を食い終わった。

 俺は今日食った鶏和え酢を忘れない。


 普通の人ならここで頑張るとか言うんだろうが。

 俺は頑張れない。

 頑張らないで出来る仕事はないかな。


 そうだ小説を書いてみよう。

 青い「」のサイトがあったので登録する。

 

 何を書くか。

 映画のパクりでいいや。

 ゾンビ物が好きでよく見ていた。


 ゾンビ物。

 俺だけが感染したがゾンビにならないと。


 1万字の力作は僅か5PV。

 辞めたもう辞めた。


 鶏和え酢の器に残った甘しょっぱい汁を飲む。

 盛大にむせた。


 何しているんだろ俺。

 焦りとか色々な感情が押し寄せてくる。


 ゲームする気も起きない。

 本も映画もテレビも何もかもが虚しい。

 インターホンが鳴った。


 出てみると宅急便で手作りジャムが届いた。

 実家からだった。

 ジャムを舐める。

 ジャムはすっぱかった。


 ツーンときたわけではないのに、涙が出る。

 この情けなさを今度こそ忘れない。


 小説は全然読んでもらえないけど、バイトしながらコツコツと書いてる。

 処女作のゾンビ小説は何回か手直して別サイトに掲載したらジャンル別トップになった。

 ほんの一瞬だけど。

 やればできるじゃん。

 俺は友人に電話を掛けた。

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