03 二人の休日
「眠れない……!」
深夜の自室、ベッドの上で楓はひどく興奮していた。
明日は真依と遊びに行く約束の日であった。
(普通の高校生は初めて同級生と遊びに出かけるとき、こんな風に緊張するものなのでしょうか?
私はイルフであるはずなのに何でこんな感情があるのでしょう?
……私は何者なのでしょうか?)
他のイルフとは全く異なる自分はどういう存在なのかと考え始める楓。
(私は戦闘用のイルフとして生まれたはず。 人間そっくりなのは恐らくより人間に近いところで働くためでしょう。
瑠奈は私が造られた目的は要人等のボディガード用と言っていましたが、それにしては私の力は余りに強過ぎる)
真依を助けるために重機のイルフを破壊したあの夜のことを楓は思い出す。
(だとしたら人間の中に混ざっても違和感を感じさせない、人間の見た目をした戦闘用イルフを造る目的と言えば……暗殺)
楓の頭に暗い考えが浮かぶ。
楓はその考えを振り払うように頭から布団を被ると意識を集中し、自らを強制的に休眠モードにして眠りに落ちた。
+++++
真依が楓と遊ぶ日に決めた日曜日。
約束の時間より少し早くに真依は待ち合わせ場所の大型ショッピングモールのカフェへとやって来ていた。
そこには一際目立つ赤髪の少女がいた。
(あっ、三島さんもう来ていたんだ)
周りからの視線を気にしながらそわそわと時計を見ていた楓は黒のTシャツの上にベージュのマウンテンパーカーを羽織った出で立ちだった。
真依が楓の元へ近づくと楓も直ぐに真依のことに気付き彼女に軽く手を挙げた。
「こんにちは、三島さん。 待たせてしまいましたか?」
「いえ、私も少し前に来たばかりですよ、一ノ瀬さん」
挨拶を済ませると楓は真依に今日の予定を尋ねた。
「今日は何処へ行くかもう決めてあるんですか?」
「それなんですけど、まず映画を観るのはどうですか?」
どこか期待しているように聞く楓に真依は映画鑑賞を提案する。
「映画ですか……実は私、映画館で映画を観たことがないんですよね」
楓は独りごとを言うように呟く。
それを聞いた真依は楓へ向けて、
「じゃあ一緒に観に行きましょう! 家で観るのとはまた違って独特の迫力がありますよ!」
「なるほど。 では決まりですね」
楓が頷くと二人はエレベーターへ乗り込み映画館のあるフロアへ向かった。
+++++
ショッピングモール内の映画館へやって来た彼女達。
二人は上映時間と話題性で有名なシリーズのアクション映画を観ることに決めたのだった。
そしてチケットを買うため、券売機の前へやって来たところで問題が発生した。
「うーーーーーーん」
真依は券売機のモニターを凝視して固まってしまっていた。
(久しぶりに来たからやり方を忘れちゃったよ。
自分から三島さんを誘っておいてこれじゃあ……)
真依が操作方法に苦戦していると彼女の視界の横に人影のようなものが入り込む。
「何かお困りですか?」
「あっ、ちょっとチケットの買い方が……ッ!?」
声を掛けられた相手の意外な姿に驚く真依。
それは真依より少し背が低く、ライムグリーンの色をした下半身がローラーで動く人型のような姿をしていた。
「あっ、イルフのスタッフさん。 ちょっとチケットの買い方を教えていただけませんか?」
「畏まりました」
真依とは逆に平然としている楓からの頼み事をすんなり受け入れるイルフのスタッフ。
当然のように会話をする楓とライムグリーンのイルフを真依は隣で交互に見つめた。
「施設の案内用のイルフなんですか、この子?」
「ええ、こういった施設や店内の案内用イルフが最近徐々に普及し始めてきているらしいですよ」
「へー……」
真依がスタッフのイルフを珍しげに見つめているとイルフが自己紹介を始める。
「当映画館のガイド役イルフ、リーフです。 では券売機の操作方法をご案内させて頂きます」
「あっ、よろしくお願いします」
妙に緊張してしまう真依。
しかしリーフは丁寧且つ優しく真依に券売機の使い方を教えてくれた。
その後、真依はスムーズに二人分のチケットを購入することが出来たのだった。
「そちらの映画は2番シアターでの上映でございます。 それでは楽しい一時をお過ごし下さい」
リーフに見送られ真依達は上映シアターへと向かった。
「凄いですね。 最近のイルフってあんなに親切な接客も出来るんですね」
「記録された言葉と動作だけしか出来ないとはいえ自然な応対でしたね。
イルフは働けば働く程、その仕事が上手くなるように成長していきますから、これからもっと上手になるかもしれませんね」
そう話しているうちに真依と楓は2番シアターの指定した座席へとやって来た。
二人は椅子を下ろしてそこへと座る。
暫く雑談していると照明が落とされスクリーンに予告編が始まった。
「そろそろですよ、三島さん」
「なんかドキドキしてきました」
本編開始を前に楓の心は興奮していた。
そして待ちに待った映画本編の上映がスタートした。
+++++
シアター内に照明が灯り上映の終わりを告げる。
映画を鑑賞しに来ていた客達が座席を立ち上がり出入口へと向かって行く。
「どうでした、三島さん? 結構よかったと思うんですけど……三島さん?」
楓に観終わった映画の感想を尋ねる真依。
だが楓は真依の言葉には応えず俯き何かを呟いていた。
「み、三島さん?」
何か変な様子の楓を心配する真依。
その時、楓は突然顔を上げ、
「凄い! なんて迫力なんでしょう! 劇場で観る映画が家で観るのとここまで違うなんて!
特に音響! 爆発などの衝撃が起こるシーンでは日常では中々味わえない音で体の芯が揺さぶられる感覚を体験できるとは!
BGMのオーケストラもこれまた大迫力! その大音量で興奮が掻き立てられました!
映像も大スクリーンで観ると臨場感が──」
「ハハ……大満足だったみたいですね、三島さん」
「……ハッ!」
楓は取り乱すくらい興奮していたが苦笑する真依に気付き、落ち着きを取り戻すと今度は赤面した。
恥ずかしそうに縮こまる微笑ましい様子の楓を見ながら真依は次の予定を提案する。
「じゃあ次はお昼御飯を食べましょうか」
+++++
遅めの昼食をとりにレストラン街のイタリアンの店へと場所を移した二人。
真依と楓はメニューを開き注文する料理を決めていた。
楓はミックスピザを指差し従業員に注文した。
「私はこれで。 一ノ瀬さんも決まりましたか?」
「じゃあわたしは特製アラビアータのニンニク抜き、ぷんぷんぷんを」
(
楓は真依が頼んだ料理の内容を疑問に思っていたが、それを思い浮かべる前に真依から楓へ先程観た映画の感想を尋ねてきた。
「三島さん、さっきの映画どうでした? ビターな感じの終わり方でしたけど」
「一ノ瀬さんが言ったように大満足でしたよ。 少し哀しい結末も最後の儚げで哀愁漂う主題曲で何か込み上げて来てしまいました」
「良かった! あの主題曲、確かネットで配信されていたような……」
「本当ですか? ちょっと教えてもらえませんか?」
──暫くして二人が映画の話で盛り上がっていると注文した料理がテーブルへ運ばれてきた。
「わぁ! 美味しそう!」
「……!」
運ばれてきた料理に目を輝かせる真依とは真逆に楓はその料理を見て恐れ戦いていた。
パスタの中に見るだけで目が痛くなりそうなくらい大量の唐辛子が絡まっており、楓の髪など比較にならない程、真っ赤だったからである。
「一ノ瀬さん……これは……?」
引きつったような声を辛うじて出す楓。
そんな楓の質問に満面の笑顔で答える真依。
「ここの店ではですね、アラビアータを注文するときぷんぷんぷんって頼むと辛さを3倍にしてくれるんです!
ちなみに2倍はぷんぷんです」
(3倍……!? とてもそれに納まっているようには見えませんが……)
真依の注文した料理を見て震えている楓に気付いてか気付かないでか、真依は自分の味の好みを語り出す。
「わたし甘いものも好きなんですけど辛いものも大好きなんですよ。
でも勘違いしないでくださいね。 何でも辛ければいいってわけではないんです。
辛いものをもっと辛くするのが好きなんです。
それでは頂きます!」
「いえ、聞いてません……」
楓の心からの言葉は夢中で料理を食べる真依の耳には届かなかった。
「ああっ、スパイシー!」
+++++
その後二人は色々なところを見て回った。
学校で使う文房具を一緒に物色したり、立ち寄った本屋で楓から聞いたお勧めの本を真依が意を決して買ったり、アミューズメントパークでクレーンゲームを遊んだが目当てのものが取れず二人で悔しがったり──
そうして楽しい時間はあっという間に過ぎていった。
+++++
「はい、どうぞ召し上がってください」
歩き疲れたので少し休憩しようと彼女達はフードコートに訪れていた。
そこに並んでいる店から真依はアイスクリームを買って楓に渡した。
「悪いですよ。 いくらですか?」
「いいんです。 あの日のお礼をまだしてませんでしたから。
これで足りているとは思っていませんけど」
「そう、ですか……」
「? ……どうしました、三島さん?」
「いえ……」
楓はアイスクリームをスプーンで掬って口の中に入れた。
冷たく滑らかな舌触りと口に広がる甘い味と香りが心地いい。
フードコートの端からする声の方へ楓は目を向ける。
そこには楓達と同じ年齢くらいの女の子達の集団が楽しそうに会話をしていた。
「こうしていると何だか私達、友達みたいですね」
「えっ?」
自然と呟いてしまった楓の言葉を聞いて彼女の顔を覗き込む真依。
楓はしまったという顔をして口に手を当て視線をそらす。
「じゃあなりましょうよ、友達に」
真依は楓に笑顔を向けながら事も無げに言う。
「いいんですか? 私はイルフなんですよ?」
「もちろん! 三島さんがイルフだとしても、その前にわたしにとっては命の恩人なんですから。 わたしは、そんな三島さんと仲良くなれたらなと思っているんです」
楓の不安げな問い掛けに快く首を縦に振る真依。
楓はほっとした表情になり静かに喜んだ。
「嬉しいです……でもその前に一つお願いしたい事があります」
「なんですか?」
「貴方をトラックから助けた翌日、私は貴方に酷い態度をとってしまいました。 それを許して欲しいのです」
「許すも何もわたしは怒って──」
「貴方が私に恩を感じているなら、あの日の私を許してください。
そして、それを恩返しにして一度私達の関係を清算する、ということは出来ますか?」
(恩返し……清算……)
真依の頭に先程アイスクリームを渡したとき、どこか心のわだかまりのようなものを感じさせた楓の表情が思い浮かぶ。
(ああ、そうか……)
真依は気付いた。
自分が楓に恩を感じる事で彼女をどこか他人行儀に敬っていた、ということを。
自分が楓に感じる大きな恩が彼女にとって何かしらの壁となっていた、ということを。
そしてそれらがある限り二人は対等な関係になることは出来ない、ということを。
だから楓はそれらを清算したいと言うのだ。
気が置けない友達となるために。
「分かりました……あの日の三島さんを許します」
真剣な楓の願いに真依も同じく真剣に応える。
「ありがとうございます。 一ノ瀬さん」
「それから、わたしからもお願いがあるんですけど、なんで三島さんはあの時あんな態度をとったか教えて欲しいんです」
「それは……怖かったんです」
楓は語る、あの日の自分の心中を。
「あの日、咄嗟とはいえ貴方を助けてこの力を知られてしまった私は弱みを握られたと思いました。
学校中に私の力の事を言いふらされて化物か何かと恐れられるのではないかと思ってとても怖かったんです。
そして正体を知られてしまい学校を辞めざるを得なくなったら、わざわざ学校へ入れてくれた瑠奈の尽力をひと月もしないで台無しにしてしまうのではないか、とも……」
(だからあんな辛そうな様子だったんだ)
楓の気持ちを知り得心がいった真依。
さらに楓は堰を切ったように心の内を話しだす。
「ですが、一ノ瀬さん。 貴方は私を脅すことなどせず子供に泣きつかれ困っていた私を助けるために手を差し伸べてくれました。
それどころか今日、私と一緒に遊んでくれてイルフの私にもこの世界で楽しみを味わうことが出来るということを教えてくれました。
なのに私は貴方にあんな態度を……本当に申し訳──」
「ストップ」
頭を下げようとした楓の謝罪を中断させる真依。
「さっきも言いましたけどわたしはもう三島さんを許したんです。 まぁ、わたしから聞いといてなんですけどこの話はここでお終いです。
これでわたし達の関係は清算されました」
「一ノ瀬さん……」
それから真依は少し戯けた様子で楓に話しかける。
「という訳でわたしからトラックと重機から助けてくれたことへのお礼として三島さんへ何か奢るのはもうこれまでにしよっかなぁー?
それから三島さんからも何かわたしにご馳走してもらいたいなぁー……なんて、ね」
「フフッ、何ですかそれ?」
「冗談ですよ、フフッ」
真依の冗談に暗い顔をしていた楓が微笑む。
真依も楓の笑顔を見て笑うと二人してクスクスと笑った。
遠くで料理の出来上がりを知らせる呼び出しの電子音が鳴り響く。
楓と真依はファストフードの店で飲み物を購入して再び座っていた席へと戻った。
「ところで三島さん。 一ノ瀬さん、三島さん、じゃ堅苦しいと思いませんか?これからはわたしのことを真依って呼んで欲しいんです」
「えっ!」
真依の突然の提案に楓は目を丸くした。
(やっぱり一ノ瀬さんって結構大胆なところがあるんですね……)
楓は真依が夕暮れの公園で叫ぶように一緒に遊びに出かけようと誘ったあの日のことを頭に思い浮かべた。
真依の提案に応えようと彼女の方へ楓は改まりながら体を向けると、
「ええっと、分かりました。 ではこれからよろしくお願いします……ま、真依」
「こちらこそ、よろしくお願いします、楓!」
今日一番の輝くような笑顔で楓に笑い掛ける真依。
フードコートに集まっていた客達が次第に去っていく。
二人の休日も終わりが近づきつつあった。
+++++
「風紀のためとは言え酷いと思いませんか?」
「ええ、私もこの赤い髪の事で睨まれましたね」
ショッピングモールからの帰り道。
日は沈み、町は黄昏時を迎えていた。
真依を送っていくことにした楓は一緒に真依の自宅へと向かっていた。
彼女達は道すがら色んな事を話した。
勉強のこと、口煩かった家族のこと、流行りのゲームやドラマのこと、話題はまるで尽きなかった。
その二人の今の話題は学校の厳し過ぎる教師についてであった。
会話は盛り上がり、気付けば二人は真依の自宅の前へ到着していた。
「ありがとうございました。 楓が送ってくれれば間違いがないから安心しました」
「当然です。 トラックが突っ込んで来ても撃退出来ますからね」
「確かに!」
楓の冗談に真依も楓自身も一緒に吹き出して笑う。
「真依、今日は一緒に遊んでくれてありがとうございました。 本当に楽しかったです」
「私もです、楓。 また今度どこかへ一緒に遊びに行きましょう」
「ええ、是非。 また誘って下さい。
それでは、また明日学校で」
楓は真依とまた遊ぶことの約束と別れの挨拶をすると温かな気持ちを胸に真依の自宅を後にした。
+++++
「ただいま帰りました」
真依の家から自宅のマンションへと帰ってきた楓。
彼女は今日一日の事を振り返りとても上機嫌だった。
「おー、お帰り楓」
楓の帰宅の挨拶を耳にした瑠奈が部屋の奥から現れると楓を出迎えた。
「……何か良いことでもあったのか?」
「えっ!?」
心の中で舞い上がっていたのを瑠奈に見透かされたと思い狼狽える楓。
「図星か。 お前は結構顔に出やすいから注意したほうが良いぞ」
「もう、からかわないでください!」
ニヤニヤ笑う瑠奈の言葉を楓は否定できず、代わりに恥ずかしそうに怒鳴るのだった。
「悪い悪い。 ……で、いい気分のところすまないんだが任務の話だ」
にわかに真剣な顔になる瑠奈。
「お前達を襲ったあの重機のイルフの暴走だがやはり
「ッ!」
瑠奈のヴァイオレットという言葉を聞き鋭い目つきになる楓。
瑠奈は続ける。
「本社は警察と協力することにしたらしい。 これから合同でヴァイオレットの捜索と捕獲に当たれとのことだ。
お前にも奴と戦ってもらうことになると思う」
「問題ありません、私は戦闘用のイルフです。 戦うことが私の造られた目的です。
それに瑠奈達や誰かの役に立てるなら、それは私にとって本望です。
だって私は……」
廃棄処分にされるはずだった役立たずで出来損ないのイルフなのですから──
つづく
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