短編 愛刀かくあれかし

愛刀かくあれかし①

 


「そろそろ武器の一つでも買ったほうがいいと思うんですよ」


 冒険者ギルドエルナト支部。今日も今日とて採取しまくったアレやソレやを査定してもらっている、そんな隙間時間。


 リリエリはパーティメンバーであるヨシュアを――正確には、彼の左手部分を見ながら言った。そこには無骨だが傷の一つもついていない綺麗な手がついている。平時と全く変わりのない姿だ。

 ……つい五時間ほど前は、まともに動く指がないほどにぐちゃぐちゃになっていたはずだが。


 本日の依頼は小都市エルナト近郊に位置する集落付近に発生した魔物、岩石狢の討伐だった。


 岩石狢はその名前の通り石のように硬い外殻をまとっている、狢に似た魔物だ。

 重量のある武器や魔法で強い衝撃を与えて動けなくし、ナイフなどで外殻の隙間を狙うのが討伐のセオリー。普通は素手で殴らないし、よしんば一発挑戦する者がいたとしてもそれを繰り返そうと思う者はいない。普通は。普通であれば。


 リリエリにとって幸か不幸か、ヨシュアは普通の人間ではない。


 ヨシュアは邪龍の呪いによって、死ねない身になってしまった、らしい。化物だとは思わないのかと尋ねるヨシュアを、人間であるとリリエリは

断言した。その上で二人はパーティを組んでいる。


 ヨシュアは邪龍の呪いによって、例え致命傷を負おうとも治癒・再生することが可能である、らしい。リリエリは実際に自らの目でそれ見ており、そういうものだと納得をしている。


 死なないとはいえ。治るとはいえだ。

 自分の血で真っ赤に染まった拳を尚も振り上げ岩同等の硬度を持つ魔物を殴り続けるヨシュアの姿は、いくら色々知ってて飲み込んだリリエリであっても流石に引いた。一周回って感嘆の声が喉から漏れ出たほどだ。


「いつもいつも素手で依頼に臨むから麻痺してましたけど、普通は武器を使うんですよ。いくらヨシュアさんといえども、そろそろ。流石に」

「武器か」


 ヨシュアはいまいちピンときていない調子でそう言った。リリエリはリリエリで、なんでヨシュアがピンときていなさそうなのかがさっぱり理解できていなかった。いるだろ、武器。常識的に考えて。


「エルナトに来る前はどうしていたんですか? その、首を切り落としたんですよね」


 邪龍の、という言葉はすんでのところでリリエリの口内に留まった。ヨシュアが邪龍を屠ったS級冒険者であることはエルナトのギルドマスターから口止めされている。その理由は知らないが。


 とにかく、ヨシュアは邪龍の首を落としているのだから、何らかの武器は使っていたのではないかとリリエリは思うのだ。よもや素手で首を切ったとは言うまい。言わないだろう。言わない気がする。言わないことを願う。


「……確かに、以前は武器を使っていた」

「ですよね。じゃあ、それと似たようなものを買いましょうよ。私、腕のいい職人を知っていますよ」

「わかった。紹介してもらってもいいか」


 ヨシュアは即答した。しかしリリエリは学んでいる。この即答は、ヨシュアがリリエリの提案に大賛成したから、というものではない。


 例えばリリエリとパーティを組むことにした時。例えば冒険者等級の口止めをギルドマスターから願い出された時。どちらもともすれば冒険者人生を左右しかねないレベルの選択だが、ヨシュアはどちらも即決で承諾した。

 パーティを組んでからというもの、大なり小なりの提案・願いを伝える機会は幾度となくあったが、ヨシュアはその全てを躊躇いなく受容してきた。


 ヨシュアは決して断らない。

 彼の強さがそうさせているのか、あるいはただの考えなしなのかもしれないが。


 誰かに自害しろと言われれば本当に実行してしまいそうな危うさを感じつつ、とはいえヨシュアの個人的な性質を深追いするつもりもなく。

 リリエリはただ、あぁまたヨシュアさん即答してるなぁと思うばかりである。


 いずれにせよ、ヨシュアが武器を持つ選択をしたのは喜ばしいことだ。

 リリエリは早速明日の約束を取り付けた。午前十時、工房街八番地アトリエ・リデル前現地集合。


 他人の物であっても、武器や道具を吟味するのは楽しい。ヨシュアに合う武器の素材や紋章魔術を考えるのだってきっとすごく楽しいだろう。リリエリは明日の予定に心躍らせつつ、本日の冒険者パーティとしての活動を切り上げた。


 なかなかハードな冒険者生活。続けていられるのは、ひとえに明日の楽しみあってこそである。

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