地下室

 穴の中は真っ暗闇だったが、深さは大したことがない。少年ダミアンの小さくて軽い体は何か柔らかいものに受け止められ、傷一つなかった。

 受け止めてくれたのは何であったか。先程見かけた小動物ではなかった。動かないし、手で触れると平たく滑らかだ。

 徐々に暗闇に目が慣れてくる。足元でダミアンを受け止めてくれたものは、大量に積み重ねられた薄い本だった。何十冊あるかわからない。ひょっとすると百冊を超えるかもしれない量の本が、狭い室内の床に散乱している。その本が天井の穴の真下に山を築いていて、ダミアンを受け止めたのだった。

 思いがけず誰も知らない地下室に落ち込んで、ダミアンの心は躍った。上の物置部屋には既に何度も閉じ込められていて、飽き飽きとしていた。それに、物置部屋は外から施錠されている。反省時間が終わるまで、決して外に出してはもらえないのだ。地下室からは外に出られる可能性があった。事実、地下室の壁には扉らしきものが薄っすらと見えていた。

 ダミアンは雑誌の山から降りて、扉にとりついた。鋼か真鍮かはわからないが、金属製のドアノブを握り、ひねって押してみる。びくともしなかった。引くと呆気なく開いた。

 扉の向こうは通路だった。いよいよ真っ暗闇で、一歩先も見えない。向こう見ずなダミアンも流石に躊躇った、その時だ。

 突如として明かりが点った。燭光だ。廊下の壁に設えられた燭台に、奥へ向かって、次々と橙色の揺らめく灯が点ってゆく。

 明るくなったおかげで、廊下の床にも本が散らばっているのがわかった。雑誌だ。巨きな乳房とピンク色の股間を丸出しにした黒髪の美女が男にまたがり、女陰で男根を咥えこんで、嬉しそうに身を仰け反らせている。

 ダミアンは大喜びで雑誌を拾い上げた。その股間が徐々に膨らみ始める。

 カーサ・スペランツェイでは最年少のダミアンは、読み書きも計算も全くできなかったが、淫事の知識だけは一人前だった。拾ったり盗んだりして手に入れたポルノ雑誌で学んだのだ。自慰は毎日のようにしていたし、頭の中に思い描いていたのは、大人の女性とまぐわうことだった。ダミアンがシンジアナの下着を盗んでいたのは、彼女に恋心を抱いていたのではなく、彼女が身近で唯一の大人の女性だったためである。大人の女性の下着の匂いをかぎながら、巨乳のポルノモデルとセックスに耽るところを思い浮かべて自分のペニスをしごくのが、ダミアンのお気に入りだった。

 ポルノ雑誌の表紙を飾っているポルノモデルは、ダミアンの好みのど真ん中だった。美人で巨乳。唇も目元も下品で妖艶なケバケバしいゴシックメイクで彩られている。腰はしっかりとくびれており、男を下敷きにする尻はまた大きい。身を仰け反らせて天を仰ぐその表情は淫乱そのものだ。きっと男から一発二発精液を搾り取ったぐらいでは満足せずに、ひたすら腰を振り続けるに違いない。その女には角や尻尾、コウモリのような翼が生えており、手足の指先からは鋭く尖った爪が長く伸びていたが、気にはしない。多数のポルノ雑誌を見てきたダミアンは、様々な衣装やプレイがあることを理解していた。妖艶で淫乱な女悪魔に精液を根こそぎ搾り取られるプレイを想像して、ダミアンはペニスをしごく手を段々と早めていった。

 ああ、とも、うう、とも取れる声を漏らして、ダミアンは絶頂した。握ったペニスから白濁した精液がほとばしる。大人たちが見たら驚く光景だ。ダミアンの年齢では精通などするはずもなかったし、その小さな手で握るペニスも、その下にぶら下がる睾丸も、異様にデカかった。毎日オナニーを繰り返すうち、ダミアンの性器は異常に成長していたのだ。

 幼い少年の精液は音を立ててポルノ雑誌の表紙に降り注いだ。悪魔の格好をしたポルノモデルの顔も胸も股間もたちまちドロドロの白濁液で覆われてしまう。最後の一滴を射ちきるまで、ダミアンはポルノモデルに精液をぶっかけ続けた。

 射精と絶頂の快楽がすっかり過ぎ去って、ようやくダミアンは勿体ないことをしたと惜しんだ。今までで最高に興奮するポルノ写真を見つけたのに、すっかり汚してしまった。自分の精液とはいえ、ドロドロに汚れてしまった雑誌を大切に取っておく趣味はダミアンにはない。

 最後にもう一度顔を見ておこうと、ダミアンは雑誌を傾けた。精液の塊がゆっくりと流れ動いて、隠されていたポルノモデルの顔が見えるようになる。

 目があった。

「え」

 と驚きの声が出てしまったのも無理はない。写真のポルノモデルは男にまたがって身をのけぞらせ、目を閉じながら天を仰いでいたはずだ。それが今は、ダミアンを見つめて笑っている。だから目があったのだ。

 驚くダミアンの眼の前で、雑誌の写真は動画のように滑らかに変わっていった。ポルノモデルが立ち上がる。その足元で、横たわっていた男の体がみるみるしぼんでゆく。骨と皮だけになった男の体をポルノモデルが踏みつけると、骨が砕け、皮が裂けて、男の体はバラバラになった。

 ポルノモデルの黒唇が開く。

『見つけたわ。私のかわいい坊や』

 ポルノモデルは長く鋭い爪を伸ばした繊手を差し出した。ダミアンの視界がブレて、あらゆるものの輪郭が二重になる。その隙に雑誌の表紙から爪が、指先が、手が、飛び出して、ダミアンの頬を撫でる。滑らかな手の感触が頬に伝わる。

『かわいそうに。閉じ込められてしまったのね。私とおなじように』

「お姉さんも?」

 雑誌の表紙の中で、ポルノモデルが頷く。

『ええ。もうずっとここに閉じ込められているわ』

「ここから出られないの?」

『一人では出られないのよ。でも二人でなら出られるわ。ねぇ、ここから出たいでしょう?』

 もちろんだ。ダミアンは頷いた。

『それじゃあ、私の手を握って。そして息を大きく吸い込んで』

 ダミアンは言われるがまま、左手で雑誌を持ったまま、右手で美女の手を握った。まったく滑らかな肌だ。まるで肌に吸い付くような感触で、ずっと握っていたくなる。恍惚としかけるダミアンの耳に、ポルノモデルの魅惑の声が突き刺さった。

『さあ、息を吸うのよ』

 またしても言われるがまま、ダミアンは大きく息を吸い込んだ。とたん、雑誌の向こうから冷たくて重い風が吹きつけてきた。まるで何かが口の中に潜り込もうとしているかのようだ。息ができなくなり、ダミアンはポルノモデルの手を握ったまま、雑誌を取り落とした。それでも風は止まない。ダミアンの喉に、肺に、強引に押し入ってくる。

 もうだめだ、と思った瞬間、ぴたりと風が止んだ。地下通路の床にへたり込んで激しく咳き込むダミアンの眼の前に、文字通り透き通った美しい素足が現れる。視線をあげると、一糸纏わぬポルノモデルが立ちはだかり、ダミアンを見下ろしていた。

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