第3話 堂々たる



「なんつーか、すごかったな」


 眼下の広場は帰宅の途に着く人々でごった返していた。現実離れした魔法を披露した宮廷魔術師の姿は既になく、一時の祭は徐々に終息を迎えつつある。


 そんな光景を時計台から眺めながら、リデルはぽつりと溜息にも似た言葉を溢した。


「あんなモノ見せられたら誰だって魔法に憧れちまうし、誰だって魔法っつー奇跡を心から信じることができちまうよ」


 どれ、とリデルはパチリと一つ指を鳴らした。瞬間、リデルの手元で微かに火花が瞬く。煙草に火をつけることすらできない、小さくか細い魔法であった。


「……まぁ、出来そうと出来るは違ぇわな」

「でも、今日を境に魔法が扱えるようになる人も、きっといるんでしょうね」

「誰でもぽんぽん魔法が使えるようになっちゃあ、彫刻師としての商売は上がったりなんだがね」


 レダのような人間の存在は、魔法の存在を強く現実として人々の心に焼き付けたことだろう。

 確実にそこにあるものとしての魔法、そのイメージ。宮廷魔術師によるパフォーマンスは、人々の関心を十二分に魔法に惹きつけた。……もちろん、リリエリの心だって。


 リリエリはぎゅっと自分の右手を握り込み、そっと開いた。パチっと一度薪が弾けるような音がして、それきり何も起きなかった。

 ……自分に才能がないことは重々知ってはいたけれど。一度膨らんだ期待が萎むのは、やっぱり少し悲しい。


「ちょっとでも魔法が使えたら、私もB級くらいの冒険者にはなれましたかね」

「まぁ、あれだ、リリエリはアタシの中じゃあとっくに特級冒険者なんだ、そう気を落とすな。何も魔物と戦うだけが冒険者じゃないだろ。それに、世の中魔法が使えるやつの方が少ないさ」


 魔法が使えない人々のための紋章魔術。そのための彫刻師、だろ?

 そう言ってリデルはリリエリの肩をバンバン叩き、完璧なウインクを決めてみせた。


 ……どうやら自分は随分しょぼくれた声を出していたらしい。

 リリエリは余計な気を使わせてしまったことを恥じた。だが、それ以上にリデルの温かい励ましがありがたかった。


 帰途は未だに混雑している。広場の賑わいが落ち着きを見せるまでの間、二人は他愛もない友人同士のおしゃべりに興じた。

 宮廷魔術師の服装は豪華絢爛が過ぎていっそ悪趣味だったとか。遠目で見えなかった杖の素材を想像し合ったりだとか。


 ひっきりなしに依頼を受けては壁外に出ているリリエリにとって、ゆっくり友人とおしゃべりする時間は貴重だ。


 穏やかで尊い一時であった。すぐに嵐の前の静けさと知ることになる。



■ □ ■



 貧乏暇なしとはよく言ったものである。

 リリエリもまた例に漏れず、壁外での冒険、採取した物の加工・納品、次の冒険の準備と忙しなく日々を回している。


 リデルに誘われて宮廷魔術師の見学に行った今日だってオフの日ではない。自宅に戻ったら陰干ししていた薬草類を回収したり、保存食を仕込んだり、魔物が忌避する臭いを放つポーションを作ったりと、やるべきことは無限に存在していた。


 足が悪く戦えないリリエリにとって、事前準備は唯一にして最大の命綱である。……いや、命綱であった。


 今のリリエリが持つ最大の命綱はヨシュアだ。

 彼の人並外れた身体能力は、リリエリにとっての攻撃手段であり、防御手段であり、移動手段である。


 もちろん、文字通りおんぶに抱っこでは良心が痛んで仕方ないので――リリエリにも一端のプライドがあるので、ヨシュアにできず自分にできることなら何でも全部やってやるという気概は持っている。


 それでも、一方的に助けられていると感じてやまないのは、ヨシュアが埒外の能力を有しているに他ならない。

 ヨシュアは強い。S級冒険者の資格はけして飾りではない。


 ――そんなヨシュアの姿を、リリエリはここ十数日ほど見ていない。

 依頼を達成した後、用事があると言った彼と壁外で別れて、それきり。


 ヨシュアは今、どこで何をやっているのか。

 帰り道、エルナトギルドに続く通りを横切る道すがら、リリエリはふとそんなことを考えた。


 ヨシュアとリリエリは冒険者として命を預け合う関係であるが、翻して言えばそれ以外のつながりはない。

 ヨシュアは自分の話を余りしない質であるし、詮索は余計なお世話だろうと冒険時以外の過ごし方を深く追求するつもりはなかったが、……こうも長く所在不明だと流石に心配が勝るものだ。


 とはいえ連絡手段があるでもなし。

 それにヨシュアほどの強さがあれば、そうそう大事に至ることもあるまい。


 リリエリにできることは、ヨシュアの帰りを信じて待つことのみである。


「ヨシュアさんが戻るまでに色々仕込みとか済ませたいところですね」


 今日やる作業を頭に並べつつ、リリエリは自宅の扉を開けた。かつ、と杖が床を打つ音が変わった瞬間、今日も無事に帰ってこれたと安堵する。もはや癖のようなものだった。


 ただでさえ狭いスペースを、様々な植物や素材が圧迫しているような住みづらい家だ。それでもリリエリにとっては都も同然。勝手知ったる我が家の中、いつものように奥へと歩みを進め、


「よお。邪魔してるぞ」


 男が一人、我が物顔で部屋の中央に鎮座ましましているのを目撃した。

 知り合いではない。だが知っている。なんならさっき見たばかりだ。


 宮廷魔術師レダ。堂々たる不法侵入であった。



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