愛刀かくあれかし③


「まずこれな。見た目はただの直剣で面白みはねーけど、刀身から柄まで一体成型で出来てる。極めつけはこれ、この紋章魔術だ。なんと魔力を流すと先端が光るんだ。この硬度の金属に紋章魔術を彫り込めるのは、ここいらじゃアタシくらいのもんだぜ。……まぁ、リリエリの手助けのおかげなんだけど」


 槍やナイフといった一般的な武器の他、エルナト近辺では見慣れない曲刀から使い方の想像がつかない奇妙な形の金属塊まで。リデルは様々な武器を抱えてきたが、一番にヨシュアに差し出したのは、意外なことに至極オーソドックスな形状の一振りの剣であった。


 見た目はごく普通の直剣だ。ヨシュアの背丈と比較するとやや刀身が短いように感じるものの、この剣であれば剣術の初心者から達人まで誰でも過不足なく扱えるだろう。……剣に付与されているらしい光り輝くギミックに目を瞑れば、だが。


 リデルから剣を受け取ったヨシュアは、さっと全貌を確認してから彫り込まれた紋章部分にそっと手を置いた。紋章魔術の確認をしているのかと思ったが、魔力を流してはいないようで、剣先が光ることはなかった。

 リデルには申し訳ないが、ヨシュアが光る仕掛けに興味を持たなくて良かったとリリエリは安堵した。冒険中に隣でピカピカ光られたら、正直ちょっと面白すぎる。便利かもしれないが、流石に面白さが勝つ。


 シンプルで使いやすそうな直剣。謎の紋章魔術に関しては、まぁあって困ることはないだろう。となればもっとも気になる要素は剣の壊れにくさ、すなわち金属の強度である。

 ヨシュアは渡された剣の刀身を掴み持ち、未来の愛刀候補の強度を測るべく手に力を込めた。


 ぼきっ。


「…………すまない」


 板張りの床を跳ねる重い金属片と、何かに対して謝罪するヨシュアの声。

 何が起きた? いや、何が起きたのかはわかっている。リリエリの目は眼前の事象を過不足なく捉えていた。脳が一瞬状況の理解を拒んだだけだ。

 この男、やりやがった。


 刀身の中頃で折れた刃先が床の上を滑り、リデルの足元に滑り込む。リデルの視線が、ヨシュアの持つ剣だったものの先端からゆっくりと自身の足元に動く。咥えていた煙草がぽたりと床に落ちた。火のついていないことにこれほど感謝した日はない。


 ぽかんと口を半開きにしたリデルは、そのままの姿勢でたっぷり十秒現実を見つめたあと、錆びたレバーみたいな動きで顔を上げた。得体の知れないもの、例えば虹色に光る猫とか、そういったものを見るような表情であった。


「お、折れ、折ったのか? 星鋼を? 星鋼だぞ?」

「購入前に、その、申し訳ない。これの代金を支払わせてほしい」


 欠けた剣を握りながら分かりにくくしょんぼりしているヨシュアと、未だ目の前の事象を受け止めきれてなさそうなリデル。

 そんな二人を、リリエリは座ったまま交互に眺めた。完全に第三者気分であった。自分以外の人間がヨシュアの常識外れに困惑してくれて本当に助かる。そろそろ自分の方が外れているんじゃないかと不安になっていたところだ。


「いや待て、折れない。星鋼が素手で折れるはずがない。剣が劣化してたか? ……いや、アタシが劣化した物を客に見せるわけがねぇんだ。じゃあ何で折れた? なぁ、もう一回ソレ折って見せろよ」

「わかった」


 べきっ。

 

 間髪入れず刀身と柄の境が割れた。薄手の陶器を砕くような動作だった。

 商品を折れと言う店主とそれに躊躇なく答える客。ここでしか見れない光景だろう。絶句も感嘆もとうに喉を過ぎた。ここまで来るともはやある種のエンターテイメントである。


「折れた! マジかよちょっともっとソレよく見せろ。星鋼の一体成型をよくぞここまで、……ああ、完璧に折れてる。紋章魔術の刻印に沿って、そっか、この部分に負荷が集中して折れたのか。にしても人の身でこれは、魔力による身体強化をもってしても、」


 剣の残骸を受け取ったリデルは、折れた部分を何故か楽しそうに矯めつ眇めつ眺めた。丹精込めた作品が目の前で手折られたのだ、凹んでもおかしくはない状況だろうに、リデルの声は明らかに弾んでいる。探究心と向上心が形を持って彼女の周りをキラキラ飛び回っているような、そんな様子であった。


「なぁ、次はこれも壊せるか? モス合金はどうだ? 厚みがありゃあ足りるか、紋章魔術の刻印の問題か。……ちょっと追加持ってくるから、その辺壊しておいてくれ!」


 リデルは先ほど抱えて持ってきた武器やそれにかろうじて類しそうな物々をずいとヨシュアの方に押しやって、驚くほどの速さで店の奥へと引っ込んだ。

 無理矢理押し除けられた武器、というより棒に近い何かがテーブルをはみ出して床に転がる。その後を追ってガチャンと落ちたものは……なんだろう。ペッパーミル?


「俺はこの辺を全部壊せばいいのか?」

「待ちましょう。一応、リデルさんを。念のため。……その辺が示している範囲が曖昧すぎるので」


 ふわっとした命令をふわっとしたまま実行しそうなヨシュアを食い気味に制しつつ、ヨシュアがその辺を手当たり次第ぶっ壊す光景をちょっと見てみたいと囁く自身の好奇心を抑えつつ。


 キラッキラと輝いていたリデルの瞳を思い出し、アトリエ・リデルを選んで良かったなぁとしみじみ考えるリリエリであった。

 

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