リデル問わず語り②



 リリエリの話をまとめるとこうだ。

 自分は冒険者だ。足が悪いため歩行補助の紋章魔術が付与された杖を使っていたが、活動中に壊れてしまった。原因は強度不足だったため、次は強い杖が欲しい。


 要するに、星鋼の杖に紋章魔術を彫り込んで欲しい、って注文さ。


 理路整然としてる風ではあるよな。ちっちゃくて足の悪い傷だらけの少女が言ってるんじゃないならな。

 でも、納得はいったよ。冒険者として壁外に出てたんなら、身体中傷だらけになることもあるだろうさ。壁の外なんて、単なる職人のアタシから見たら魔境もいいところだからな。


 そんな魔境に、足の動かない少女が出て行こうとしてたんだ。そんなん止めるよな、普通。客の希望を叶えるためならなんでも挑戦してやるけどよ、叶える希望は選んでるんだ、これでも。


「いやいやいや、アンタ足が悪いんだろ。傷だらけだしよ、悪いことは言わねぇから、これを機に冒険者をやめた方がいいんじゃねぇか」


 今にして思えば随分失礼なことを言ったもんだ。でもリリエリは気を悪くした顔も見せずに――たぶん、こんな言葉、耳にタコができるほど聞いてきたんだろうな。だって次の言葉、すげー言い慣れてたんだもん。


「確かに戦ったりとかは難しいですが、これでも色々できるんですよ。採取とか、料理とか、調査とか」


 アンタも知ってることだろうが、リリエリは結構多才な奴だ。でも、そんなん言葉だけでは分かりようがないよな。目の前にいる客が足の動かない傷だらけの少女である事実は変わらない。アタシは穏便にお断りしようと思ったんだ。


「……アンタに杖は売れねぇ。考えてもみろ。もしアタシが作った杖でアンタが壁外に出て、そんで死んじまったらどうすんだよ。そんなの、アタシがアンタを殺すようなもんだろうが」


 ……穏便だったよな? 穏便過ぎたみたいで、リリエリは引かなかった。とにかく、本当に、頑として譲らなかった。


「私、死にません。今までもずっと生き延びてきました」

「そんな傷だらけで言われても説得力ねぇよ。それにこれからも生きていける保証はないだろ」

「生き延びる術には詳しいんです。依頼だって、選びはしますが、ちゃんと出来ます」

「アタシだって仕事は選ぶ。むざむざ若人の未来を潰す趣味はねぇ。アンタは自分を冒険者だって言うけどよ、その足、動かないんだろ? 杖があろうが無かろうが、アンタが一人前の冒険者としてやっていけるとは思えない。アタシはアンタに杖を作るつもりはない」


 なんとか諦めて欲しかったから、結構強く言ったんだ。キツイ言葉も、言ったと思う。

 それでも、リリエリは諦めなかった。


「一人前の冒険者だって証明できたら、杖を作ってくれますか?」


 今でもはっきり思い出せるよ。リリエリの目は、熱した鉄みたいに力強く輝いていた。その目を見て、ああコイツは何度打っても折れないだろうなって確信したんだ。冒険者として死ぬ覚悟なんて、とっくのとうに決まっていたんだろうな。


 だったらアタシが止めるのは野暮ってもんだ。とはいえ客をみすみす殺すわけにもいかねぇ。だからアタシは、杖を作るための条件を出すことにした。


「アンタの望みの星鋼に紋章魔術を刻む方法はまだ存在しない。だがアタシは一つアイデアを持ってる。……ヒメシロスズランって知ってるか」

「知っています。エルナト森林内に流れている川の周辺に生える植物ですね。強い毒性を持っている」

「話が早いな。ヒメシロスズランの根茎はかなりキツイ毒がある。大量に煮詰めれば、星鋼だって腐食させることができるんだ。これを使えば、星鋼に紋章魔術を彫り込むことができるとアタシは睨んでる。……いわゆるエッチングってやつだな」


 ちょっと試す機会があったんだが、これがどうも上手くいきそうでよ。でも技術として確立するには、でかい問題が二つばかしあった。


 一つ。ヒメシロスズランの自生地はちっとばかし危険な場所にあるという点。

 周辺を森に囲まれた川縁だからな。色んな獣が水を求めて現れるし、デカめの虫も飛んでるらしい。冒険者等級で言えば一番下のランク――C級の地域だが、基本的に長居する場所じゃねぇな。


 二つ。とにかくめちゃくちゃな量のヒメシロスズランが必要である点。

 マジで笑えてくるほど量がいるんだよ。煮詰めて毒を濃縮するんだが、ちょっとやそっとの量では星鋼はびくともしない。星鋼に紋章魔術を彫り込みたいんだったら、何百株という量が必要だ。


 冒険者としての力量を示す。星鋼の杖を作るための材料を集める。

 一石二鳥の良い案だったと思わないか?


「つまり私は、ヒメシロスズランを沢山採ってくればいいんですね」

「そうだ。ただし具体的にどのくらいの量が必要なのかは教えない。アンタが一人前の冒険者だって示せるだけのヒメシロスズランを採ってきな。これは親切心から言うが、山ほど必要になるからな」

「わかりました。少し時間をいただきますね」

「どれだけ時間をかけても構わねぇよ。もちろん、諦めたっていい。危ないと思ったらすぐに投げ出しな」

「そんなことしませんよ。じゃあ、行ってきます」


 正直言ってだいぶ無茶な依頼をしたよ。納品数が不明な依頼があるかってんだ。

 でもまぁ、リリエリだってアタシに無理難題を注文してんだからお互い様だよな。星鋼に紋章魔術を彫り込むっつう、技術が確立されてないもんを注文されたんだから。

 リリエリって割と無茶言うし無茶するんだ。アンタも気をつけておけよ。


 まぁ、そういうわけで、リリエリは文句一つ言わずにアタシの依頼を受け入れた。そんで、小さく頭を下げてから、カツカツと杖の音を立てて店を出て行ったよ。

 

 今話してて気がついたんだが、あの時リリエリが使ってた杖は紋章魔術も何もないただの木の杖だったな。そりゃそうか、リリエリは杖が壊れてたからアタシの店を訪ねてきたわけだし。

 となると、なんだ。……リリエリはあの杖でアタシの依頼をこなしたのか?

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る