愛刀かくあれかし④


 そういうわけで、ヨシュアは合計八つの武器と三つのなんだかよくわからない物を破壊した。作業台の上には累々と転がる金属によって築かれた小山が誇らしげに聳えている。

 なんだか途中からとても楽しくなってきて、ヨシュアが金物を曲げるたびにリリエリとリデルは歓声を上げた。破壊こそ芸術だ。


 元はフライパンであった金属塊を繁々と眺め、リデルは満足げに息を吐いた。


「いやぁお見事。まさか用意したやつ全部やられるたぁね。いいもん見れたぜ、色々改良点とか掴めそうだ。ありがとうな」

「……罪悪感が、強いんだが」

「気のせい気のせい。お題も結構。アンタが壊したのは客に売れないガラクタばかりさ。……最初のやつ以外は」


 ガラクタとリデルは言うものの、中には十分実用に耐えるレベルの武器も混じっていたような気がするが……深く考えるのはよそう。リリエリは思考を切った。店主のリデルが良いと言ってるので良し。それが全てである。


「それで、その、そろそろ次の武器を見せてもらえないだろうか。壊すためのやつじゃないものを。できればこの店で一番強い武器を見せてくれると嬉しい」

「ああ、アンタが二番目に壊したやつだよ」


 あっけらかんとリデルは言って、小山の麓から小さな金属片をヨシュアに投げて寄越した。元々はナイフだった破片だ。

 青みがかった光沢を纏った美しい装飾の大ぶりのナイフは、ヨシュアの膝によってその役目を終えていた。思い返せば、ヨシュアが足を使って壊した武器はこのナイフだけである。


「アンタの言う“壊れない”武器はウチにはないよ。他の店をあたりな、……って一応は言うけどさ。他の店に希望の品があるかどうかは正直わかんねぇなぁ。星鋼以上の硬度の武器なんて、ここいらじゃそうそう聞かねぇもん」

「そもそも星鋼に紋章魔術を彫れる技術者はエルナトではリデルさんだけです。もっと大きな都市であれば、もっと強い武器も流通してるのかもしれませんが……」

「エルナトみたいな田舎じゃあ出回らねぇよな。……そもそも、星鋼を生身でぶっ壊せる奴が、どうして武器を欲しがってんだ?」

「勧められたんだ。そろそろ武器の一つでも買ったほうがいいと。だから武器が欲しい」


 淡々と答えるヨシュアの声を聞きながら、リリエリは長い針が刺さるような後悔を抱いた。


 どうして自分はヨシュアに武器を勧めたんだっけ。ヨシュアがいつも手ぶらで依頼に臨むからだ。身を削りながら魔物と戦う姿が痛々しく見えたからだ。冒険者であれば武器を持っていて当然と、そんな固定観念が自分の中にあったからだ。


 ヨシュアが武器を買いたい理由は、リリエリがそう勧めたから。ただそれだけ。

 ……リリエリの判断が正しい保証なんてないのに。


 ヨシュアは強い。リリエリの想像なんて軽々と超えていく。エルナトを出たことがないリリエリの狭い世界では、この人間を上手に測ることができない。

 そんなヨシュアに、武器を持った方がいいだなんて。完全に要らぬ世話を焼いた。明らかにお節介な提案だった。良かれと思って干渉しすぎた。


 勧めた身で言うのは申し訳ないんですが、余計な口出しをしてしまったかもしれません。

 私の言葉なんて忘れて、ヨシュアさんはヨシュアさんのしたいようにしてください。


 リリエリはいつの間にか俯いていた顔をあげ、そう口にしようとヨシュアを見た。

 ……言えなかった。ヨシュアの言葉の方が早かったためだ。


「……俺自身も、武器があった方がいいと思っている。そうすれば、多くのものを守れるから」


 自分の言葉で語る、ヨシュアの気持ち。リリエリはヨシュアの一言一句も取り落とすまいと、聞こえた言葉を二、三度と頭の中で繰り返した。


 ヨシュアはけして惰性や無思慮にリリエリの提案に賛成したわけではなかった。リリエリの意思を尊重し、自身の考えでもって今この場に立っている。

 

 今までの彼の言動を思えば。

 ――これは結構、すごいことなのでは。


「……気持ちはわかった。アタシだってこの店の主だ、客の理想は全部完璧に叶えてやりたい。だが星鋼より強い金属っつったら、アテライ混じりか、アダマンチアか。アテライなんてここ数年見てねぇし、アダマンチアなんて……」

「……アダマンチア?」


 不思議と聞き馴染みのある単語に、リリエリはリデルと顔を見合わせた。


「アダマンチア、私、昔持ち込みませんでしたか!?」

「ああ、確かにアダマンチアはウチにある! でも素材だけだ、アレは硬すぎて今の技術じゃろくに扱えないっつって、お蔵入り……いや、ちょっと待て」


 リデルは口元に手をやって、ぶつぶつと誰に聞かせるでもない言葉を二、三個口の中で転がした。そうしてはっと気づいたように顔を上げ、


「アダマンチアの剣を、出せるかもしれない」


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