04 襲撃

 青、黄色、そして赤。

 自動車が止まり歩行者信号が青になったのを見て楓は横断歩道を渡った。

 

 下校時間。

 既に花は散り、今度は鮮やかな緑を生い茂らせる葉桜が並ぶ初夏の道を歩く楓。

 先程、一緒に帰っていた真依と別れ、楓は一人自分の家のマンションへと向かっていた。

 学校から解放され、その時間を遊びで満喫するかのように力一杯自転車を漕ぐ幼い子供達の集団とすれ違う。


 暫くすると楓はマンションに到着する。

 彼女は今日出された学校の課題を指折り数えながらマンションの廊下を歩いていると自宅のドアの前へとやって来た。

 ドアノブに手を掛けドアを開けると部屋の中へ入り、帰宅の挨拶をした。


「ただいま帰りました」

 

 返事はない。

 下に目をやると瑠奈の靴が一足、玄関の端に綺麗に並んで置いてあった。


(自分の部屋で仕事でもしているのでしょうか?)


 リビングやキッチンに気配のない瑠奈のことを気にしつつ、靴を脱ぎ家の中へと上がる。

 それから自室に入りドアを閉めると着替えをするため制服を脱いだ。


 +++++


『それで三島君、あれからヴァイオレットの行方は掴めたかね?』

「申し訳ありません。 楓が重機のイルフと戦ったあの日から手掛かりは殆ど無しですね」


 瑠奈の自室。

 彼女は男性の誰かとスマートフォンで会話をしていた。


『楓? 君がアインスに付けた名前だったか』

「ええ、その通りです。 学校生活を送るのにアインスじゃ不味いじゃないですか。

 だから私が名付けたんです。 彼女の赤い髪と秋に紅葉するあの植物に因んで。

 まぁ彼女自身は自分の赤い髪の事が好きじゃないようですけれども」

『う、うむ……で、そのアインスなんだが状態はどうかね?』

「問題ありません。 私がヴァイオレットと戦う必要がある事を彼女に伝えると奴と戦う事に意欲を示しました。

 身体の管理も私が毎日見る限りでは特に気になるところはありません。

 日常生活に至っては人々の中に溶け込む位、自然に行えております」

『宜しい。

 それから警察に設置されたヴァイオレット捜索の本部には我々の方から情報を提供しており、三島君にはこれからもアインスの状態の管理とケアに集中して貰いたいのだが、先日も伝えた頼みごとを少しこなして欲しい』

「人手が足りないから私が現場の責任者にヴァイオレットについての情報を説明する、ですよね?」

『うむ、彼から我々に直接顔を合わせて質疑応答をしたいとの連絡があってね。 君が直ぐに向かえる場所にいることもあってな、宜しく頼む。

 では早急なヴァイオレットの発見と捕獲を期待しているぞ、三島君』

「畏まりました、部長」

『うむ、では失礼する』

「はい、こちらも失礼致します」


 瑠奈は通話が切れたことを確認して自分も通話機能を終了させた。


 +++++


「はぁああああああああ……」


 瑠奈は自室のドアを開き廊下へ出ると深いため息をついた。


(こちらの事情を話して取引相手から突っつかれるのも仕事の内とはいえ、やっぱり気分が沈むな……おまけに今度の相手は警察か)


 先程の通話相手、部長の役職の男から任された現場責任者への説明という仕事の内容を思い浮かべ瑠奈は頭を抱えた。

 彼女はスマートフォンのボタンを押して現在の時刻を確認する。


(約束の時間に間に合うようにそろそろ準備するかな。 嫌なことはさっさと終わらせるとしよう)


 ふと瑠奈は消していた筈のテレビから音が聞こえてくる事に気付きリビングへと向かう。

 

(楓が帰ってきているのか?)


 瑠奈がリビングを覗き込むとテレビではローカル局の情報番組がイルフについての特集を放送していた。


『この国でもイルフがあらるゆる分野に普及してきましたよね。 それで先生、イルフ達が将来人間の立場を脅かしてしまうなんてことが起こりうるんですか?』

『結論から言うとまず有り得ないことでしょう。

 イルフ達は人間による整備無しには活動する事が出来ません。 イルフには自己治癒能力が備わっていますが、それも限界があります。 つまり人間に寄り添わずに活動し続けることは無理なんですね。

 また、イルフ達の自己成長能力についても無限に成長する訳ではありませんし、人間レベルで過去の経験を用いて未来を予測するなんて事も出来ません

 仮にそんな事が出来るイルフがいたとしたら、それは──』


「瑠奈」

「おおっ!?」

 

 突然後ろから自分の名前を呼ばれ驚く瑠奈。

 振り向くとそこにはキッチンで淹れたお茶の入った湯飲みを手にしていた楓が立っていた。


「なんだ楓か……びっくりした」

「すみません……驚かせてしまって」


 楓はわざとではなかったが瑠奈を驚かせてしまったことを申し訳なく思い彼女へ謝罪をした。


 心臓の鼓動を落ち着かせ一息つく瑠奈。

 それから彼女は楓に用事のため出かけることを告げる。


「ちょっと仕事で近くの警察署まで行くことになってな」

「今からですか?」

「ああ、向こうからの指定でな。 これから出かけてくるよ」

「帰りは遅くなりそうですか?」

「うーん、今のところはっきりしないかな。 遅くなりそうならまた連絡するよ」

「分かりました」


 瑠奈の言葉に頷く楓。 


 瑠奈はスーツに着替えて荷物をまとめると玄関の前へとやって来た。

 彼女を見送るため楓も部屋の奥から現れる。


「気をつけて下さいね」

「ああ、お前の事だから何もないと思うけど戸締りはしっかりな」

「はい、それでは行ってらっしゃい」

「おう、じゃ、行ってきます」


 瑠奈は玄関を出てドアの鍵を閉めると駐車場に停めてある自分の自動車に乗り警察署へ向かった。


 +++++


 移動中の自動車の中、瑠奈はヴァイオレットと戦うことを楓に求めたあの日曜日を思い出していた。


『私は戦闘用のイルフです。 戦うことが私の造られた目的です。』

『だって私は、廃棄処分にされるはずだった役立たずで出来損ないのイルフなのですから』


(あいつに生きる目的を与えてあげたいとは思うが、それが戦わせることなのは正直辛いな……それもヴァイオレットが相手か。

 出来ることならずっと一ノ瀬さんと楽しいことを味わったりする普通の日々を送ってもらいたいものだが、そういう訳にもいかないか)


 そう思案している内に目的の警察署に着いた瑠奈は自動車を駐車場の中へと入れた。


(さて、今日の先方はどういったお方かな?)


 日は沈みかけ警察署の建物に夜の闇が舞い降りる。

 瑠奈は自動車を降りると警察署の入口へ向かった。


 +++++


「──なるほど。 それで三島さん、そのヴァイオレットというのを野放しにしておくと将来どんな危険が?」

「対象はこのイルフが普及した社会に恐ろしい脅威となりうる可能性があります」


 警察署の個室。

 そこで瑠奈と刑事の男は二人だけで話し合いをしていた。

 椅子に座った瑠奈と机を挟み正面に座る男。

 彼の名は前田晋也まえだしんや

 まだ若い彼の階級は警部補とのことだった。

 瑠奈は話を続ける。


「先程話した通りヴァイオレットはイルフを暴走させる力を持っています。 イルフが普及した今の社会にとってそれは非常に危険なことです。

 ある日突然イルフが危害を加えてくる可能性。 そしてそのことが知れ渡ったらイルフに疑心暗鬼になった人達が、最悪イルフ相手に暴動起こすかもという可能性も考えられます」

「そんな恐ろしい存在を貴方達はきちんと管理もせず野に放ってしまったというんですか?

 で、貴方達はそのヴァイオレットとやらを捕まえてそれでお終いなんですか?」

「対象を捕らえた後にどうするのかは上から何も情報が降りてきていないので私の方からはなんとも……」


(実に曖昧極まる話だ……)


 晋也は微かに眉根を寄せると心の中で瑠奈の言葉を罵った。

 と、外から誰かが部屋のドアをノックした。


「話し中にすまん。 前田ちょっといいか?」

「はい」


 席を立ちドアを開ける晋也。

 そこには私服の刑事が立っていた。


「何か用ですか?」

「少し前、管内で……イルフが……」

「何ですって!?」


 私服の刑事の言葉に驚きの声を上げた晋也は眉を曇らせた顔で振り返り瑠奈へと話し掛ける。


「三島さん、すみませんが少し席を外させて貰います」 

「私もちょっと席を外させてもらっていいですか? 同居人に遅くなることの連絡を入れたいので」

「ええ、どうぞ。 それでは……」


 晋也の様子にただならぬものを感じ取る瑠奈。

 それは何か不吉な予感めいたものだった。


(何か事件か? 今日は楓と一緒に夕食は……無理かな)


 +++++


 自販機が並ぶ休憩所に場所を移した瑠奈。

 彼女はそこで楓に電話をかけることにした。


「もしもし、楓か?

 さっきも言った通り今日の帰りは遅くなりそうだ。

 ……ああ、そうだ、今その警察署だ。

 それと悪いんだが夕食は一人で食べてくれるか?」


 瑠奈はふと窓の外に目を向けた。

 日は完全に落ち、辺りは夜の闇に包まれていた。

 そこに配送用の荷物を運搬するための大型ドローンらしきものが空を飛んでいる。


「ああ……ああ……それから玄関の鍵を──」


 瑠奈が何気なくそのドローンを見ていると、何故だろうか?

 次第にその像が大きくなっていく。


「……ッッ!?」


 いや、大きくなっているのではない。

 

 それも建物の外と中を仕切るガラスを突き破らんとするような速さで。

 ドローンはそのまま猛スピードで窓ガラスにぶつかると──


 ガッシャァン!!


 +++++


「瑠奈? 何があったんですか、瑠奈!?」


 何かが砕け散るような音を最後に瑠奈との通話は途切れていた。


(さっきの音……それに電話が突然切れた……もしかして!)

 

 楓の頭に重機の暴走イルフと戦った夜のことが浮かんだ。


(あのときも一時的にスマートフォンが使えなくなった……何か嫌な予感がします)


 楓は玄関を出て家のドアに鍵を閉めると手摺に跳び乗り、更にマンションの屋上へと跳躍した。

 

(ただの思い過ごしであればいいんですが……)


 彼女は自分の不安が杞憂で終わってくれる事を胸の内で祈り、家々の屋根の上を川の飛石を渡るように跳び移りながら瑠奈がいる警察署へと急いだ。


(瑠奈……お願いです、無事でいてください)


 +++++


 楓が目指している警察署の裏の駐車場。

 そこには警察署を襲撃したドローンのイルフを撃退しようと幾人もの警官達が集まっていた。

 イルフは署内を見境なく暴れ回る。

 その現場にやって来る瑠奈と晋也。


「三島さん、怪我を!?」

「問題ないです。 それよりも……」


 二人はドローンのイルフと、それと格闘している警官達の輪に目を向ける。


「あれがさっきから管内で暴れ回っているというドローンなのか……?」


(なるほど、さっき前田警部補が呼び出されたのはこのイルフのためか)


 イルフの滅茶苦茶な暴れ方に驚いて思わず言葉を漏らす晋也。

 彼の後ろで聞いた言葉で瑠奈は先程晋也が席を外した理由に勘付いた。


 イルフは取り付こうとする警官達を払い除けるように急加速を繰り返していた。

 それを瑠奈は遠くから伺う。

 しかし警官達の輪を振り切り大型ドローンが瑠奈に向かって迫って来る。

 

「ッッ!!」


 一目散に逃げようとする瑠奈だったがドローンが速い。

 絶体絶命に陥る瑠奈。

 ドローンが瑠奈に向かい更に加速をして迫る。

 と、何かが闇夜の空を横切った。


「ハァッ!」

 

 バキィッ!

 瑠奈の背後から叫び声が聞こえた直後、彼女に突進してきたイルフが弾かれる。

 瑠奈の危機を救った者、それは彼女の後ろへ飛び込みイルフを叩き飛ばした楓であった。


「瑠奈、無事ですか!?」

「大したことは無い。 でもどうしてここに?」

「電話が突然途切れて瑠奈の事が心配になったので急いで来たんです」


 叩き飛ばしたドローンから目を離さず自分が警察署へやって来た理由を話す楓。

 楓は瑠奈に彼女を襲ったそのドローンの様子を尋ねる。


「あれはイルフ……暴走しているのですか?」

「みたいだ。 警察署に突っ込んで来て滅茶苦茶に暴れ回っている……来るぞ!」

「警察の皆さん達! 下がってください!」


 自分がイルフと戦うことを決め、周りの警官達に避難するようにと叫ぶ楓。

 楓の攻撃を受け一度は地面に落ちたドローンのイルフは再び浮き上がり、今度は攻撃を加えた本人、楓へと向かって体当たりを仕掛けてくる。


「くっ!」


 アスファルトの地面を転がりドローンを避ける楓。

 彼女はドローンの体当たりをやり過ごすと立ち上がりながら引き抜いた何かを宙へと放り投げる。

 それは車止めのブロックだった。


「当たれっ!」


 ドゴッ!

 楓はイルフに向かい強引に引き抜いたブロックを蹴り飛ばす。

 風を切り飛んでいった豪速球のようなコンクリートのブロックは派手な音を立ててイルフに命中する。


「やった!」

 

 ブロックを受けた衝撃でバランスを失い駐車場に落ちるイルフ。

 その光景を見て晋也はガッツポーズを取り声を上げる。

 楓は落下したイルフに駆け寄り動きを封じるため持ち上げて抱え込んだ。


(こんな僅かな間と狭い範囲内でイルフがまた暴走……偶然ではないでしょうね)

 

 二度も出会したイルフの暴走にヴァイオレットが関係していることを強く感じる楓。

 すると、

 ミキミキ……ミキミキミキ!!

 楓の腕の中にいるイルフの外装が突然音を立ててひび割れ、歪み、変形する。


「ッ!?」


 イルフの異変を見て咄嗟に放り出す楓。

 やがて音が収まるとドローンのイルフの四方に鋭く大きな刃が伸びていた。


(一体何が……?)


 姿が一変したイルフを目の当たりにして楓は恐怖のような感情を覚える。

 イルフは静かにふわりと浮くと、次の瞬間、

 ギィイイイイイ!!

 耳障りな叫び声の如き音を上げイルフは高速回転しながら楓へと襲い掛かって来る。


「なっ!?」


 予想だにしない出来事に楓はイルフの攻撃を躱し損ねる。

 浅く斬られた彼女の首から微かに液体が飛び散った。

 楓の首から流れ出たものは人間の血ではなかった。

 赤くはあるが仄かに光を帯びているそれは楓の模造された肉体を動かすためのエネルギー源だった。


(私の強化された皮膚をこうも簡単に!?)

 

 月の光を受け銀色に輝くイルフの刃。

 空気を切り、身を翻したイルフが再び回転しながら楓へと突進してくる。

 イルフを迎え撃とうと構えを取る楓。

 目を見開き一瞬の間合いを読み取ってイルフを上から叩き潰そうと手刀を繰り出す。


「シィッ!」


 だがイルフは放たれた手刀を風に舞う木の葉のような動きで躱す。


(速い!?)


 頭を振りすんでのところでイルフの刃を避ける楓。

 今度は彼女の頬が切り裂かれ輝く液体が滴り落ちる。

 最早、ただのドローンから大きく逸した機動をとるイルフは楓を攻撃した勢いそのままに空中へと昇った。


(こうなったら……やるしかない!)


 楓は意識を集中させる。

 そして力を込めてその『言葉』を呟く。


「最大稼働……!」


 楓を中心に熱気が立ち上る。

 彼女の髪はザワザワと蠢いて次第に光を帯び、さらに両腕が焼けた鉄の如く真っ赤な輝きを放つ。


「来い……!」


 空高くから急降下してくるイルフを鋭い視線で睨む楓。

 イルフは四方に生えた刃を楓の首の高さへ合わせると彼女へ恐るべき速さで一直線に迫り来る。 

 ギィイイイイイ!!

 瞬く間に距離を詰め楓の首を刎ね飛ばさんとした刹那──

 イルフの視覚から楓の姿がかき消える。

 楓の姿を見失ったイルフ。

 その時、赤い閃光が走る。


「切断ッ!」


 ザンッ!

 イルフの突進を身を捻りながら後ろへ倒れ込むようにして躱していた楓は、そのまま回転し上を通り過ぎるイルフを下から輝く腕の手刀で一閃した。

 だが、


(浅い!)


 楓からの一撃を受けても尚、イルフは空を飛び彼女から逃げるようにフラフラと距離を離す。


(遠いか!? だったら!)


 楓は立ち膝の姿勢になり掌を上に向けた左手を腰に構える。

 

「フゥウウ……」


 そして右手の掌を左手に合わせると、大きく息を吐き掌を擦るようにして右手を振り抜く。


「射出ッ!」


 振り抜いた右手から赤く輝く光の弾丸が撃ち出される。

 弾丸はイルフへと真っ直ぐ伸び──

 ドォンッ!

 直撃。

 夜の闇に激しく火花を散らして吹き飛んだイルフの外装と内部が弾け飛ぶ。

 楓の放った光弾の一撃をその身に受けたイルフは空中を不安定に浮遊していたが、直ぐに力尽きたように地面へと落下する。

 楓はイルフに飛び付くとありったけの力で抑えつけ、素手でプロペラを捻じ切った。


 暫くドローン型イルフの様子を伺っていた楓。

 だが事切れたように動きがないイルフの様子を見て確実に仕留めたと判断し力を緩める。

 その後、最大稼働状態を解くと意識を集中させて自分の状態を診断する。

 楓の様子を見て決着がついたのかと察し、隠れていた物陰から姿を現した瑠奈が警戒しながら近づいてくる。


「終わったのか、楓?」

「ええ、このドローン型のイルフは機能を停止しています」

「お前の状態はどうだ? 切り傷があるみたいだが」

「この程度の損傷、直ぐに治癒出来ます。

 それと自己診断してみましたが最大稼働の反動も前回の重機のイルフを破壊したときより大分軽いみたいです。

 これなら状態回復のための休養は必要ないかと」

「なら何よりだ」


 瑠奈は楓が大事に至ってない事を知り胸を撫で下ろすと視線をドローン型イルフへと移し、屈み込んでそれに触れた。


「瑠奈、突然姿を変えたこのイルフに一体何が起きたんですか?」

「こっちが聞きたいよ……考えられるのはイルフの自己成長能力に関係すること、かな」


 瑠奈は外装を突き破って生えているようなドローンの刃に目を向ける。


「だが普通ならただのドローン型イルフが殺傷能力を上げるための成長をする、なんてことが起こりうるとは思えないんだがな。

 しかもイルフがこんな短時間にここまで急激な変化をするなんて事例は見たことも聞いたこともない」


 瑠奈が自分の所見を述べていると二人の様子を遠くで見ていた警官達もまた近づいてくる。

 その警官達の人の群れから晋也が前に出て瑠奈に声を掛ける。


「三島さん、これもヴァイオレットと関係する事なのか?」

「確かなことは言えませんが可能性は高いと思います」

「こんなイルフの暴走がこれから幾度も起こるというのか?」

「奴が野放しになっている限りその可能性は消えません。

 それが私が申し上げた脅威ということです」

「なんてことだ……」


 瑠奈の言葉に形容し難い恐ろしさを覚え険しい表情になる晋也。

 と、晋也は楓に向き直り彼女の全身を観察すると瑠奈に問い掛ける。


「三島さん、この子は一体……? さっきの彼女の力は何なんですか?」

「私の同居人であり我々の心強い味方、といったところですかね。 後は追々説明します」

「私の事は三島楓と呼んでください。 宜しくお願いします」


 楓は晋也へ自己紹介をし、ぺこりと頭を下げた。


 月光に照らされた警察署裏の駐車場。

 そこには署内の警官達が次々と集まりつつあった。

 そんな中、楓は気付いただろうか?

 闇に紛れて警察署の屋上から彼女を見つめる瞳があることを──


 +++++


(こうしてまた姿を見られたことは嬉しい誤算だよ)

 

 屋上に屈み込み楓を見つめるその者は灰色のジャージを着た一際目立つ紫色の髪の若い男性、少年であった。


(まだイルフを完全にコントロールすることは出来ない、か……

 俺の目的のために力を付けたいんだが、この能力の差じゃ当分、あの人の前に姿を見せながらは戦えないな)


 少年は立ち上がると名残惜しそうに楓に背を向ける。


(でもいつか、また顔を合わせて話が出来ると良いな……

 それじゃあね、アインス姉さん)


 少年は屋上を蹴り宙へ舞う。

 そして誰にも気付かれることなく夜の町へと姿を消した──


つづく

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