第7話 工房街と彫刻師
エルナト南門付近大壁沿い通り。その場所は、工房街と呼ばれている。正式な呼称ではない。人々が勝手に、しかし親しみを込めてそう呼んでいるだけだ。
工房街はその名の通り物造りに特化した店が並んでいる通りである。そのラインナップは多様だ。剣や盾、防具を扱う鍛冶屋に様々なものに紋章魔術を刻み込む紋章師、魔物の素材から作られた日用雑貨を扱う店など。
工房街なくして冒険は語れない。冒険者にとってなくてはならない場所である。リリエリが愛用していた仕込杖もこの工房街で作られた一品だ。
「えーと、アトリエ・リデルの布地七番、布地七番……」
年齢の割に冒険者歴が長いリリエリにとってこの工房街は庭のようなものである。マドから指定された店もまた、リリエリにとって馴染みのある店だった。
迷いなく工房街を進んでいくリリエリだったが、ふとあることに気がついた。
「……なんか、人がいない?」
工房街を行き交う人の姿が、やたらと少ない。昼間は冒険者の殆どが壁外に出ているだろうから、そりゃあ夜よりは少ないだろうが、にしても閑散としすぎじゃないか?
思えば、ギルドも閑古烏が鳴いていた。そういう日もあるよねと流していたが、もしかしてどこかで何かが起きているのだろうか。お祭りとか。武闘大会とか。
「ここ最近依頼に出ずっぱりで世間の様子とかぜーんぜん聞いてないですしねぇ」
お祭りだったら惜しいことをしたな、なんて思いながら歩くこと数分。リリエリの足はどんどんと人気のない方向へと進んでいき、やがてら行き止まりにたどり着いた。
裏路地の一角、日の当たらない街角、そこいら中に雑多に溢れたガラクタの数々。ひっそりと立ち尽くすいくつかの扉のうちの一つ、古樫のそれにはアトリエ・リデルのプレートが掲げられている。
「お久しぶりです、リリエリです」
カランカランとドアベルが鳴る。静かなアトリエにはよく響く。
「おお、"雑草刈り"の。久しいなぁ!」
作りかけの大剣や何になるのかも不明な木組み。ごちゃごちゃと乱雑に並べられた鉱石たちと、割れたままの硝子ランプ。所狭しと並んだ物、もの、モノの中。
元気のいい挨拶の声は、とりわけ大きい作業机から聞こえてきた。
「その呼び方はやめてくださいってば……。ご無沙汰してます、リデルさん」
作業机の下からぬっと現れたその女性こそ、ここアトリエ・リデルの主、彫刻師リデルである。薄汚れたつなぎにボサボサの頭、女っ気の欠片もない姿だが、溢れ出る闊達さは隠しきれていない。
リデルは手に持っていたスパナを乱雑に作業机に放り投げ、パンパンと手を払った。スパナは激しい音を立ててデスクの隅から落下していったが、……きっといつものことだろう。
「仕込杖以来だろうよ、リリエリがここに来るのは! 今日はなんだ、紋章の再彫刻か? 最近流行りの青い炎が出る紋章、つけてかない? サービスするから!」
「杖のことですが……、あの、非常に言いにくいんですけど、」
「あぁ? ……あぁ、」
リデルの視線がリリエリに、リリエリを支える木製の杖に映る。冒険用途ではないソレを見て、リデルは全てを察したように小さな声を漏らした。
「物には終わりがある。人と一緒だ。新しい杖はもっともっと良いものを作ってやるさ」
「その際はよろしくお願いしますね。でも、今日は別件で。布地七番あります?」
「もちろんあるぜ。どこだかわからねぇけど!」
でしょうねとリリエリはアトリエを眺めた。壁、床、机の上、果ては天井に至るまで様々な物で埋め尽くされている。リデルは収集癖があり、珍しい素材、貴重な素材に目がないのだ。そういった素材を卸す側のリリエリにとっては大変ありがたい話である。
「その辺テキトーに座ってろよ。危ないものはないからさ。茶は出せねぇけど……」
「亜炎竜の熱袋は危険物じゃないんですか……?」
「リリエリにとっては危険物じゃないだろ」
いい加減なものだ。だがそのさっぱりとした気質が好ましく、リリエリはこの店を工房街で最も贔屓にしていたりもする。もちろん、腕が立つというのも大きな理由であるが。
ガランバタンドカンと大きな音を立てながら布地を探すリデルの姿を見るに、目的のものが見つかるのは遠そうだ。リリエリは大人しくその辺りの椅子を引きずり出し、座って待つことにした。
「そういえば今日の工房街のはやたらと静かじゃないですか?」
「あぁ、聞いてないのか? アンタ連日依頼こなしてるか家で薬草弄ってるかだもんなぁ」
リデルはアトリエを漁る手を止めて顔を上げた。まっすぐにリリエリを見るその表情には、どこかいたずらっ子のような笑みが浮かんでいた。
「邪龍ヒュドラが堕ちたんだと」
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