愛刀かくあれかし⑤
「アダマンチアの剣を、出せるかもしれない」
そう呟くように言ったリデルは、すぐさま派手な音と共に立ち上がり、周囲の机を思い切り揺らしながら店の奥へと駆けて行った。
脇の机に積まれていた設計図のような紙束が雪崩のように滑り落ちていく向こう側で、本日何度目かのやばめな騒音が聞こえてくる。
ここはそういう店なので、と弁明しなければいけない気持ちにリリエリは駆られた。ヨシュアはただ、そうかと頷くだけであった。ヨシュアの動じなさ、大変助かる。
「アダマンチアってなんだ」
「鉱石を食べる亀の背中に形成される、珍しい鉱石です。前に他所のパーティにお邪魔させていただいた時に、偶然採取する機会がありました。硬度に優れた鉱石ですが、流通量の少なさから加工技術が全く発展していなくて、リデルさんですら融かすので精一杯だった覚えが……」
「でも融かせた! 融かせたんなら、やりようはある!」
遠くからリデルの声が聞こえる。ほとんど叫ぶに似た音量であった。
ガタガタと木製の何かがぶつかる音に続いて、木箱を抱きかかえたリデルが戻って来る。最初にヨシュアが壊した剣がちょうどすっぽり入るサイズの、細身の箱であった。
弾んだ息を整えることもせず、リデルは性急に箱を開けた。
「リデルさん、これ……!」
「アダマンチアの剣、的なやつだ!」
中から現れたのは、剣に似た形状の無骨な金属塊であった。
刃先から柄まで全てが単一の素材で作られており、見た目こそ幅の細い長剣の形をしているが、けして剣ではない。刃が潰れている。……いや、潰れているというより、これは。
「アダマンチアは加工できないと聞いたが」
「そうさ、アダマンチアを加工できる奴はいない。だから、加工していない。……これはただ剣の形をしているだけの、なまくら未満の代物だ」
融かしたアダマンチアを剣の型に流し込んだだけの金属塊。鍛造も研ぎも磨きもなく、ただ鋳造のみが行われた、刃の無い不完全な剣。
「本来ならこんなもの、恥ずかしくって客には見せられねぇよ。でもそれは職人としてのアタシの気持ちだ。アトリエ・リデルの店主として、客の希望を叶えるためなら、例え恥をかこうが可能性を捨てるわけにはいかねぇよな」
この剣に切れるものはないだろう。なんなら剣と呼ぶより棒と呼んだほうが実態に近いかもしれない。
それでも、この剣が。この剣だけが。
この世界にたった一つの、アダマンチア製の剣である。
「これが折られたらもう、アタシに出来ることはない。……試してくれ」
リデルはどこか晴れやかな顔つきでヨシュアに剣を差し出した。ヨシュアはそれを、勲章を拝命する騎士のように神妙な面持ちで受け取った。
「本気で力を入れていいのか」
「当然だ。手を抜いたら殴るぞ」
「……わかった」
小さな呼吸音の後。
ヨシュアは剣に向かって、思い切り膝を叩きつけた。
金属同士がぶつかり合うような大きく不快な音が店内に響く。リリエリは結果を見ることが恐ろしく感じられて、一度強く目を瞑ってしまった。だが見ないままでいるわけにはいかないだろう。嫌な未来の想像を振り切って、リリエリはヨシュアの手元を直視した。
鈍い灰色をした金属は、そのままの形でそこにあった。
「折れてない! リデルさん、これなら!」
「ああ、これなら売ってやれる、アンタらの希望を満たせる!」
手を取り合って喜ぶリリエリとリデルの姿を見ながら、ヨシュアはそっと自分の膝に手を当てた。一切の遠慮もなくアダマンチアに打ちつけた結果、ヨシュアの膝は大変痛い思いをしている。それほどまでに頑丈な武器。久方ぶりに手にした、新たな愛刀になり得るかもしれない剣。
元より使っていた愛刀は邪龍に呪われた折に壊れた。以降武器を用いようと思う気持ちすら失せていた。武器なんて必要ないと、もうどう在ってもいいという気持ちで今日まで在ったわけであるが。
軽い力でアダマンチアの剣を握る。研磨もされていない柄はザラザラとして握りにくいが、どうしてかすっと手に馴染むような心地がする。
武器を持つ。なんだかとても人間らしい行為だと、ヨシュアは思った。
愛刀かくあれかし 完
「ヨシュアさんが武器を持って来なかったのは、扱える武器がなかったからだったんですね。私、勘違いしてました。今までずっと、好き好んで手ぶらで依頼に臨むヤバい人なのだとばかり」
「…………」
「……今どうして目を逸らしたんですか?」
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