リデル問わず語り③


 そんで、次にリリエリがアトリエ・リデルにやってきたのは、だいたい一月程度が過ぎた頃だった。


 最初の一週間は楽しみに待っていたんだが、二週間を過ぎたあたりで諦めたんだろうなって思ったよ。本音を言うと、ホッとした。冒険者なんて辞めちまって、壁内で安全に暮らす方を選んだんだなって。


 三週間、四週間が経って、そんな依頼をしたことすら忘れた頃に、リリエリが帰ってきた。手にでっかいでっかい麻袋を携えてよ。

 

「遅くなってすみません。ヒメシロスズラン、採ってきました」

「あぁ? ……あぁ! あの時の杖のお嬢ちゃんか」

「リリエリといいます。こちらが依頼の品です。中身を確認していただけますか?」


 その時リリエリが手に持ってたのは、こんぐらいの……一抱えできるくらいの大きさの袋だったんだけど。それを見た時、アタシはとてもガッカリした。とてもじゃないけど足りる量じゃないと思った。


 でも納品数不問で依頼したのはアタシだからな。中身を確認して、ある程度の依頼料を支払って、それで仕舞いにすることにしたんだ。残念だけどこれじゃ足りねぇよってな。


 ……袋を開けて驚いた。中身、全部根っこだったんだよ。


 根茎に強い毒があるって言った記憶はある。でも、普通は丸ごと引っこ抜いて持って来ないか? リリエリはヒメシロスズランを採取するだけじゃなく、花と茎と葉と根を選り分けて、そんで根の部分だけをアタシに持ってきたんだ。


 袋いっぱい全部根茎。この量だったら、もしかしたら足りるかもしれない。

 やりたい放題紋章魔術を刻むことこそできないが、例えば付与する紋章魔術を一種類に絞るとかすれば十分可能性はある量だった。


「こいつはたまげたな、アンタのことをみくびってたよ。これだけあれば、歩行補助くらいはつけられるぜ」

「あ、えと、」

「別に歩行補助じゃなくてもいいよ。回復の紋章魔術とか、防御とかにする? この量だと一種類しか刻めねぇけど、」

「あの、まだ外にいくつか置いてあるんです」

 

 いくつかとか言って、結局リリエリは何袋持ってきたと思う?

 七だよ七。アイツは全部で七袋も持ち込んできたんだよ。


 やる気あるじゃんとか、実力は十分足りてるなとか、そういうの全部超えたよ。

 コイツ馬鹿だ、って思った。これ、リリエリには内緒な。


 一袋でもギリ足りるところを、七袋。紋章魔術盛り盛りにしても杖が三、四本は作れちまうよ。

 しかも根っこだけでこの量ってことはだ。花茎葉を合わせるとどんだけ採ってきたんだよってなるだろ。……これらも後日納品されたけど、数にして合計、えーと、十? 二十? 数えてねぇな。多過ぎたからな。


 行きに一日、川縁で四日間ぶっ続けで採取して、帰りにまた一日。で、最後の一日だけ休日。これは後から聞いた話だが、リリエリはこんな一週間を計四回繰り返してきたらしい。

 見てねぇけど、想像はつくよ。エルナト森林の川縁はすげー見通しよくなってたんだろうな。ヒメシロスズランというヒメシロスズランが全部全部引っこ抜かれてよ。


 そういえば、アンタ知ってる? リリエリの二つ名。“雑草刈り”っていうんだよ。

 うん、アタシも初めて聞いた時は蔑称だと思った。リリエリ自身も、あまりこの呼び方はされたくないみたいだしな。


 ……リリエリに植物採取系の依頼を頼むと、その植物が生えてる地帯がくり抜かれたみたいにまっさらになるんだと。薬草も毒草も例外なく、雑草を根絶やしにするみたいに、完膚なきまでに。んで“雑草刈り”。

 よっぽど採取が好きなんだろうな。一人だと自制が効かなくなるっつってたよ。アンタ、リリエリのストッパーになってくれよな。


 話が逸れたな。

 とにかく、アタシによる力試しはリリエリの完全勝利で幕を閉じた。

 こうしてアタシは自分の持てる技術を全部使ってリリエリに最高の杖を作ると約束したんだ。


 結構な自信作ができたんだぜ。ベースに星鋼を使って、歩行補助の他にもありったけの紋章魔術を刻み入れてんだ。簡易的な魔物避けとか、狭い範囲だが周囲の温度を上げたり下げたりだとか、壁外で長時間活動するのに便利なやつをよ。


 外側は白桜鉄でコーティングしたんだ。紋章魔術の保護のため、それから見栄えのためだな。白桜鉄は白地にやや赤みがかった金属光沢を有してて、日常生活の杖としても上等なものを拵えた。


 それだけじゃねぇ。杖の中に星鋼の刃を入れ込んで、仕込み杖にしたんだぜ。……これはリリエリには内緒でやったんだけど、あんまりお気に召さなかったみたいだ。

 リリエリは最初から戦いをしない前提で壁外で活動してる。剣を振るう機会が来た時点で負けが確定してるようなものだから、って言ってたな。


 仕込み杖、ついぞ使わずじまいだったんだろうなぁ。杖、つい最近壊れちまったんだって。物はいつか壊れるもんだ。壊れるもんだが、あの杖には思い入れがあったから、やっぱり少し寂しいよ。

 ……なぁ、アンタちょっと顔色悪くないか? 気のせい? ならいいんだけど。


 ……長く話しちまったな。これがリリエリとアタシの出会いの話だ。

 これ以降リリエリはアトリエ・リデルをご贔屓にしてくれるし、アタシも腕のいい冒険者に直接素材の採取をお願いすることができるようになった。

 なんか珍しいやつとか、とにかく量が欲しい時とか。この手の類はリリエリの右に出るやつはいないよ。惜しむらくは、リリエリはC級冒険者だから、難易度の高い地域には入れないっつーことなんだが……そこはアンタがカバーしてくれるんだろ?


 さぁ、アダマンチアの最終調整が済んだぞ。握り心地は? 仕様に心残りはないか?

 オーケー。不具合があったり、使いにくいところがあったらいつでも相談してくれよな。


 ……さっきも言った話なんだけどさ。

 リリエリはずっと逃げる隠れるに特化して技術を磨いてきた。得意分野の採取だって、長い長い時間をかけて一つの大きな成果を得るタイプだ。

 団体行動には極めて向いてない。なのにソロでの活動にも制限がある。窮屈そうに冒険者してたよ。


 でも、アンタと組んでるリリエリは明るい。

 アンタの何がリリエリをそうさせているのかはわからないけど、……リリエリと組んでくれて、本当にありがとう。これからもリリエリを、よろしくな」



 リデル問わず語り 完

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