カナリアの洞窟③
「一応、言い訳を聞いておきたいのですが」
「……一番手っ取り早いかと」
「それで死んでしまったら本末転倒じゃないですか! 蘇るから良し、じゃないですよ! ヨシュアさんを引っ張り上げるの、本当に本当に大変だったんですからね」
「すまない。なにか役に立てたらと思ったんだ」
申し訳無さそうに俯くヨシュアに、リリエリは何も言えなくなった。どんな形でもいいからパーティの役に立ちたいという気持ちに強いシンパシーを感じたためだった。
パーティメンバーとして求められていることがあるならなんでもやりたい。ただでさえ戦うことができず、メンバーの足手まといなのだから。
……こんな気持ちを抱いた日々は、リリエリの指の数では足りない。
少しでも役に立つ自分でいようと、危ない橋を渡った過去が自分にもある。なんなら今だって心の奥底にはそんな自分がいる。
ヨシュアにパーティ解消を言い渡されるのが怖い。折角の縁を、自分の力不足で引きちぎりたくはない。
今までリリエリはずっと他人の背中を追いかけ続ける立場だった。
誰かに同じ思いを抱かせる可能性なんて、これっぽっちも想像していなかった。
「俺は戦うこと以外出来ない。だからせめて、カナリアの真似事くらいはさせてほしい」
……自己犠牲の上に成り立つ献身が、こんなにも心苦しいものだとは。
「……役に立つ、とかじゃないです。私はヨシュアさんと助け合いたい。私が得意なことは私が、ヨシュアさんが得意なことはヨシュアさんがやれば良いんです」
ヨシュアの表情は大きくは変わらない。それでも、彼の感情はなんとなくわかった。合わない視線に、少しだけ下がった眉。彼は困惑している。
役に立つではなく助け合う。
ヨシュアと出会う前のリリエリの口からは出ない言葉だろう。正直言って、今この瞬間だってこの言葉の本質を理解できていないかもしれない。
ただ、ただ心に浮かんだ言葉をそのまま伝えているだけだ。
「ヨシュアさんがいないと私はここまでこれなかった。ここまでは全部全部ヨシュアさんのおかげです。だから、ここから先は私が頑張る番なんです。……それでは駄目ですか」
「……アンタが、そう言うなら」
ここは頼んだ。
ヨシュアはそう言って洞窟に背を向けた。どこに行くでもなく、ただ洞窟の入口を守るように立つ様は大壁を守る門番に似ていた。
何人たりともここは通さない。そのかわり、リリエリの作業にも手出しはしない。彼は言外にそう言っている。
であれば、全力で期待に応えなければ。
ヨシュアのためというだけではない。他でもない、自分のためにも。
「ありがとう、ございます。すぐに終わらせて見せますから」
誰かに、ヨシュアに頼られているという事実が、リリエリの背中を強く強く押している。
リリエリは自分の頬を思い切り叩いた。気合十分。今こそ自分が歩んできた道の成果を見せる時である。
■ □ ■
「――というわけで、調査結果を報告します。
対象の洞窟は入口から十数歩進んだ地点が窪んでいて、そこに致死性のガスが充満していました。即効性の神経毒に近い作用がありました。
内部に進行できなかったため正確な延長は不明ですが、洞窟の規模は数百メートル前後だと思われます。
魔物等生物の生息は確認できませんでした。恐らくこれも致死性のガスによるものと思います。このガスを発生させている植物あるいは鉱石が奥に存在している可能性はありますが、ガスの毒性が非常に強く、リスクの方が大きいと見ています」
ギルド側で立ち入りを制限したほうがいいと思います、とリリエリは報告を締めた。
冒険者ギルドエルナト支部には、調査結果を報告するための小部屋が用意されている。狭い空間に机と椅子がぎゅうぎゅうに詰め込まれたような部屋だ。現在の使用者はリリエリ、ヨシュアとギルド職員のマドの三人だけだが、それでも長居はしたくない程度の狭さである。
報告を聞いたマドは、リリエリの話を書き留めた資料を一通り眺めたのち、末尾のページにぺたりとギルドの印を押した。
「うん、確かに報告を受け取りました。ギルドへの帰還、本当にお疲れ様! 怪我とかしてない?」
「ありがとうございます。報告のとおり奥へは踏み込んでいないので、怪我も疲れもほとんどないですよ」
「ああ良かった! じゃあ洞窟はギルド側で封鎖する方向で進めるよ。もし君たちがエルナト森林奥の依頼を受けるようなことがあれば一緒にお願いするかもしれないから、その時はよろしく」
こちらが報酬です、とマドは机の上に置かれていた麻の袋をずいとこちらに差し出した。
ちらりとヨシュアの様子を伺ったが、彼が報酬を受け取る気配は微塵もみられない。差し出さた報酬をそのままにしておくわけにもいかず、ひとまずリリエリがそれを預かった。もちろん折半することが前提だ。
ヨシュアはどうもお金にも執着がなさそうに見えた。まぁそうだろうな、とリリエリは思う。本質は恐らく違うものだろうが、その廉潔とも言える態度は少しばかり羨ましい。
悲しきかな、リリエリは割とお金にがめつい方である。人は持っていないものを追い求める生き物なのだ。
「しかし致死性の神経毒とはね。よくそこまで調べられたね。どうやったの?」
「俺が「そういう植物が! ありまして。わかるんです、毒の強さの程度が。草をこう、洞窟の奥に突っ込んで、その萎れ具合で」
リリエリは机の下でヨシュアの脛を思い切り蹴り飛ばして制止した。ヨシュアが左側に座っていて本当に良かった。
実際にガスを吸いましたとでも言うつもりだったのか、この人は。致死性のガスって報告しているんだぞ。実はこの人死んでも死なないんです、なんて大っぴらに言えるわけがない。
良く言えば誠実、悪く言えば迂闊。というかたぶん何も考えていない。ヨシュアの言動は基本的に常に危うい。
咄嗟にヨシュアの脛を強く蹴ってしまったが、ヨシュアはまるで意にも介さないといった涼し気な表情を浮かべていた。多少の悔しさもあり、リリエリはもう一度ヨシュアの脛を蹴った。今度は軽く。
「ね、ヨシュアさん」
「うん」
「一気にすごく萎れたので、ヤバい毒だなと。ヤバい神経毒だなと。そんな感じです」
「そっか。やっぱリリエリはその辺得意だねー。似たような依頼が来たら次もお願いできると嬉しいな。ヨシュアのおかげで、行けるところもたくさん増えたようだし」
ね、とマドはヨシュアの方を見る。つられてリリエリもヨシュアを見た。
急に話題の中心となったヨシュアは、言うべき言葉を探すみたいな沈黙を挟んでから、ゆっくりとこう言ったのだった。
「そうだな。これからも二人で、いろんなところに行けたらと思う」
カナリアの洞窟 完
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ここまで読んでいただき、ありがとうございました。☆や感想も本当にありがとうございます! 大変励みになります。
第二章は書き溜めてから投稿予定です。引き続き頑張ります。
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