ダミアン

孤児院カーサ・スペランツェイ

「ダミアン! 貴様、また下着を盗っただろう!」

 晴れ渡った夏の青空に、甲高い少年の声が響いた。古い木造の館を背に、二人の少年が向かい合っている。どちらも小柄で痩せこけていたが、その中でも更に大小の区別があった。声を上げたのは大きい方で、手には物干し竿を握っている。対する小さい方は素手だった。背中が土で汚れている。言いつけられている仕事をサボって、つい先程まで横になっていたためだ。

 小さい方は名指しの通りダミアンという。大きい方はアンドレイだ。どちらもカーサ・スペランツェイという孤児院で暮らす孤児だった。

 ここまでに至る経緯はこうだ。孤児院に住み込んで孤児たちの面倒を見ている女性職員シンジアナを手伝ってアンドレイが洗濯物を干していると、洗濯物が足りないことが発覚した。シンジアナの下着だ。たちまちアンドレイは下着泥棒の犯人を求めて、館を調べた後、雑草生い茂る裏庭に駆け込んだのだった。

「知らねえよ。なんでもなんでも俺のせいにするな」

「洗濯物置き場からお前が飛び出してくるのをアナが見てんだよ」

 ダミアンは忌々しげに舌打ちをした。アナも孤児仲間だ。カーサ・スペランツェイには十人の孤児がいるが、女子はアナ一人だけだ。痩せこけて、栗色の髪はボサボサだし、肌は荒れ放題。決して可愛らしいとは言えないのだが、唯一の女子ということで、孤児たちからは常に特別扱いを受けていた。

 大人好みのダミアンを除いては。

「バカじゃねぇの。アイツが嘘吐いてないって証拠はあんのかよ」

「いつもそうだっただろうが。さあ、大人しくそのポケットの中身を見せろ!」

 アンドレイが勢いよく飛びかかる。ダミアンは慌てて横に転がった。元々草の上で横になっていたのだ。今更泥で汚れることを気にしたりはしない。

 アテを外したアンドレイが前につんのめる隙に、ダミアンは駆け出した。が、三歩と行かず転んでしまう。雑草に足を取られたのだ。

 足を取ったのが雑草なら、ダミアンの体を受け止めたのも雑草だった。硬い岩も尖った小石もなく、ダミアンの体に怪我はなかった。

 起き上がろうとしたダミアンの上にアンドレイが飛び乗った。今度は避ける間もない。なんとか逃れようともがくダミアンの後頭部を強か殴りつけて動きを封じると、アンドレイはダミアンのズボンのポケットから薄い布の塊を引っ張り出した。

 得意満面、にはならない。アナの証言がなくとも、アンドレイには分かり切っていたことだった。ダミアンはこれまでにも幾度も下着泥棒を繰り返している。いや、盗んだものは下着に限らないから、泥棒を繰り返しているというべきだ。

「しっかり言いつけておくからな。ここでサボってたことも含めてだ」

 アンドレイはもう一度ダミアンを殴りつけると、その背から降りて、裏庭を去った。

 アンドレイは有言実行の人だった。ダミアンの悪事はしっかりと報告され、ダミアンはしっかりと罰を受けることになった。狭い反省室に閉じ込められたのだ。

 小さなカーサ・スペランツェイに、余分な部屋はない。反省室とはいうものの、実際には物置部屋である。クリスマスツリーや毛布など、夏の間には使わないものが押し込まれていて、部屋の半分ほどが埋まっている。残った半分の空間にダミアンは押し込められたのだった。

「つまんねぇ……」

 閉じ込められて、どれほど経っただろうか。ダミアンはふと小さな物音を聞きつけた。床を叩くような音。微かに振動が伝わってくる。

 大人ならばネズミを警戒するところだ。ダミアンにそんな知識はない。彼は積まれた家財をよじ登って、好奇心の赴くまま、音のする方へ身を乗り出した。

 そして見つけた。床板に穴が開けられていて、小動物が顔をのぞかせている。ダミアンと目が合うと、小動物はさっと穴の中に身をくらませた。

「待て!」

 更に身を乗り出したダミアンはバランスを崩し、家財の山の谷間にずり落ちた。谷の底には穴が空いていて、その先には何があるかわからない。

「わあ!」

 ダミアンは真っ逆さまに穴の中へ落ち込んだ。

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