第2話 最も優れた魔法
その男は、集まった人波の中で間違いなく最も目立つ存在であった。
過剰なまでに装飾されたローブは遠目でも分かるほどに上等な代物であったし、それを纏うレダ本人もまた人目を引きつける容姿を持っている。
だがなにより耳目を集めているのは、彼の堂々とした振る舞い――いかにも宮廷魔術師然とした、権威溢れる所作であった。
ともすれば傲慢ともとれる華美で壮麗な存在感。これがオーラと呼ばれるものなのだろうか。
「いけすかねぇな」
隣で同じ景色を見ているリデルがバッサリと切って捨てる。絢爛な装飾品の数々に、職人としての美学に引っかかるものがあったのだろう。
人々の尊敬も嫉妬も信頼も劣等感も。全てがあの男に集っているかのような心地であった。
レダはどこか勿体ぶったような緩慢な動きで壇上に登り、丁度口元の高さに備え付けられていた金属の札に向けて言葉を発した。
「皆さん、始めまして。この度宮廷魔術師と相成りました、レダと申します」
びりびりと振動を伴う大きな声が耳元に届く。明らかに声を張り上げるような喋り方ではないのに、この声量。恐らく拡声の紋章魔術を使用しているようだが、
「わり、そういえば拡声の紋章魔術の出力先、時計台にしてたわ」
「ああ、時計台のメンテって紋章魔術のことだったんですか」
耳を押さえたポーズのリデルが全く申し訳無さそうな調子で笑う。
どうやら壇上の紋章から入力された音声を増幅し、時計台から出力する紋章魔術が組まれているらしい。
高い位置から音声を響かす紋章魔術によって、広場のどこにいたってレダの声を聞くことができるというわけだ。……時計台の中にいるリリエリ達にとっては、いささか大きすぎる音量であるが。
「私は宮廷魔術師として、あらゆる脅威から人々を守るために尽力することをここに誓います」
わっと地上で歓声が上がる。
彼の温和な声色は、魔物の脅威に囲まれている人々を鼓舞する力を持っていた。まるでこのために誂えたかのように。
「……堅苦しい話は、ほどほどにしましょう。今日は皆さんに、私の魔法をお見せするために来たのですから」
硬質な物がぶつかる音を拡声魔術が拾った。レダが杖を演壇に打ち付けた音であった。
この世界において、魔法使いは貴重だ。
とはいえ、リリエリも一応冒険者の端くれである。手で足りる回数ではあるが、魔法使いに同行して壁外を冒険した経験があった。
その際は掌から拳大の火球を飛ばすとか、水を操り魔物の口元を沈めるといった魔法を見ることができたものだが。
国の頂点、宮廷魔術師による魔法とは、一体どのようなものなのだろう。
興味に満ちた民衆の視線が壇上のレダに集まっているのがわかる。リリエリもまた、宮廷魔術師による奇跡の所業を見逃すまいと、じっと男の姿を眺めた。
……何も起きない。
火花が弾けるでも水が踊るでもない。期待によって生み出された静寂が広がる中、男は何もせずそこに立っているだけだ。
自分はなにかを見逃したのだろうか?
さらに注意深くレダを見ようとリリエリがぐっと身を乗り出したとき、ふと違和感に気がついた。リデルもまた、同様の疑問を感じたようであった。
「……なんか、暑くないか」
「ですね……?」
特に額から頭頂付近が暑いような気がする。その感覚につられ、リリエリは広場の上空に視線をやった。
太陽が浮いている。
比喩だ。太陽が広間の直上に存在しているわけがない。だが太陽と誤認するほどの火球がそこに――レダの頭上に、生じている。
「……なぁ、アレは魔法なのか?」
「……わからない、です」
紋章もなく、無から火を生み出す御業。人々はそれを魔法と呼ぶ。小さい子供でも知っているあたり前のことだ。
それでもリリエリにはわからなかった。視覚から入ってくる情報を、頭が勝手に否定していた。自分の経験との差が、余りにも、余りにも大きすぎるのだ。
がつ、ともう一度硬い音がする。
それに合わせて頭上の太陽が粉々に砕け、無数の火花に変わる。真昼の空に星が溢れ出したかのような、幻想的な景色であった。
レダが杖を打ち鳴らす度、上空に火が、水が、雷が、光が閃き消える。見栄えをなにより重視した、美しいばかりの魔法だ。
だが、もしあの規模の魔法が地上で放たれたならば。
リリエリは、エルナト森林一帯が焼け野原になった光景を想像した。レダなら容易にそれを成せるだろう。まさに今リリエリの眼前で行われている魔法がその確たる根拠である。
……これが宮廷魔術師。これが、S級冒険者。
一際強い光がリリエリの目に差し込んだ。レダが掲げた杖の先から迸る、天を割らんばかりの一条の稲妻によるものであった。
一拍の静寂。誰も言葉を発せない広い空間に、レダの声だけが響いた。
「新たな魔法使いの誕生を期待しています。共に世界に平和を齎しましょう」
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