人生のどん底から君(推し)に救われる。君がいない日なんてありえない!

文月 和奏

人生終了のお知らせ?

「またお前か! 何度も何度も失敗しやがってやる気あるのか? 仕事だぞ? もう何年ここで働いていると思っているんだ。 ――いい加減にしろ!」


「……すみません。次は無いようにします」


「次、次はって聞き飽きたぞ? 結果を出さないと周りに示しがつかないんだよ。お前周りからなんて言われてるか知っているか? 年数だけ長いだけの虚無おじさんって言われてんだぞ。——たっく、なんでこんな無能がうちに入れたのか……」

今日も上司に怒られる日々、後輩は多いが同期はこの会社にはいない。

入社したころから年上……いや。年配が主力の職場だったのだ。

気づけばその主力世代は定年をしてほぼいなくなった。この会社での勤続年数だけを見れば俺は大ベテランのはずなのだが、なんの嫌がらせだろうか新年度から現場仕事から営業に変わってしまい成績を上げることが出来ていない。なれない仕事のせいもあり現在の社内成績はどん底である。


あの頃は良かったな。みんないい人ばかりだったし、こんな怒鳴りつける上司なんていなかった。周りも最初は同情してくれていたけど、俺があまりにもミスを連破するもんだから、段々と見下されるようになっていった。

――気づけばもう30歳半場を超えた。この会社一筋、現場で働いてきたから他の仕事なんてできやしないし再就職もできないこともないだろうけれど、これといった資格も持っていないから厳しいだろう。


「……おい! 聞いているのか? たっく、歳だけ喰ってるから給料は高いのに仕事は出来ないってのはほんと迷惑だな。今月までに結果が出ないのであれば、わかるな?」


「……はい。何とか頑張ってみます」

今日は10日だからあと3週間も無いわけで、これは解雇するための嫌がらせなんだろう。上司がほくそ笑んでいるのがわかる。意地でも泣きつくことなんてしないぞ! 


『話は終わりだ。さっさと帰って明日以降の身の振り方を考えるんだな。いい返事を待っているぞ』

仕事の終わり際に聞きたくもない小言と嫌味、事実上の解雇宣告もあったりほんと最悪な一日だったよ。

くっそ。酒でも飲まないとやってられねーよ。





俺はいつものコンビニで、いつもの通りビールを2本とイカの足を買って帰るんだが、ここのバイト女の子に顔を覚えられているようで、いつも声をかけられる。


「あっ、お兄さんこんばんは。いつもビールといか足ですね。ちゃんとご飯食べてます?」


「あぁ、こんばんわ。もうお兄さんって年じゃないよ。これがご飯みたいなもんだから大丈夫。いつもありがとう」

何故だがわからないが、よく声をかけられる。本当に謎である。こんなおっさんに声かけるなんて変わった子もいるものだ。っと当時は思ったのだが、よく見ると他の客とも軽い話をしているし、俺だけが特別ってわけではないようだ。——結構可愛い子だからちょっとだけ、ほんのちょっとだけ期待したけど残念な現実である。

ささっと帰って酒でも飲もう……今日は色々ありすぎて疲れた。


コンビニから自転車で数分ほどの場所に俺のボロアパートがある。

そこそこ年数の立った木造2階建ての一番角で、1LDKのくせに家賃はそこそこ安い。コンビニも近いし会社に通うのも便利でここから抜け出せないでいる。唯一不便なのは駅が遠いので、遠出するにはとても不便なことぐらいだろうか。

お隣さんとは面識がないのだが、女性のようで一度も姿を見た事がない。たぶん生活のリズムが真逆なのだろう。

――なぜ女性とわかるのか? 奇妙なぐらい生活音が聞こえないのだが、ごく稀に透き通った女性の歌声が聞こえるからだ。すぐに無音になるので、お隣さんはアーティスト志望の学生さんか何かかと勝手に思っている。


よし、ストレスの発散にはやはりビールだな。

俺は鈍く光るアルミのタブを指の先で持ち上げ、そこで一気に口へと運んでいき芳醇な香りと共にアルコールに満ちた炭酸を飲み込む。


「……ぷはぁ~、これこれ。これの為に生きてるって感じ……うぅっ」


——くっそ。どうしてこうなったんだよ。俺はただ、生活に不自由のないぐらいの給料を貰って平凡に暮らしたいだけなのに……何処で間違ったんだ。いや、俺間違ってないよな? 会社の仕事が変わったのが悪い。前の仕事なら俺だって問題なく成果をあげられたんだ。


でも猶予はもうない、大体あと数週間で成績を上げるんなんて無理だ。

今まで頑張って営業をかけたが結果は0件なのだ。どう頑張っても俺に成果が出るわけがない。そもそも工場でこつこつと生産していただけの人間を営業職に変えて成績が出るわけがない。


今の会社はどう頑張っても解雇されるだろう。転職活動するにも期間が無さすぎるし、残業でいつも帰りが遅く就活している時間もままならない。給料が入らなくなるとアパートも追い出されるんだろうな……貯金はあるにはあるんだが、精々もって一カ月だろう。親には頼ることはできない、大喧嘩して家を飛び出してきた身としては出戻るなんてできるはずもない。


――これ人生つんでるよな。


うん。動画でも見て現実逃避でもしよう。こういう時は癒し系の動画とかBGMがいいって聞くし適当に漁るか。

……くっそ、最近やたらと配信者のおすすめが出てくるんだが、何が良いのか俺にはさっぱりわからん。

俺は癒しが欲しいんだ! ――うん? サムネ綺麗なPVだな。ふと心惹かれたサムネを凝視する。水彩画のようなタッチの色鮮やかな花々が画面を埋め尽くして、その中心に艶やかな長い髪を広げて天を仰いでいる女性に目を奪われた。不思議なことに圧迫感がなくむしろ見惚れるほどの絵に見えた。


歌のタイトルは『鎮魂花』

空っぽになっていた心の器に水が注がれていくような錯覚を覚える。胸が熱くなり、手が身体が勝手に別窓を開いてこの配信者を調べていた。


彼女の名前は「リュミエール・オプス」という名らしい。天使と悪魔のハーフ。年齢は不詳(人間世界では18歳と設定している)神に異端とされ幼少の頃に人間界へと追放され、路頭に迷っていた所を教会の神父によって拾われ九死に一生を得る。神父様へ何か恩返しができないかと考えていた時、人間界で話題となっている配信者の存在を知り自身も配信者へ。一人称はわたくし。ファンネームは「下僕」って凄いネーミングもらってるな……


メイン活動は歌と絵を描くこと。ゲームは苦手だが一生懸命に頑張っている姿が好印象で応援したくなる子らしい。たまに別人格? が表面化して場が凍る時があるがそれも魅力の一つとして紹介されている。

普段は天使だが何かの拍子で悪魔が出てくるって感じか?

その日、俺は何かに取りつかれたように時間を忘れ彼女のことを調べていた。


こうして、俺こと天城和希あまぎかずきは彼女に心を救われ。彼女のの一人として推し活を開始することとなる。この時から俺の人生に幸運がもたらされてるとはこの時は思いもしなかった。


――彼女と顔見知りだと気づかずに。

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